44.この先のこと
迅は、それからは饒舌にいろいろと話してくれた。
人として生きていた頃の記憶が戻った直後は、混乱してあの時の車がどうなったとか、彼女は待ち合わせ場所でどうしたんだろうとか、父や母はどんなに悲しんだとか、そんな事ばかりが気になって仕方が無かった。
なので、人の世へと密かに向かって、調べた。
人には見えない神にとって、人世でいろいろ調べるのは簡単なことだ。
だが、人世は進化していて、ペーパーレスになっていたので、昔の戸籍を調べようにもどうしたら良いのかなかなか分からなかった。
だが、コンピュータを気でハッキングできることを知り、役所のコンピュータの中へと入っていろいろ見ると、何と数百年前の、自分の父と母の戸籍が出て来たらしい。
そして、自分の名もあった。
享年、32歳と記録されていた。
「オレの名前は、吉川直人だった。」迅は言った。「父と母は、どっちも長生きしてたし、妹もそうだ。オレだけが事故で早死にだったわけだ。」
涼夏は、驚いて迅を見た。
「え、ということは、同じ世界線なの?!」
迅は、頷いた。
「そういう事だな。オレの戸籍が出て来たからな。お前のもあるんじゃないか?お前の名前は?」
「田辺奈津美。」涼夏は答えた。「ってことは、あの小説は同じ世界線の神世を描いてたってこと?」
迅は、また頷いた。
「そうだな。オレもびっくりしたが、そんな事もあるかって神になった今は思う。でも、なんだってオレ達は神に転生したんだろうな。困ったことに、黄泉での記憶が全くないんだ。死んだ時の記憶で途切れてて、今生の子供の頃からの記憶と、最近蘇った過去の記憶。それだけ。」
涼夏も、それは思った。
維心も維月も、記憶を持って来た神達は皆、軒並み黄泉での記憶も一緒に持っている。
なのに、自分達にはそれが無いのだ。
いったい、何を思ってどういう経緯で神になったのか、そこのところが全く分からないのだ。
「…いきなり人の頃の記憶だけがあってもね。」涼夏は、ため息をついた。「黄泉で何を考えてこうなったのか、そこが知りたいのに。人から神になんて、そうそうなれるもんじゃないでしょ?なのにここへ転生して来たわけだから、それなりに何かあったはずなのよ。なんだと思う?」
迅は、首を振った。
「分からん。そもそも、お前とこんな話をするまで、考えた事も無かった。回りに知られちゃ面倒な事になるかもしれないって、隠すことばっかり考えてたからな。なのに、お前が何やら懐かしい事ばっかり言うし、言葉の選び方も神にしては変な時もあるし。特撮映画のくだりで、絶対問い質そうと思ったんだよ。」
涼夏は、ハアとため息をついた。
すると、迅がハッと顔を上げたかと思うと、パッと立ち上がって、涼夏の手を引っ張って起こした。
「え、なに?」
二人が立ち上がって並んだ状態でいると、宮の方角からこの宮の軍神達が飛んで来るのが見えた。
涼夏が居住まいを正してベールを被り直し、じっと待っていると、それらは迅の前に着地して、膝をついた。
「迅様。王がお呼びです。」
迅は、頷いた。
「そうか。今、塔矢殿と結界外に居ったのだが、涼夏殿を連れて参れと言われてこちらへ連れて来た。共に参る。」
だが、軍神は困ったような顔をした。
「それが…王は、涼夏様は我らに涼弥様の宮へと送って来るように申されたのです。今すぐに、と。」
迅は、怪訝な顔をした。
「…なぜに?涼に迎えに来させたら良いのではないのか。」
軍神は、首を振った。
「いいえ。これは王命でありまする。迅様には、どうぞ王の御前に。」と、涼夏を見た。「涼夏様には、我らと共に父王の宮へとお帰りくださいませ。王は、こちらへ留まるのをお許しにはなっておりませぬ。」
涼夏は、それを聞いて陸が自分を追い出そうとしているのだ、と悟った。
…もしかして、話している間にお母様が遂に何かしでかしたのかしら。
涼夏は思ったが、どうしようもない。
なので、頷いた。
「分かりました。」
迅を見ると、迅は軽く頷いた。
多分、迅ならまた連絡をくれるだろう。
だが、これからどうなってしまうのか、全く分からない。
そもそもが、祖父の宮がどうなってしまったのかも、全く分かっていないのだから。
涼夏が、半ば強制的に陸の軍神達に囲まれて父の宮へと帰されたところ、兄がそれを迎えに出て来てくれた。
その顔がかなり険しいところを見ると、何か決定的な事が起こったのだろうと思われたが、あいにく涼夏は迅と過去の事を話していて何も知らない。
涼は、言った。
「塔矢殿の宮から陸殿の宮に行ったのだとか。何か聞いておるか。」
涼夏は、首を振った。
「いえ、何も。ただ、遠く龍王様と鳥王様が本性の姿で浮いておられるのを見ました。お祖父様の宮の、上の辺りでした。」
涼は、深いため息をついた。
「…参れ。父上が、お話があると。」
涼夏は、ドキドキとして来る胸を押さえながら、兄と共に父の居間へと向かった。
父は、険しい顔で正面の椅子に座っていた。
そして、兄と涼夏の二人に自分の前に座れと促すと、二人が座るのを待って、言った。
「…先ほど、清から連絡があった。佳織が死んだそうだ。」
だから迅は気が感じられなかったのか…。
涼も涼夏も、そう思って聞いていた。父は、続けた。
「それから、主らの母ぞ。」と、苦々し気な顔をした。「…祟り神になろうとしておって、龍王に封じられた。今は封じただけであるが、恐らく、処分される。」
涼も涼夏も、息を飲んだ。
やっぱり祟り神になろうとしてたんだ…!だから、維心と炎嘉が本性に戻ってまで留めようとして…!!
涼夏が口に手を当てて絶句していると、涼が言った。
「…お祖父様の宮は。」
父は、首を振った。
「祟り神が誕生しようとする力で爆破され、今は崩落していて建て直すより他ないらしい。外に、龍と鳥が天幕を張って怪我人を収容しつつあるようぞ。今は白虎の宮に最上位の王達が集まって話しているらしいが、どうなるのか分からぬ。この宮はもう離縁しておるゆえ関係ないが、主らは…罪人の子となるので、どうなるか分からぬ。何か沙汰を申して来るやもしれぬ。」
涼と涼夏は、ショックを受けて固まった。
危惧していたことだった。
だからこそ、こんなことになる前に、母の様子を知りたかったのに。
だが、父は淡々と言った。
「…この上は、あちこち外出することは禁じる。それで疑われたらこの宮すら危うくなるからぞ。今は自立して序列が上がるかどうかという瀬戸際なのだ。ここで傷が付いたら、その話も消えてなくなるやもしれぬ。主らは、部屋でじっとしておるのだ。部屋から出ることを禁じる。」
ええ?!
と、二人は同時に立ち上がった。
「部屋からも?!我らが何かしたわけでもなく、まだ龍王から何も言って来ておらぬのに!」
涼夏が言うと、涼も言った。
「そんなことをしても、決定は覆らぬかと思いまする。母上の気は、白虎の皇子の命を奪ったのだとか。清殿の使者から聞きましたが。ならば沙汰をもう、決めておるでしょう。宮からは出ませぬが、部屋から出るなとは。」
涼弥は、険しい顔で一喝した。
「うるさい!こんなことになって…せっかくに、宮が立ち直ろうとしておる最中に!ならば少しでも、静かにしておった方が良いに決まっておろうが!」
涼夏は、戸惑った。
つまり、父は我が子である自分達二人を、疎ましく思っているという事なのか。
できたらさっさと処分してしまいたいと思っているのでは…。
涼夏が父だけは信じていたのにと涙を浮かべると、涼が言った。
「…婚姻もままらぬからですか?」涼夏は、何の事だろうと涼を見る。涼はじっと涼弥を睨みつけて続けた。「我らなど、疎ましいということですね。子など、また作れば良いと。陸殿のように。」
涼夏には、ワケが分からず父と兄を交互に見て困惑した顔をした。
「え…?お兄様?どういうことですの?」
確かに、陸の王妃である愛羅は今、身籠っている。
だが、それが父と何の関係があるというのだろうか。
父は、ただ険しい顔で睨み返すばかりだ。
二人とも、それ以上何も言わないので、涼夏がオロオロしていると、兄が言った。
「…御前、失礼を。」
そうして、涼夏の腕を引っ掴むと、ズンズンと自分の部屋へと向かった。
涼夏は、父を振り返ったが、父はもう横を向いて、こちらを見ようともしていなかった。




