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5.試練

涼夏は、大変な事になった、と部屋で悶々としていた。

最初は、とにかく小説の中のイケメン達をこの目で見たい、と思っただけだったのだ。

それが、そんな邪な気持ちを見透かすように、あの厳しい祖母の下へと送られて、礼儀を徹底的に躾けられることになってしまった。

咲耶も、珍しく慰めに来る余裕がないようで、沈む涼夏の脇で控えているが、上の空だ。

きっと、咲耶レベルでも絶対に叱られる、そんな場所なのだろう。

そう考えると、浅はかな気持ちで龍の宮へ行きたいなどと、思ってしまった自分が愚かだと思えた。

小説の中ではただの登場人物でも、ここでは実際にたくさんの神達が生きていて、生活している。

自分など、恐らくはモブキャラ扱いの立場だろうに、主人公たちを見たいだなんて、欲を出し過ぎたのかもしれない。

黙って咲耶と二人で沈み込んでいると、そこへ咲耶の侍女仲間である、真矢(まや)が駆け込んで来た。

「咲耶!」と、涼夏が居るのに気付いて、慌てて頭を下げた。「涼夏様。」

涼夏は、だるそうに手を振った。

「ああ、良いわ。何かあったの?」

その侍女は、ただ咲耶に話に来ただけのようだったが、チラチラと咲耶を見ながら、言った。

「その…今、王の侍女に聞いて参ったのですけれど。この宮の、存続が危ういのだと。」

涼夏は、え、と目を丸くした。

まさか、会合で何かあったの?!

ここから先は、小説を読んでいないので分からない。

何しろ、あれが最新話なのだから、そこから先は読みようがなかったのだ。

「お父様が何か粗相でも?!」

だとしたら大変だ。

維心が礼儀を弁えずに自分や維月に無礼を働いた神に、どんな沙汰を下すのか知っている。

涼夏が背中に嫌な汗が流れるのを感じていると、真矢は慌てて首を振った。

「そのような!王に限ってそのようなことはありませぬ。それが…炎嘉様から、会合の時に皆にお話があったのだとか。自立できていない宮は、軒並み解体されてどこかの宮の臣に下る事になるのだろうと…。」

炎嘉…鳥族の王で、龍王維心の親友。

涼夏は、まさか炎嘉がそんなことを言うなんてと、驚いて言った。

「え、炎嘉様は確か、とても下位の宮の王のお世話もしてくださるかたで…。」

実際、維心に意見して宮を潰したりしないで穏やかに罰する程度で済ませたり、庇ってやるので炎嘉は下位の王達に人気があった。

そう書いてあった。

真矢は目を丸くした。

「よくご存知ですわね!はい、ですけれど今回は、会合のお席でのことなので、恐らく上位の王達で話し合っておられたのではないかと。なので、此度ばかりは炎嘉様に助けを求めるわけにも行かず、王にも大変にお悩みであられて。そろそろ涼夏様の嫁ぎ先を、上位の王達に打診をし始めようかと言っていらした折も折で…それでは、支援を期待してのことなので、ならぬという事なのですわ。この宮自身で、生活を回せということだと。」

涼夏は、戦慄した。

自分が宮のために嫁ぐ必要がなくなるのは良かったが、着物も酒も何もかも、日常の消耗品を臣下に下賜する物まで全て、宮で生産しなければならないということなのだ。

そして、どこかの宮へと出かける時の手土産も、全部確保しなければならない。

…でも、この宮の生産力ってどれぐらいなんだろう。

涼夏は、眉を寄せた。

何しろ、今生何も勉強して来なかったので、分からないのだ。

だが、知識はある。

小説の中の主人公たちが、何を持って財産として宮を回しているのか、読んで知っているのだ。

だが、それを生産している職人達のことなど、詳しいことは何も書かれていなかった。

…そういえば、蒼の月の宮が龍の宮頼みで運営していて、蒼があまりにも財政を知らないからと怒って一度、維心が突き放した事があった。

その時、蒼は臣下に言って、職人を育てたり、自分の宮でしか生産しない物を作ったりして、何とか月の宮の自立を成し遂げたのを、前の話で見たことがある。

…お父様と、話さねば。

涼夏は、咲耶を見た。

「咲耶、お父様に先触れをお願い。お会いしてお話をしないと。」

咲耶は、戸惑ったように言った。

「お待ちくださいませ。あの、もう夕刻ですわ。王に於かれましてもお休みのご準備をなさっておいででしょうし、これ以上礼を失したお振る舞いをなさったら、本当に高峰様の宮に…。」

涼夏は、そうだった、と心の中で舌打ちした。

これ以上、悪い印象を与えてしまえば、強制的にあの祖母の宮へと送られてしまう。

できたら、何とかして父に直訴してでも行きたくはなかった。

それなら、兄ならば…?

「…お兄様に。お兄様にお会いするわ!先触れをお願い!」

兄妹ならば、そこまで敷居は高くない。

咲耶は、仕方なく頭を下げた。

「分かりました。では、行って参ります。」

咲耶が出て行くのに、真矢も同じように頭を下げて、バツが悪そうに出て行った。

…もう!家族なんだから直接部屋に行って話があるって言うんじゃ駄目なの?!

涼夏は内心地団駄踏みたい気持ちだったが、また礼儀が何とか言われてしまうので、黙って咲耶が戻るのを待つことにしたのだった。


兄は、面倒そうだったらしいが、訪ねることを許してくれた。

恐らく、昨日落ち込んでいた妹を、突き放すことができなかったのだろう。

涼夏が、急いで部屋へと入って行くと、兄が正面の椅子に座って、顔をしかめた。

「…こら。だからそれだと龍の宮などに行けぬぞ。もっと母上のように動かぬか。」

涼夏は、分かっていたが今は余裕がないので構わず言った。

「お兄様、それどころでは無いのですわ。あの、侍女から聞きました。炎嘉様が、自立できておらぬ宮をどこかの宮の臣下になさると仰られたのですか?」

涼は、ますます顔をしかめた。

「もうそんな噂が?まあ、狭い宮の中であるし、事が事であるからの。主は何も案じるでない。我らが何とかするつもりぞ。」

涼夏は、首を振った。

「そのように悠長になさっておっては。一刻も早く職人を育てねばならないのではありませぬか?」

涼は、一瞬驚いた顔をしたが、手を振った。

「座れ。」そして、涼夏が座るのを見て、言った。「誰からそんな知恵をもらったのか知らぬが、知った風な事を。職人を育てるとて、何の職人を育てるのだ。主は今、この宮に何の職人が何人居るのか知っておるのか?」

涼夏は、ぐ、と怯んだ。

何しろ、この涼夏は勉学が嫌いで全く学んでおらず、愛くるしい見た目と愛嬌だけで切り抜けていたようなものだったからだ。

「それは…その、お兄様がお教えくださればよろしいのですわ!」

苦し紛れにそう言うと、兄はため息をつきながらも、身を乗り出した。

「我が宮の職人は、全部で30ほど。織り、縫製、染めをする職人が10人、陶磁器などの焼き物の職人が2人、酒の醸造の職人が5人、細工と木工が7人、残りは庭や建物の管理ぞ。皆老いて来ておるし、次に繋げるために息子に教えたりとしてくれておるが、まだそこまでではない。そして、あれらの技術は神世ではあまり高い方ではない。臣下に下賜する着物の生産も追いつかぬような状況ぞ。我らの着物は常、最優先で作ってくれるので不自由はしていないが、おじい様がこちらにご支援くださっておらねば、臣下達を無給で働かせることになるのだ。その他、他の宮とも付き合いがあり、それらに祝い事や穢れ事があった時に、持って参る品も要る。分かるであろう?この宮で仕えてくれている者達の数を、支えきれないのだ。」

そんなに少ないの。

涼夏は、茫然とした。

「それは…他の民を宮へ上げて教えさせるわけにはいかぬのですか?」

涼は、またため息をついて、首を振った。

「教えている間は、どうしても生産の速度が落ちる。それに、宮へと上げるということは、それらに下賜する品が必要になるので、その分多くの品が要る。出て行くばかりで生産性が下がり、育つまでの間を維持するのが大変なのだ。」

つまりは、宮へ見習いとして上がっている間も、給料が発生するということなのだ。

それを支払いながら、尚且つ生産性が下がってしまうので、その間、宮がもたないということなのだ。

…簡単なことではなかったのだわ。

涼夏は、そう思った。

それに、教える絶対数が少な過ぎるのだ。

こうなったら、おじい様にその間、宮を支えて頂いて、みんなで一斉に手に職をつけるしかないのでは…。

「…おじい様にお願いして、教育する間支援の品を多めに出して頂くしかないのでは。」

涼は、苦笑した。

「今でも宮のほとんどの品はおじい様の宮から送られて来たものぞ。主の着物にしても然り。書状を取り交わしておる、紙などはここでは職人が居ないので全ておじい様の宮から来ておるのだ。それだけ、うちには職人が少ない。しかも、それほど質が良くないと神世では評価されておる。」

やはり、兄はしっかりと学んでいた。

色々な事を、もう頭に入れて父と共に政務を執り行っているのだ。

涼夏は、言った。

「でも…ならばお祖父様の宮に、職人候補を送って教育していただくのは?そうしたら、育った後の職人をこちらに返して頂けますわ。」

涼は、言った。

「だからその間の手当てはどうするのよ。それもお祖父様の宮か?涼夏、落ち着け。確かにそれは良い考えだが、宮がもたぬのよ。普通、職人が一人前になるまでに数十年は掛かると言われておる。その間に、どれぐらいこちらが持ちこたえられるのか、まだ分からぬのだ。それに、炎嘉様も幾年待ってくださるのか…まだ、そこも分からぬ。とにかく、詳しい話は父上が明日、吉賀殿の宮へ行って話して来ると申されておる。あちらは短期間に目覚ましい発展を遂げたのだ。月の眷属の妃のお蔭であろうが、もしかしたらその妃が何か、知恵をくれるやもしれぬから。だから主は、とにかく誰が見ても恥ずかしくない様になり、宮の品位を上げるために貢献せよ。そのままでは、笑い者ぞ。分かったの。」

涼夏は、笑い者と言われてショックだったが、確かにそうかもしれない。

せっかく小説の知識があるのに、こんな時には何の役にも立たない…。

涼夏は、兄にそう言われて、仕方なくとぼとぼと部屋へと帰った。

どうしたらいいのか、本当に分からなかった。

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