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58.正月の勤務

迅が蒼に言われた通りに宮へと上がると、嘉韻がやって来て言った。

「おお迅。王が主でなければならぬと申して、正月勤務を申請しておらなんだのにすまぬな。もう上位の王達は次々に到着しておって、王はそのお出迎えにお忙しいのだ。」

もう来てるのか。

迅は、驚いた。

まだ夜が明けようとしているところだからだ。

最新話の事はよく覚えているが、確かに去年の正月はかなりここでゆっくりと楽しんだはずだった。

だとすると、今回はあまりにも楽しみ過ぎて、早く来たとしたら合点がいった。

「は。配線の時に一度、お伺いしたので場所は存じておりますし、嘉韻殿にはお戻り頂いてよろしいですよ。」

嘉韻は、首を振った。

「そうしたいのは山々なのだが、部屋に直接入れぬのだ。隣りの応接間へ入る事になるのだが、片方は予備に茶会を開くための準備を整えておるので、もう片方の方へ入らねば主が困る事になるゆえ。」

迅は、それでも忙しそうな嘉韻に面倒をかけたくなかった。

なので、言った。

「では、侍女に聞きましょう。誰か待機しておるでしょう?」

嘉韻は、頷く。

「それは今は宮の侍女のほとんどがあの広間の回りに居るがの。大丈夫か?」

迅は、頷いた。

「大丈夫です。我のことはご心配なく。」

嘉韻は、ホッとしたように踵を返した。

「ならば、参る。すまぬな、放置してしもうて。全員到着するまでは落ち着かぬのだ。まだ龍王が残っておっての。」

それは大変だな。

迅は思って、嘉韻を見送った。

そういえば、嘉韻はああやって平気にしているが、維心が一度、離縁していた時に維月との間に嘉翔をもうけたほどの仲だ。

複雑な心境はもうとっくに過ぎたのか、今は穏やかにしているが、あんなにも優秀な軍神が表向き独り身で、寂しくはないのだろうか。

迅は、小説を読み漁っていたので、その時は他人事だったのに、こうして直に接するとどうも感情移入して困るな、と思いながら、王達が集う広間の、隣りの部屋へと急いだ。


嘉韻が言った通り、広間の回りには多くの侍女や侍従がひしめき合っていた。

皆仕切り布の間に居るが、気配が半端ない。

なので、言った。

「誰かある。我は迅、王からゲーム機に不具合が生じた時のために、待機しておくようにと言われてここへ来たのだが。」

すると、仕切り布が揺れて、宮で昨日涼夏と共に居た、松が顔を覗かせた。

「まあ、迅様。王からお聴きしておりますわ。こちらです。」と、奥の応接間へと足を向けた。「広間に向かって右側の応接間ですわ。モニターの裏なので、ゲーム機ともコントローラーでギリギリ繋がると伝えて欲しい、と王が仰られておりました。」

迅は、頷いた。

「分かり申した。」

松は、扉を開いてその部屋へと迅を案内した。

そこは、椅子が贅沢に離れて置かれてある場所で、テーブルも低い物が幾つか点在していた。

そして、向かって左側の壁の所には、コントローラーが一個、ポツンと置かれてあった。

「こちらで待機して欲しいと。でも、もしかしたら本日はやらないかもしれぬと申されておりました。」

迅は、また頷いた。

「このコントローラーは、大きいメインの物で真ん中の画面に向こうに映っている画像がそのまま映る仕様になっておるので、不具合にはすぐに気付きますとお伝えを。何かあれば、こちらですぐに対応しますので。」

松は、ホッとしたように頷いた。

「ではそのように。王が気遣われて、お暇なら話し相手をこちらへ召喚しても良いと仰られていましたわ。飲み物も、あちらにご準備してありますのでご自由にどうぞ。」

迅は、苦笑した。

「これは務めであるので。お気遣いはありがたいとお伝えを。」

涼夏も呼んでやりたいところだが、仕事中だし涼輝も呼ばないとおかしいだろう。

なので、そう言った。

松は、それに微笑んで頷いて、そうしてそこを出て言ったのだった。


涼夏は、起き出して来た兄のために雑煮を温めて二人でお節料理を食べながら、実家の話をしていた。

父の宮は地に落ちた状態のようで、今は静かに、神世であれほど力を持ちそうになっていた、輝きは今はもうないらしい。

兄は、言った。

「嘉韻殿に、やはり気になるゆえ詳しく聞いたのだがの。」兄は、酒を飲みながら言った。「銀令が、三番目に上がる事になって、麗羅殿を迎える事になったそうだ。歳も近いし、毎日ほど蝦夷まで遠い道のりを飛んで、教えを乞いに行っているらしい。」

涼夏は、驚いた。

銀令は、知っている。

同じ下位の中でも若い王で、下位の皇女達の間では憧れの存在だった。

何しろ明るくて優秀な上、顔立ちは下位とは思えないほどに美しいのだ。

確か、今280ぐらいじゃないだろうか。

まだ妃は居らず、何事にも前向きなきびきびとした動きの王だったのを覚えていた。

そこへ、260の麗羅が嫁ぐとなると、確かに父よりはずっと良い縁だった。

あの宮はとっくに自立していて、後は傘下を養うだけを増やせば良いだけのはずなので、父より適任といえば適任なのだ。

父は、夏奈という三番目の宮の皇女を妃に持っていたので白羽の矢が立っていただけで、他は特に、上に上がれるだけの要素はなかった。

高峰への手前、最上位も下位からとなると父の名を上げていたのだろうが、今回のことでそれも無くなり、全ては無に帰してしまった形になるのだ。

「…虚しいことですわ。」涼夏は、言った。「あの頃、確かにお父様と臣下は輝いておりましたのに。三番目に上がろうと…それも、潰えてしもうて。」

兄は、ため息をついた。

「我は同情などせぬぞ?我らを切り捨て殺そうとした。あの、麗羅という皇女に現を抜かして我がどんなに諌めても会いに参るのを止めずで。途中、さすがに会うのを止めたようだったが、それもどうやら麗羅の方から今は会えないと断ったからだと後で聞いた。どうやら父王が知って、他に縁があると申していたらしくて。父はそれを知らぬから、まだ娶れると思うておったのだろうの。それが無くなり、怒りに我を忘れて我らに八つ当たったのよ。そんなことをしても、もはや何も戻らぬのにの。虚しいといえば虚しいが、己で招いたことよな。我は、蒼様に仕えることができて良かったと思うておる。」

涼夏も、それには頷いた。

「はい。それは我もですわ。仮にお父様が許したとしても、我らは宮で、宮を地に落とした大罪人の子だと肩身の狭い思いをしたでしょうし、士気の下がった宮の中で着物にも困ったやも知れませぬ。侍女達だって、来てもくれなくなっておったのに…。」

そういえば、咲耶はどうしただろう。

最近までついていたのは和泉だったが、それは僅かな時間だ。

ずっとついてくれていたのは、咲耶だった。

嫁いだ先で、どうしているのか今では知る術もない。

幼い頃から一緒だったのに、放置してしまって良いのだろうか。

とはいえ、あの時訪ねてもくれなかったのだから、もしかしたら他の臣下と同じく、涼夏を恨んでいるのかもしれない。

もう、自分には帰る場所などないのだ。

「…跡取りも、我だけだったし。」兄は、暗い声で言う。「父が亡くなったら、あの宮は消えてなくなるのであろうか。生まれ育った場所であるから…もう帰れぬのは分かっておるが、それでも廃れて参るのは見たくないと思うてしまうものよ。」

涼夏は、黙って頷いた。

廃宮になった後の臣下の末路は、はぐれの神になるか、新しい王を立てて宮を維持するかだ。

それも、新しい王を最上位の王達が認めてくれぬことには、成り立たないことだった。

宮の未来は、風前の灯火だ。

そんなことも分からなかった、いや思い至らなかったほど、父はあの時激昂していたのだろう。

唯一の皇子と、皇女を殺せと命じたのだから。

二人は、しばし遠い宮に思いを馳せたのだった。

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