43.告白
「じゃあ言うわ。ここはね、私が生きていた時読んでた小説の中の世界なのよ。」
迅は、目を丸くした。
…驚かないって言ったくせに。
涼夏は思ったが、迅に一泡吹かせた気持ちになって少し胸がすいた。
そして、続けた。
「信じられないでしょうけど、最初から洗いざらい話すわ。私はね、あなたには分からないかもしれないけど、人の会社員だったの。その時も女性で、あなたが無くなったとか言っていた、電波で話すスマートフォンっていう電話でインターネットに繋いで、そこにたくさんある小説を読んでたわけ。連載でね、もう10年ぐらい同じシリーズを読んでたのよ。あんまり有名な物じゃないし、私ぐらいしか知らない小説だろうから友達ともそんな話はしてなかったけど、意地になって読み続けてて…ある日、帰り道で更新された小説を読んでて前を見てなくて…赤信号で、横断歩道を渡ってしまったみたい。手からスマートフォンが飛んで行ったのは分かったし、車のヘッドライトが眩しかったのは覚えてるけど、記憶はそこまで。多分、その時死んだんだと思う。」
迅は、絶句してそれを聞いている。
涼夏は、前世の記憶を話しながら、段々にいろいろと湧き出て来るかのようで、堰を切ったように話し続けた。
「全く分からないでしょ?人世の事だもんね。でも、そうなの。関東の県に住んでたわ。駅から自宅に向かって歩いてて、あれは…そうそう、長谷町南の交差点を東から西へ渡る所で、赤信号だったの。だから、青信号で直進して来た車に跳ねられたわけよ。赤信号ってのいうのは、止まれってことでね。人は子供の頃から赤は止まれ、青は進めって習うの。なのに、私は無視しちゃったってわけ。」
迅は、茫然とそれを聞いていたが、涼夏が黙ったタイミングで、言った。
「…もしかして午後8時20分頃か。」
涼夏は、眉を寄せた。
「え?時間?」と、考えた。確か、あの駅から乗った電車がいつもの快速で7時52分発、そこから17分で着いて駅を出たのが8時9分ごろだから、自宅近くのあの交差点に到着したのは、確か…。「え。」
涼夏は、信じられない気持ちで迅を見て目を見開いた。
どうして分かるの。
「え…なんで分かるの?もしかして見てたの?」
そんなはずはないが、思わず言った。
すると、迅はグッと眉を寄せた。
「…だったらお前を跳ねたのは、オレだ。」
涼夏は、びっくりして迅を見上げた。
何より驚いたのは、これまでずっと神らしい話し方をしていた迅が、急に人のような言葉使いになったからだ。
「え?え?どういうこと?あなたが私を?跳ねた…?」
迅は、ハアとため息をつくと、その場に座り込んだ。
涼夏は驚いたが、ここは陸の庭とはいっても奥の方なので、誰も来ない場所だ。
涼夏も、疲れて来て同じように座り込んだ。
迅は、ハアと肩の力を抜いてガックリと下を向いた。
「お前か。お前がオレの車の前に飛び出して来て、慌ててハンドルを切ったが間に合わなかったんだ。オレは側の石碑に正面からぶつかって、気を失った。そこまでしか記憶がない所をみると、オレも死んだんだろう。つい数か月前に記憶が戻って、そこから必死に人世に行っていろいろ調べた。そうしたら、あれからもう数百年経ってることが分かったんだ。オレは…彼女の誕生日だったから、約束の時間に遅れてて急いでたんだ。いつもよりスピードが出てたから、止まれなかった。」
涼夏は、ショックを受けて迅を見つめた。
自分が、あの日家まで我慢できずにスマホばかりを見ていたばかりに、信号無視をして、飛び出した。
それを避けようとした迅は、涼夏を跳ねた後に、脇の石碑にぶつかって死んだ。
時間を覚えていたのは、彼女との約束の時間を気にしていたから。
自分は、迅を巻き込んで死なせてしまったのだ。
「…ごめんなさい。」涼夏は、頭を下げた。「まさか、そんな事になってたなんて。私が飛び出したのが悪いのに。私…ほんとに、ごめんなさい…。」
迅を殺してしまった。
涼夏は、謝っても謝り切れないことをしたのだと思った。
迅も、きっと腸が煮えくり返る気持ちだろう。
涼夏が、どんな罵倒にも耐えようと思ってじっと項垂れていると、迅は、ため息をついた。
「…別に、もう数百年前のことだ。」迅は、空を見上げた。「これが現実。不思議と腹も立たない。それに、オレ達がここへ転生したのは、恐らく同じ理由だろう。」
思ったよりもカラッとしている迅に、涼夏は顔を上げた。
「え?なに、どんな理由?」
迅は、ブスッとした顔をした。
「…小説。オレも、たまたま暇つぶしに読んでいたのがこれだった。読んでる奴もそう居ないようだったし、人気小説よりむしろ自分だけが知ってる世界な気がしてな。毎日読んでたよ。でも、オレが読んでたのは、記憶が戻った時点の前までだった。せっかく小説の中身を思い出したってのに、今の自分はその少し先にいた。だから、これから起こることは全く分からない。だったらなんでこんな記憶が戻るんだよって思った。」
涼夏は、同じだ、と頷いた。
「そうなのよ!私が読んだのも、維心がお正月にひと月4休にしたって所までで!そこが最新話だったわ。だから、今起こってることも全く知らないの!」
迅は、苦笑した。
「だからオレもそこまでだって。同じ日に死んでるんだぞ?先を読んでるはずないだろうが。」と、息をついた。「そうか、分かった。お前がなんだってそんなに変なヤツなのかって思ってたんだが、人だった時の記憶があるんならそうなるわな。おまけに、同じように小説の中のお話だって思ってるんだろ?オレも、少し前まではそう思ってた。でもな、現実だ。自分の母親がおかしなことを言い出した時、薄ら寒い心地がした。目の色が普通じゃないし、神だから尋常でない狂気みたいな気を感じ取れるんだよな。だから、ああ、オレはもう神だし、人の頃がどうのじゃなく、今を何とかして生きて凌ぐしかないって、そんな風に思ってた。」
涼夏は、迅の気持ちが分かったが、不貞腐れて言った。
「変なヤツって何よ!…でも、そうよね…。私だって、この小説の中の事を考えていたらね、いろいろ思い出して来て。このままじゃヤバいって思ったのよ。だから、お祖母様の所へ行儀見習いに行ったりしてた。でも、維月だって撥ねっ返りだったじゃない?だから、公の場でさえちゃんとできることを見せてさえいたら、許されるって思ってたわけ。だから、あなた達の前ではしゃぎ回ったりして、呆れられたりしたの。」
迅は、呆れたように涼夏を見た。
「はあ?お前が維月と一緒だって?そんなはずないだろ、考えてもみろよ、あっちは月で、維心の嫁だぞ。オレも一度見ておきたくて七夕の時は顔見世に行ったが、思ってたよりずっと維心は怖かったし、維月は綺麗だった。気だってめちゃくちゃ好みだったしな。ほら、オレ、神だから。小説読んでた時には分かってなかったけど、維月の気は神にはすっごく気持ちよく感じるんだよな。」
涼夏は、フンと横を向いた。
「分かってるわよ。維月と自分を同じように思ってた自分が恥ずかしくなったわ。だからあの後から必死にやってるんじゃないの。お母様が全然宮の役に立たない人、いや神だったから、誰にも庇ってもらえずに里へ返されてしまったし、お父様が全然お母様を愛してなかったってことも衝撃だった。政略結婚って、残酷よね…。」
それには、迅も暗い顔をした。
「まあ、な。うちの母もそうだった。とはいえ、オレの実の母親じゃなかったが、ここへ来てからオレなんかどこの誰の子かも知らないのに、よくやってくれたと思うよ。今の愛羅で三人目。最初の母は、誰にも言えない相手らしくて、父はオレにも言わない。二人目、育ててくれたのが佳織。で、今が愛羅。だからな、成さぬ中のオレのために頑張ってくれてた母親だから、無碍に扱えないんだよ。今のやたらと綺麗な母親も嫌いじゃないが、違うんだ。」
涼夏は、何となく迅の気持ちが分かった。
なので、頷いた。
「分かる。急に綺麗な女神が来て、母親だって言われてもね。育ててくれた女神の方が、大事に思うわよね。私の母親は、全く育ててくれた覚えがないから、そこまで思い入れはないんだけど。」と、足を前に投げ出して空を見上げると、続けた。「全く、どうせなら最上位の宮に生まれたかったなあ。十六夜も、話し掛けてもうんともすんとも言わないのよ?」
迅は、やっとフッと口元を歪めて笑った。
「お前もか。オレも呼んでみたんだ。でもな、全く。そういえば、十六夜はあちこちから話しかけられるから聞いてないって言ってたなって思い出して。知り合いとか、気にしてる神ならいざ知らず、オレ達モブキャラだろ?そりゃ返事しないよなあ。」
二人は、何やらホッとした気持ちだった。
こんな時だが、やっと心底分かり合える相手ができた気がしたのだ。
だが、それは恋愛感情とはまた違っていた。
この先、どうなるのかは全く分からなかったが、それでも二人は、その瞬間は心から安らげたような気がしていたのだった。




