52.仕える場所
月の宮へ着いて数日、涼夏は、月の宮の学校へと涼と共に連れて行かれ、そこで月の宮での基本的な事を学んだ。
とはいっても、涼夏は涼よりずっとこの月の宮の事を知っている。
なので、既に知っていることをおさらいするような感覚で、さらに細かい、小説にも書いていなかったようなことをしっかり頭に入れて、裕馬に覚えが言いと褒められた。
涼は、涼夏がそんなに賢いとは思っていなかったようで驚いていたが、涼もきちんと涼夏より良い点数を取って、学力の確認は終わった。
よく考えたら兄は知らないことを全部一気に覚えた事になるので、涼夏よりずっと優秀なのだが、そこは涼夏も悔しいので何も言わなかった。
それより、涼夏は裕馬に会えたのが嬉しかった。
裕馬は、人の頃の蒼の友人だ。
それが、今は神格化して神となっていたが、姿は普通のおじさんだった。
どこか懐かしいような雰囲気もしていて、裕馬の事は、涼夏は好きだった。
本来、人世から来た神に神世を教える学校で、はぐれの神には宮の決まりなど基本的な生活を教える場所なのだが、涼夏と涼は皇子皇女だったので、その必要が無い。
なので、裕馬は言った。
「二人にはもう教える事は無いので、ここから仕える場所なんだが…月の宮では、それまでやっていた事は関係なく、自分がやりたいと思う事を自分で決めることができるんだ。だが、そこであまりにも上手く行かなかったりしたら、こちらから適正をもう一度見直してより役に立てる場所へと配属を変えたりするが、二人はどうしたい?軍神、侍従、侍女、職人、学校、どこでもいいが、行きたい場所はあるかな。」
涼は、真っ先に言った。
「我は、軍に。」裕馬が驚いた顔をすると、涼は続けた。「他に手に職があるわけでもないし、侍従にしては細かい内の事に気が付く方でもない。軍神なら、精進すれば何とかお役に立てるかと思うて。」
裕馬は、頷いた。
「そこまでハッキリ分かってるんなら、嘉韻に言って軍の試験を受けられるようにする。じゃあ、涼夏は?」
涼夏は、もう決めていたので、言った。
「我は、侍女に!」
裕馬は、また驚いた顔をした。
「…確かに侍女は王族だったなら一番いいポジションだしなあ。だが、宮に侍女は余るほど居て、ちょっと待たなきゃならない。というのも、君には涼が居るから、涼が稼いで来る分でも充分に生活できるだろ?だが、世の中にはたった一人で子供を抱えてここへやって来る女神も居てね。そういった女神が優先されるんだ。今空いてる場所で侍女に近い所って言うと…そうだな、新しく作った保育園の保母かな。」
涼夏は、記憶を掘り起こした。
そういえば、十六夜が大人の神だといろいろ面倒だったりするから、できたらそこらで放置されてる子供を片っ端から拾って来るとかそんなことを言っていたような。
最近できたばかりのはずだった。
だが、自分は人の頃でも子供を持った事は無い。
それに、子供と接して生きた記憶もなかった。
そんな自分に、保母が務まるだろうか。
涼が、涼夏の気持ちを代弁するかのように、言った。
「これに保母は荷が重いのではないだろうか。何しろ、これ自身もまだ子供で。子供の世話をしておるなど、想像もつかないのだが。」
それは涼夏も同じだったので、黙っていた。
すると、裕馬は言った。
「まあ、無理にとは言わないよ。確かに子供達の世話となると、親が居ない子も居るから夜番もあって大変なんだ。これまで治癒の神達がそれを担ってたんだが、それだと負担が大きいから別にしたんだけどね。とにかく、じゃあ侍女の枠が空くまで待つか?それでもいいが。」
涼夏は、頷いた。
「はい。それまでは、申し訳ありませんけどお兄様にお願いして養って頂くしか。」
涼は、頷いた。
「もとよりそのつもりでおったし、案ずるでないぞ。」と、裕馬を見た。「では、いつコロシアムに行けば良いだろうか。」
裕馬は、答えた。
「ああ、それは嘉韻からまた連絡が行くから。そうだ、君達が来た日にもう一人皇子が来て。ここで仕えたいって蒼に言ったみたいだけど、蒼はいいけど神世が問題だからって、今客として滞在してるんだ。同じ下位の宮から来たから、知り合いだったらコロシアムで一緒に訓練できるんじゃないか?知り合いが居た方が心強いだろう。」
涼は、眉を上げた。
「え、いったいどこの誰が?」
裕馬は、教科書を片付けながら、答えた。
「ええっと、陸様の宮の迅様。あの辺りはいろいろ今、大変らしいな。オレも会合で蒼に聞くけど、君達もそれに伴って巻き込まれたようなものなんだろ?」
迅が来てるの?!
涼と涼夏が目に見えて驚いた顔をしたので、裕馬は逆にびっくりして二人を見た。
「え、なんだなんだ?!なんかおかしなこと言ったか?」
涼夏は、ブンブンと首を振った。
「とても懇意にしておった皇子で!お兄様の友ですの!」
涼は、同じように頷いた。
「そう、我の友で!」
裕馬は、二人の勢いにそうかそうかと頷いた。
「そうだったのか。だったら君達は宮にまだ入れないし、屋敷に訪ねるように知らせておくよ。そうしたら、会えるだろうし。」と、立ち上がった。「じゃあ、またね。涼には嘉韻から連絡が行くからそれに従ってもらって、涼夏は侍女の枠が空いたら知らせをやるってことで。迅様にはこちらから連絡しとく。ってことで、オレの授業は終わりだよ。今日はもう屋敷に帰っててくれていいから。自由にしててくれ。」
涼と涼夏は、立ち上がって頭を下げた。
「感謝し申す、裕馬様。何から何まで。」
ここでは、裕馬の方が地位が高い。
なので涼がそう言うと、裕馬は笑った。
「そんな、大層なものじゃないから。オレは元々人だったし、蒼が友達でここまで来ただけなんだ。だから今でも、こうやって人みたいなんだよ。」
でもそれが、逆に癒されるの。
涼夏は思ったが、微笑んで言った。
「我は、その方が何やら親近感があって良いですわ。本当にありがとうございました。」
裕馬は、人に親近感と聞いてまた驚いた顔をしたが、笑った。
「それは良かった。じゃあ、またいつでも遊びに来てくれていいから。じゃあまた。」
裕馬は、そこを出て行った。
涼は、それを見送ってから、涼夏を見た。
「…迅が来ていようとは。知らなかった、宮にはまだ上がれないゆえな。我らは今、蒼様の臣下の中でも新参者であるゆえ、お役目ももらっておらぬ今は地位など全くないからの。早う軍に入って、序列をつけて頂いて主も楽にさせてやるゆえな。」
涼夏は、兄がとても自分を気遣っているのに、改めて気が付いた。
なので、兄に微笑み掛けた。
「お兄様、そんなに我を気遣ってくれぬでも良いのです。こうして、共に連れて参ってくださっただけで感謝しておりますの。我だって、宮で働かせて頂けるようになったら、お兄様も誰かとお幸せになって頂きたいと思うております。我が居ったら、婚姻もままらぬでしょう?」
屋敷の寝室は三つあったし、それに居間もあったが兄が婚姻したら子供が生まれた時の事を考えても、手狭になってしまう。
だが、涼は苦笑した。
「主こそ我を気遣う事は無いのだ。そも、主だって嫁ぐことがあるやもしれぬしな。仮に我が婚姻したとしても、裕馬様が仰るにはまた大きめの屋敷が下賜されるのだと。ここはとても、神世でも臣下を思うてくださる宮であるのだ。案じるでない。ゆったり過ごせば良いのだ。」
涼夏は、兄の気持ちが有難くて涙が出そうだった。
だが、兄に全てをおんぶにだっこというわけにはいかない。
なので、もし役に立てないようなら誰かに娶ってもらおうと、更に礼儀や美貌に磨きをかけることを心に決めたのだった。




