46.十六夜
迅は、今夜は出て来ないかもしれないと思いながらもいつも涼と待ち合わせる小屋に到着した。
思ってもいなかったことに、そこには既に涼と涼夏が来て、身を寄せ合うようにして待っていた。
「…待たせたか。」迅は、急いで小屋に入って戸を閉めた。「すまぬな、どうあっても話したかったが、もしかしたら本日の事で出て来ないかもしれないと思うて。」
涼が、言った。
「確かに宮から出るな、それどころか部屋から出るなと言われておってな。明日にはこちらへ来られない可能性があるのよ。父は完全に我らを切り捨てるつもりぞ。」
迅は、眉を寄せた。
「ならば沙汰次第では主らは宮を出されるやも知れぬな。」
涼夏が、頷いた。
「分かっておってよ。なので、二人で何とか月の宮の蒼様にお願いしようかと。はぐれの神になるので、罪人の子となればどうなるか分かりませぬけど、もしかしたらと。」
迅は、眉を寄せた。
小説では最近月の宮では、確か受け入れた中に罪人の親戚が混じっていて、面倒になった事があるはずだ。
公にはされていないが、蒼はあれで懲りているはずなのだ。
「…難しいやもな。志心様の皇子が犠牲になっておるし…月の宮とは仲が良いから頻繁に来られるだろう。顔を合わせてもしやとならぬか。」
涼夏にも、小説の知識があるので、それは分かっていた。
だが、言った。
「それはもとより分かっておりますけど、それしかありませぬから。陸様だとて、我らの事は遠ざけようとしていらっしゃるでしょう?」
迅は、それが迅には自分達を保護できないだろうと暗に言っているのを知った。
なので、頷いた。
「…その通りよ。主らどころか父上は、涼弥殿のことも切り捨てるおつもりぞ。職人は、皆明日返される。恐らく支援も止まる。どちらにしろ、主らの宮はしばらく立ち行かなくなる。」
涼夏は、口を押さえた。
つまり、自分達で何とかしなければならなくなるのだ。
「…それは…恐らく父上はまだ知らぬ。」涼は言った。「我らを切り捨てて生き残るつもりぞ。もう、あんな父上の力になろうとは思わぬが、それでも臣下は案じられる。まあ…もう、侍女すら我らには近寄らぬがの。」
涼夏は、下を向いた。
部屋に居ろと言われたが、二人の部屋には呼んでも侍女は誰一人来なかった。
たった一人の専属侍女である和泉も、休む仕度が始まる時間になっても、姿を見なかった。
父が命じているのか、それとも自主的なのかは分からなかったが、既に二人には、誰も近寄らなくなっていたのだ。
迅が返す言葉に困っていると、不意に声がした。
《…沙汰が決まったぞ。お前らの処遇は涼弥に一任になった。維心は処刑以外で沙汰を下せと明日の朝言って来る。》
涼夏は、震えた。
…この、声…!それに話し方は…!
「い、十六夜?!十六夜なの?!」
涼夏が思わず粗末な小屋の窓から月を見上げると、声は答えた。
《いかにも、オレは十六夜だ。陽の月だ。炎嘉から、多分お前らが宮を出されて困るだろうから、そっちで何とかしてくれってさっき言われたんでぇ。罪人の子だって言ってもお前らの母親は、志心と会った事はねぇ。だから、お前らが狂って同じ気を出さない限り、志心だって気付かねぇだろうってさ。蒼には言った。どうする?月の宮ヘ来るか。》
涼が、言った。
「誠に月なら申す。どうか我らを受け入れて頂きたいと蒼様にご連絡を。我は何とかなろうが妹は…女が外で生きて行くには厳し過ぎるのだ。」
十六夜は、頷いたようだった。
《分かった。じゃあ、外に出たら月の結界の方へ飛んで、そこで待ってろ。上から見てるから、迎えをやるよ。そこで、関の房ってのがあって、蒼と面会して中に入れるかどうか精査するんでぇ。ま、オレが見たところ変な気は持ってねぇしな。問題ないと思うぞ。》
迅が、急いで言った。
「十六夜よ、沙汰が出たと申したな。いったい、どんな沙汰になるのだ。我らはどうか?」
十六夜は、迅を見たようだった。
《お前、陸の皇子の迅だな。お前んとこは何もない。最初はどうするかって話してたんだけどよ、そんなことを言ってたらあっちこっちめんどくさいし、そっちには愛羅が居るだろ?そもそも佳織は気を利用されただけだったから、別に罪はねぇんだ。ってことで、お前は陸んとこ帰って生きな。問題ねぇよ。》
涼が自分の宮の沙汰を聞こうと口を開くと、迅は更に言った。
「だが!我の宮の状況を知っておるか?我は、恐らくそのうちに消される。なぜなら、新しい母の腹に居るのは、皇子だと分かったのだ。」
涼が、驚いた顔をして口をつぐんだ。
十六夜は、言った。
《…話してみろ。》
十六夜が言うので、迅は続けた。
「我は、今父上と共に政務に携わっておるが、此度の序列再編成で傘下を抱えることになった。だが、父上はその事に関しては何もせず、やっておるのは我と臣下。それでも、次の王であるから仕方がないと思うておった。だが…父上は、腹の子が男なら、我より気が大きいだろうからそれに継がせる、と明言した。そして、ついさっき分かったのだが、腹の子は皇子だった。ゆえ、我はこれだけ宮に貢献していても、後は王座に就くことはない。それどころか、臣下は我が王座に就くべきだと言うておる奴らも居るゆえ、宮は割れる。父上は、我を消そうと考えるだろう。今の妃に、それだけ傾倒しておるのだ。」
迅は、冷静に淡々と語っていたが、思えば酷いことだった。
父王が至らないところを、補佐しているのにそれを認めてもらえないばかりか、恐らく後には邪魔者とされる未来が見えているというのだ。
十六夜は、慎重に言った。
《…考え過ぎじゃねぇのか。お前の父親なんだろ?》
迅は、ハッキリと首を振った。
「主は父の様子を見ておらぬからそんなことを言うのだ。新しい妃に、どれほど盲目的だと思う。最上位からの話であるから断れぬのは分かるし、あれが来たからこそ宮の中も礼儀に通じて来て品良くなっておるのは確かだが、前の養母である佳織は里へ帰って死に、どこの誰の子か分からぬ我は疎まれる。神世は…子など、簡単に捨てる。主は見ておって知っておろう。涼と涼夏だとて…涼弥殿は良い父親だったのに。今は、女に惑うて宮の格を上げることばかりを考えておるから切り捨てられるのだ。」
十六夜は、言った。
《で?じゃあお前はどうしたい。宮を出るのか?でも、皇子が簡単に宮を出て来れるのか。》
迅は、頷いた。
「我が、父上にとって鬱陶しい存在になれば良いのよ。」涼と涼夏が困惑した顔をすると、迅は続けた。「次の王になれないのなら、宮の事は一切しないと父上に申し上げようぞ。恐らく父は怒るだろうが、それでも退かず居たら、腹の子を王にしたい父上は、我を追い出すか殺すしかない。だが、神世の目があるゆえ、殺すことはないだろうて。我も、自ら宮を出ると申す。そうしたら、蒼様は我を受け入れてくれようか。」
十六夜は、困っているのか少し黙った。
そして、ため息をついた。
《うーん、オレにゃ今すぐ返事はできねぇな。神世が面倒なのは知ってる。だから、お前が言うことがあり得ることもオレには分かる。だがな、じゃあそうしろって簡単にゃ言えねぇんだよ。涼と涼夏の事は分かった。だが、迅、お前の事はちょっと相談して来るから、お前の父親にそんな態度に出るのは待て。どっちにしろ、宮を出たいってならこっちで話し合うから自分で何かするのは待て。分かったな?》
迅は、何か言いたそうだったが、これ以上言っても十六夜には決められないだろうと、頷いた。
涼が、それを待っていて、言った。
「十六夜、何もかも聞いて悪いのだが、父と母にどんな沙汰が下ったのか、教えてくれぬか。我らは宮を出ると己から申すつもりであるが、親の事であるから先に聞いておきたいのよ。」
十六夜は、またため息をついた。
《…そうだな、どうせ明日には分かるだろうし、教えといてやるけど、明日維心から書状が来るまで内容は言うなよ。まず、お前達の母親はオレと維心で祟り神にならないように処理したから今は正気だ。でもな、やった事がやった事だ。佳織と咲奈だけじゃなく、志夕も殺しちまった。宮は大打撃だし、処刑される。》
分かっていたことだったが、二人は息を飲んだ。
…お祖母様も、殺してしまったんだ。
涼夏は、あの厳しかった祖母の事が思い浮かんだ。
それでも、涼夏の事を思っていろいろ教えてくれたのだ。それが、今はもう居ないのかと思うと、自然涙が浮かんで来た。
十六夜は、続けた。
《それから、お前達の父親、涼弥だ。大体な、確かに夏奈は面倒な妃だったかもしれねぇ。だが、自分で決めて宮へ入れたのは涼弥だろう。宮はそれで存続してたのは確かだし、帰すのはいいが、後の事は知らぬ存ぜぬってのはおかしい。何のケアもしなかったわけだし、ああなった原因を作ったとして、序列は下位の最下位から二番目まで移動。未来永劫上から三番目には上げないことになった。で、夏奈がぶっ壊して崩壊した宮を建て直すことだ。あの宮も、下位の最下位に陥落することになったが、存続はすることになったんだ。》
あの美しかった宮が、もう崩れて形がないんだ…。
涼夏は、涙を流した。
良い思い出はない。最後には、輪に見せしめのように吊り下げられて引きずり出され、輿へと放り込まれて宮へと送り返されたからだ。
それでも、幼い頃にはあの宮で、祖父に可愛がられて駆け回っていた。
父の宮より広くて美しく、子供心になんて素晴らしい所なんだろうとワクワクした…。
あの場所は、もう無いのだ。
迅が、珍しく涼夏を気に掛けるように胸から懐紙を引っ張り出して渡す。
涼夏は、それを受け取って涙を拭った。
涼が、言った。
「…感謝する。先に教えておいてくれて助かった。明日、いきなりに聞いたら、さすがに我らも対応に困ったであろう。明日、父からこの話を聞くだろうが、そうしたら己から宮を出ると二人で申す。その後、月の宮の結界へと向かう。それで、良いか。」
十六夜は、答えた。
《分かった。そのつもりでいるよ。後の事は気にすんな。月の宮は静かな所だから、仕事はしなきゃならないが、楽しく暮らせるよ。》
知ってる。
涼夏は思ったが、言うわけにもいかず、頷いた。
あの小説の舞台である月の宮で暮らせる未来が見えたのに、思ったより心が浮き立たないのは、こんな状況であちらへ行く事になってしまったからだと落ち込んだ。
あれだけ話したかった十六夜と話したのに、涼夏は暗い気持ちで迅と別れて、兄と共に宮へと帰ったのだった。




