51.叱責
迅は、先触れも出さずに陸の居間へと押し入った。
そこでは、思った通り陸が愛羅と共に椅子に座って、何やら笑いながら話をしている最中だった。
迅がいきなり入って来たので、陸は迅を睨んで言った。
「…何をしておる!無礼ぞ、出直して来い!」
迅は、ズンズンと陸の前に進み出ると、言った。
「いい加減にせぬか!」陸も愛羅も仰天した顔をしたが、迅は構わず続けた。「そんなことをしておる場合か!それでなくとも傘下を回す術すら頭に入れておらぬのに、明日の会合でどうやって申し開くつもりなのよ!愚かだとは思うておったが、ここまでとは思わなんだわ!」
陸は、呆気に取られていたが、愛羅の前で罵倒されて顔を真っ赤にして立ち上がった。
「何を偉そうに!父に歯向かうなど、余程死にたいようだの!」と、腰の刀に手を置いた。「そこへ直れ!切ってくれる!」
迅は、己も刀に手を置いた。
「…やってみられるがよい。できるのか?最近では、我に勝てた試しもないくせに。」
陸は、ぐ、と躊躇った。
そう、切り合いになったらまず勝てない。
迅は何もかもが陸より優秀だった。
迅は、陸が刀を抜かないので、続けた。
「…軍神達がこそこそしておるのを聞いた。我を始末したいそうだの。高峰の宮の建設現場で。」
陸は、それこそ驚いた顔をした。
バレたか!
ならば、この策はもう使えない。
「…何を言うておる。」
陸が内心冷や汗を流しながら言うと、迅は続けた。
「とぼけても無駄ぞ。あのな、甘い。我なら今少し時を待つ。今殺したら、間違いなく我に王座を奪われると危惧したから主が謀ったのだと龍王にバレるぞ。どこまで愚かなのだ主は。そうなったら序列云々ではない。廃宮になる。なぜに分からぬ、しっかりせぬか、子が生まれるのに!」
陸は、まるで父王に叱られているように思った。
昔から、よくこうやって父に叱られたのだ。
もっと考えよ、待つ時は機を待つのだ、短絡的過ぎるのだ、と…。
「…何を偉そうに!」と、怯える愛羅にハッと気付いた。「…奥へ戻っておれ。ただの行き違いであるゆえ。」
愛羅は頷いたが、内容が内容だけに、そうでないのはいくらなんでも分かったようだ。
それでも、そこを出て行った。
陸は、言った。
「…いかにも我は主を始末しようと考えた。主は我を殺したいのではないのか。王座に興味はないと言いながら、宮を掌握しようとしておるではないか!」
迅は、ため息をついた。
「…だとしても、まだ早い。分からぬか、龍王の監視が居るのだ。今殺したら、全て明るみに出て今までの努力が水泡と帰す。なぜにそう、短絡的なのよ。」と、息をついた。「我は誠に王座など興味はない。求められたから宮を回しておっただけ。そも、主がもっとしっかりしておったらこんなことにはならなかった。夢のような妃が来て舞い上がっておるのは分かるが、一瞬でそれを失うのだぞ。あれを側から離したくないのなら、必死に政務に勤しむべきぞ。なぜに分からぬのだ…まあ、分かっておったらこうはならぬか。」
迅は、心から残念そうに言った。
陸が自分を殺そうとしていることに憤っているようでもない。
陸は、眉を寄せて迅を見た。
「…主、己の命が狙われておるのに平気なのか。」
迅は、呆れたように陸を見た。
「予測しておったことだし、特別驚きもせぬ。逃れる自信もあるしの。そもそも王座に近い位置に居たら、命など惜しんでいたらやってられぬわ。王である主が何を言うておるのよ。」
あまりにも当然なことに、陸はますます羞恥心が湧いてきて止まらなかった。
そういえば、ついぞ命など狙われて来なかったし、立ち合いも幾年していないだろう。
迅は、フウといきを吐くと、言った。
「…宮を出る。」陸が驚いた顔をすると、迅は続けた。「このままでは臣下が間違いなく割れる。曲がりなりにも父であるし、臣下に背かれて無惨に殺されるのを見とうない。我が居ては臣下が争うゆえ、地位を捨てて己から出たと説明しよう。主は、とにかく復権するために励むのだ。妃はその後ぞ。龍王に見限られぬよう、急ぐのだ。」
迅が窓へと歩くと、陸は殺そうとしていた皇子なのに、慌てて言った。
「宮を出てどうするのよ?!」
迅は、窓を開いて振り返った。
「…月の宮へ。蒼様にお仕えさせてもらえないか、頼んでみる。どうせ仕えるのなら、心から敬える王に仕えたいのだ。ではの。育て上げてくれたことには、感謝しておる。」
そうして、迅は窓から空へと飛び立った。
「迅!」
陸が呼んでいたが、迅は宮には何の未練もなかった。
「え、迅が?!」
蒼は、会合の席で叫んだ。
例によっていきなり十六夜が割り込んで来たのだが、その内容が内容だった。
迅が、ここへ家出して来たのだと言う。
《そうなんでぇ。》十六夜が、困ったように答えた。《どうする?もう着いたぞ。嘉翔が対応してる。どうするか聞いてくれってさ。》
蒼は、慌てて立ち上がった。
「関の房に入れてくれって伝えて。」と、皆を見た。「行って来る。後は頼んだよ、高瑞、燐。」
二人は、頷く。
「主も大変だの、いろいろ。任せておくがよい。」
燐が答えて、蒼は急いで窓から空へ飛んだ。
関の房へと入って行くと、黒髪に黒い瞳の若い神が、たった一人で立っていた。
維心から聞いていた通り、言われてみたらアマゾネスの気に少し、似ているような気がする。
そもそも、アマゾネスとそんなに深く交流したことのない蒼には、それとはハッキリと気取れなかった。
それにしても、どこかで見たような。それに、なんだか懐かしい気がする。
蒼は、また思った。
涼夏と同じような、そんな感じを受けるのだ。
相手は、深々と頭を下げた。
「蒼様。いきなりに押し掛けてしまい、誠に申し訳ございませぬ。こうして対面して戴きましたこと、感謝致しております。」
蒼は、頷いた。
「いろいろ聞いてるから、仕方がないと思ってる。だが、どうして急に?何があったんだ。」
迅は、神妙な顔をした。
「その…蒼様にはお話致しますが、龍王様にお話しするかどうかは、蒼様がお決めくだされば。父には、宮が割れるゆえ出ることにしたという事にする、と申して参りましたが、蒼様には嘘は付けませぬ。」
そう、蒼には嘘がバレる。
それを、迅は知っていた。
なので、全て話すべきだと思ったのだ。
蒼は、全部話すと言っているのに、顔をしかめた。
「まあ、聞くよ。だが、基本維心様には何でも話すから、話すものだと思って話してくれたら。」
そうか、自分が話すかどうか、決めるのが荷が重いと思ったのだな。
迅は、小説の描写通りの素直な反応に、心の中で親近感を覚えながら、頷いた。
「は。実は、我は筆頭重臣と筆頭軍神から、我の殺害計画があると聞きました。始めは、もしや父が我を陥れて逆臣として処刑するつもりの罠かと思うたのですが、違ったようで。あれらは、我に仕えたいと申したのです。つまり、父を弑して我が王になることを望んでいるようでした。」
蒼は、ますます顔をしかめた。
「…それはまた短絡的な。維心様からは、そうなるとしてももっと時が空いてからだと聞いていたのに。」
やはり龍王は読んでいたんだな。
迅は、頷いた。
「我もそのように。なので、父に直接言うたのですよ、計画が甘いと。監視されておるだろうに、我に代替わりをさせるかもとかいう話を聞いてすぐに殺すなど、怪しめと言っているようなものですから。どうやら、涼弥殿が高峰の宮を建設するのを助ける事にして、そこで我を事故に見せかけて殺そうと思うたようで。」
蒼は、ため息をついた。
「…誠に甘いな。」
蒼は、義心がそう予測していたのを、十六夜に聞いて知っている。
十六夜は、あちらで話している事も、聞いている時があって、たまたまそれを聞いていたらしいのだ。
その通りの事をしようとしていた事に、呆れてものも言えなかった。
迅は、続けた。
「なので、宮を出る事にしようと。父には、もっと政務に励むように申して来ました。臣下は元より、我に殺害を促すほど父の事はもう、あまり信頼しておりませぬ。だが、まだ父はそれを知らない。臣下も、我が居なくなれば仕方なく父を何とかしようとするでしょう。我が居たら、あの宮は荒れる。今は、そんな事をしておる時ではないのですよ。」
確かにそうだが、迅が居なくなったら年明けの序列上昇はまず、無理だろう。
宮を回すのが先だからだ。
「…分かった。とにかく、来てしまったんだししばらくは客として滞在するといい。後のことは、維心様方の意向も聞かないとオレには決められないんだよ。オレに仕えるつもりで来たみたいだけど…オレは別にいいんだけど、いろいろあるから。とにかく、客として扱う。宮の客間に入るといい。」
迅は、蒼を見た。
「我は蒼様にお仕えしたいと思うております。できるだけ、龍王様にもそれをお伝えいただけませぬか。どうせ仕えるのなら、心から仕えたいと思う王に仕えたいのです。」
蒼は、困ったように迅を見た。
「オレだって、そんな大層な王じゃないんだけど。でも、そこまで言うなら維心様には伝えておくよ。でもな、ここにはたくさんの優秀な神が居て、軍神達も優秀だから序列争いは熾烈だぞ?それでもいいのか。」
迅は、頭を下げた。
「もとより、そのつもりでございます。」
蒼は、困った。
優秀な人材が集まってくれるのは嬉しいが、それでも次の王になる皇子だったし、みんなが認めてるほど優秀な神なのになあ。
蒼は、思いながら迅を連れて、宮へと戻って行ったのだった。




