56.準備
それから、蒼の指示があったのか、涼夏はすぐに侍女として宮へと召し上げられることになった。
迅は、陸に蒼からこちらで面倒を見ることにした、と決定事項のように知らせが送られ、陸からは少し待って欲しいと返事が来たが、迅は自分の決意は揺るぐ事は無いと強い調子で文を送ったので、あちらも諦めるよりなかったようだ。
維心には、迅がどうしてもと思い詰めているので、もうこちらで面倒を見ることにしました、とだけ連絡を入れておいたので、特に何も言われなかった。
兄の涼は、蒼から自分の死んだ妹と全く同じ名前なのでややこしいから、涼輝という名に変えようと言われて、それを承諾して今は涼輝と呼ばれて軍で励んでいる。
迅も、共に軍で蒼に仕え出したので、二人は忙しくて涼夏もなかなか会えなくなっていた。
何しろ侍女や軍神は夜番もあって、夜も当直で屋敷に居ない事があったからだ。
そんな中で、正月が近づいて来た。
涼夏は、松という品の良い侍女について、いろいろ侍女の仕事を教えてもらっていた。
まだ、王の専属侍女には程遠いのだが、後々は王族の世話もできるようにと茶の入れ方からしっかりと教えてもらい、王族に対する時にはどう振る舞えば良いのかを、丁寧に一から教えてくれた。
とはいえ、涼夏も皇女だったので、知っていることも多くて覚えが良いと松に褒められて嬉しかった。
これまでやった事は、無駄では無かったという事だからだ。
他の侍女仲間にも、品が良いと褒めてもらえて、涼夏は嬉しかった。
ここにはいろいろ過去に事情を抱えている女神が多いので、みんな知っているだろうに事件のことについて、詳しく聞かれる事もない。
みんなフレンドリーだし、気遣いに溢れていて、こんなに働きやすい職場も珍しいのではないかと涼夏は思った。
やはり、王の蒼があんな感じで、月の浄化の力が降り注ぐここでは、余程のことがない限り、いじめとか起こらないのだろうな、と涼夏は思った。
だが、仕事が絡んで来ると皆必死になってそれどころではない。
いつもは年末年始は休みになるらしいのだが、今年同様来年の正月も、上位の王達がここへ来る事になったらしい。
蒼が言うには本来蝦夷に皆で旅行をする予定だったのだが、志心が志夕を失ったショックから立ち直れておらず、蝦夷には行けないと言ったらしくて、焔がそれでも表に出なければ回復もできないとしつこく勧誘していた。
志心は、あまりにしつこいので月の宮なら行けるかもと思わず答えたらしく、それは蒼に二年連続で迷惑を掛けたくない王達なら、きっと諦めるだろうと踏んでの言葉だったらしいのだが、焔が蒼にそれを知らせ、蒼がそれを受けたことで結局来ないわけにはいかなくなってしまった、ということらしかった。
そうなって来ると準備なのだが、去年の年末で皆、一度経験していて動きはスムーズだった。
だが、涼夏にとっては初めてだ。
まだ新参者なので王達の世話に入る事は許されないし、あり得ないのだが、バックアップに回る事になって、縫い物やら何やらでそれは忙しかったのだ。
侍女の衣装の縫製を手伝ってホッと一息ついていると、松が涼夏を探してやって来た。
「ああ、涼夏殿?あの、確か人世の遊びには詳しいと申しておりましたわね。今、迅殿が配線をしてくださっておるのですけど、ダウンロードするゲーム?とやらが決められないと涼夏殿を呼んでおるのですわ。」
涼夏は、驚いた。
ここで、ネットゲームをするの?!
そういえば、今は電波が使えないからケーブルがどうのと十六夜は言っていた。
山の中にまで接続スポットがあるとか…こんなところにまで、ケーブルが伸びてるということなんだろうか。
涼夏は、頷いた。
「分かりましたわ。広間ですか?」
松は、頷く。
「ええ。案内しますわ。」
涼夏は、休憩時間なんかあってないようなものだな、と思いながら、迅が居るという広間へと向かった。
そこは、小説に書いてあった通りの場所だった。
ぐるりと幅の細いテーブルが、中央の畳を取り巻くように設置されていて、こちら側の床も全て畳敷きだ。
掘りごたつのようにテーブルの下に足を下ろせる溝がまた、丸く続いていて、正面の大きな窓からは庭が良く見えた。
そして、恐らく今年からだろうが、入って右手の壁には、大きなペラペラのスクリーンのような、モニターが設置されていた。
そこで、迅が振り返った。
「ああ、涼夏。」と、スクリーンに映る、項目を指差した。「接続は問題なくできたんだが、ダウンロードするゲームに悩んでいてな。対戦ものがいいのか、RPGがいいのか、他の神達には全くわからないらしくて。」
涼夏は、今はこんなゲームで遊んでるのねと、いつの頃もかわらない物に懐かしさを覚えながら、言った。
「…全部ダウンロードしておけば?選んでもらえたらいいのでは。」
迅は、首を振った。
「数が半端ないんだ。蒼様は別に幾つでも買えば良いとおっしゃるんだが…ある程度絞らないと。」
そう言って迅がスクロールしていくと、本当にたくさんのゲームがどんどん流れて行った。
涼夏は、顔をしかめた。
「…志心様のこともあるし、あまり殺伐としたのはダメだと思うの。」と、迅からコントローラーを受け取った。それがワイアレスだったので、え、と目を丸くした。「あれ。電波はダメなんじゃなかった?」
迅は、首を振った。
「数メートルぐらいなら飛ぶんだよ。だからゲーム機とコントローラーはワイアレスなんだよな。」
涼夏は頷いたが、そのコントローラーがまた知らない形だ。
というか、ボタンがなかった。
「…これ、どこを押すの?」
鏡のようにすべすべしている表面を撫でると、画面があっちこっち動く。
涼夏が驚いていると、迅は苦笑した。
「コントローラー全部がセンサーなんだよ。」と、指で撫でた。「こんな感じで。より人の動きに忠実にキャラとか動くみたいで、使いこなすのは慣れないと難しい。今の人は簡単に使ってるけどな。」
子供の頃からこれでしょうからね。
涼夏は、テクノロジーの進化に驚くばかりだった。
一度ポールシフトでいろいろ失ったはずなのに、人類はまたここまで進化しているのだ。
「…そうね。育成系とか。国を作るやつ。牧場とかは無理かもしれないけど、昔ながらの戦国物なんか楽しまれるかもしれないわ。お互いに国を取り合うんじゃなくて、あくまでもAIと戦って統一を目指すやつね。」
迅は、頷いた。
「他には?」
涼夏は、うーんと唸った。
「…スポーツとかどう?こっちでチームを作って、AIのチームと戦うの。サッカーとか、バレーとか。」
迅は、それにもチェックを入れた。
「双六とかは裕馬殿があちらで作ってあったのを見てるからパスだな。RPGも一つ入れておくか?新作が評価良いみたいだから、これをみんなでやる。」
涼夏は、首を傾げた。
「今って何人まで同時にプレイできるの?」
迅は、うーんと画面をスクロールしながら答えた。
「そうだな…強いて言うなら無制限だが、個々のゲームの設定によって違う。例えば、サッカーだったら11人だし。コントローラーを登録したら何人でもいけるんだよな。ちなみにこの新しいRPGは主要キャラは6人だが、それ以外にも登録できるんだ。モブキャラだから戦闘の加勢しかできないし、ストーリーには関われないけど強い敵に向かう時には有効だよ。」
すごいな、今のゲーム。
涼夏は、思って聞いていた。
後ろで黙って聞いていた、松が顔をしかめた。
「我には何が何だか。お二人とも、とても人世に詳しいのですわね。では、お任せして我は別の作業に参りますわ。台番所が大忙しなので。」
お節料理と雑煮と年越しそばよね。
涼夏は、頷いた。
「我もこちらが終わったらお手伝いに参りますわ。」
松は、微笑んで頷いた。
「はい。ではよろしくお願いしますわね。」
松は、そそくさと出て行った。
二人きりになって、せっせと今話し合ったゲームを買ってダウンロードしている迅を見ながら、涼夏は言った。
「ねぇ、迅。接続スポットって近くにあったの?」
迅は、涼夏を見ずに頷く。
「近くのバス停までケーブルが来てるから、そこから勝手に引いてるらしい。田舎だし一回引いたら点検とかも無いみたいで。そもそも、自分で引くならどこから引いても無料なんだってさ。工事が伴うと料金が掛かるシステムらしいよ。使用料とかも発生しない。全世界共通でそうすることに決めたんだって。具合が悪くなったら修理に来てもらう程度で、その他は基本タダなんだ。」
昔みたいに月額使用料とか無いんだ…。
涼夏は、自分の部屋に置いていた、ルーターを思い出した。
動画を観たりするのに、必須だったのだ。
「今は良いわね。昔と違うんだわ。有線なのに料金取らないなんて、太っ腹よね。」
迅は、頷く。
「だな。でもそうしないと、回らないからみたいだぞ。公共の場とかまで有料になるし、山の中もだ。だからみたいだ。メインのケーブルは国で管理してるんだってさ。」
最近迅は、他に誰も居ない時は涼夏にはこうやって人のように話す。
なので涼夏もそうしていた。
「じゃあ、私は台番所に行って来るわ。今夜の年越しそば、期待しててね。」
迅は、頷いた。
「ああ。人の頃以来だ。オレもこれが終わったら非番だから、宿舎に一回帰って着替えて来るよ。」
そうして、涼夏はそこを離れた。
主人公の回りの神達が、明日にはここに集って遊ぶのかと思うと、涼夏はなんだか嬉しい気持ちになっていた。




