42.大きな気
しかし、迅は恵麻の手を振り払った。
「恵麻殿、我は行かねば。」と、宮の部屋から飛び出した。「母が何故に命を落とすのか、我は知らねばならぬのです!」
そして、飛び上がった。
「迅殿!」
恵麻が迅を目で追って、一瞬涼夏から気が逸れた。
なので、涼夏も、思いきって飛び出した。
「我も!母が何をしたのか、知る権利がありまする!」
そうして、迅を追って全速力で飛んだ。
「涼夏殿!」
二人は見る間に遠ざかって行った。
恵麻は、塔矢から宮を任されていたので、追う事もできずにそれを見送るしかなかった。
塔矢は、遠く自分の宮の結界が健在であるのを確認してから、また大きな本性に戻った最上位の王達の姿を遠目に見ていた。
龍王は側で見たら恐らく全て見回すことはできないだろうと言うほどに大きく、炎嘉も同じく金色で羽根先が朱に染まった大きな鳥の姿だった。
龍王は我を忘れたようにその辺りの気を物凄い勢いで吸い上げ始め、遠く離れた塔矢が浮いている場所までがその暴風に晒されて、浮いている神は軒並みふら付いて必死に踏ん張っていた。
…凄い…!この量の気を一気に吐き出せるのか…!!
塔矢は、どんどんと集結して行く気に、身震いがした。
あれをこのまま一気に放ったら、回りは消し飛んで跡形も残らないだろう。
そう、祟り神どころか罪もない何万の神達が、あの気に消滅させられてしまう。
恐らく近くの白虎の宮の結界は大丈夫だろうが、あの辺りにある下位の宮も、三番目の宮も恐らく軒並み消滅するのでは…?
塔矢が、止めなければ、と思ったが、しかし自分に龍王を止める力などない。
じりじりとしながらそこに浮いて見ていると、炎嘉が今にも気を吐き出しそうな龍王の前へと、翼を広げて躍り出たのが見えた。
「何ということだ…とてもあんなことはできぬ。」
塔矢は、思わずつぶやいた。
もし自分なら、一瞬にして消し去られてしまうことが分かっている、その目の前に飛び出すなど絶対にできないだろう。
何やらもめているようだったが、炎嘉が維心を止めようとしているのは分かった。
必死に目を凝らしていると、脇からあり得ない声が聴こえた。
「何…あれは…!」
え、と塔矢が振り返ると、涼夏が呆然と浮いていた。
その隣りには、迅が同じように浮いている。
「何をしておるのだ!こんな所に…恵麻は止めなかったのか!」
涼夏は、答えずに目の前の光景を見つめた。
…あれが龍身…鳥身なのだわ。
戦場ぐらい本気にならねば取らない形だ。
それを、あの二体が取って、祖父の宮の上空に浮いている。
つまり、それくらい大変な事が起きているのだ。
「…まるで特撮映画だわ…。」
涼夏が思わず呟くと、迅が驚いたように涼夏を見た。
塔矢が、二人の間に割り込んで怒鳴るように言った。
「わけのわからないことを!早く帰るのだ、何が起こるのか分からぬのに!」
涼夏は、首を振った。
「我が母が何をしでかしたのか、この目で見る権利がありまする!あれは龍王様でございましょう?!あんな大それた事を…!」
塔矢は、首を振った。
「分かっておるはずだろうが!祟り神だと申したのは主であろう?!それほどに大きな事なのだ、分かっておって我に話に参ったのではないのか!最上位の王でも手こずる相手ぞ、主らなど一溜りもないわ!早う去ね!」
迅は、それでも言った。
「…祟り神に母の気も混じって感じまする。もしや母は…あれに食われたのでは…。」
塔矢は、確かに、とハッとした。
ということは、やはり術か何かなのか。
だが、次の瞬間首を振った。
「そうだとしてもぞ!帰るのだ、今すぐに!主らの父王すら結界に籠っておる今、何故に出て参るのだ!敵わぬ相手ぞ!」と、グイグイと迅と涼夏を押した。「早う!陸の結界が近いゆえ、主は涼夏を連れて父王の結界内へ入れ!龍王が気を放ったら、衝撃波がこちらまで届くぞ!」
迅は、塔矢を睨んでそれを聞いていたが、涼夏の腕を掴んだ。
「…行くぞ。」
涼夏は、驚いたように迅を見た。
「え?!待って、お母様があの下に!」
迅は、涼夏を引っ張って飛び始めた。
「塔矢殿の言う通りぞ。ここに居っては足手まといになるのだ!主など吹き飛ぶ。我もな。参れ!」
涼夏は、足手まといと言われて、確かにその通りなので何も言い返せなかった。
母があの下に居るからといって、自分に何ができるというのだ。
ただ最後を見届けないだけなのか。
涼夏は思ったが、迅に引っ張られてどんどんと龍王達が遠くなって行った。
迅は、険しい顔をしていたが、陸の結界が見えて来た辺りで、涼夏を振り返って、言った。
「…成人もしておらぬくせに、我を追って来るなど!我だけなら、成人もしておるし己の母の事もあるしあの場に留まる言い訳などいくらでも出せたのだ!それを…まだ子供の、女の主があんなところに来たゆえ、できなんだのだぞ!いい加減にせよ、主などに何ができると申す!」
涼夏は、言われてその通りなだけに詰まった。
だが、それでも言った。
「あなたが母上を心配なように、我だってお母様が心配なのよ!」
だが、迅は首を振った。
「違う!主からはそこまで母親を案じておるような気など感じぬ!それより、興味ではないのか。主、龍王の龍身を見て特撮映画とか言うたの。前から人世の言葉ばかりを話すが…もしや、主は前は人であったのではないのか。」
涼夏は、思ってもない事を言われたので、唖然とした。
え…どうして分かるの?
「…お兄様でも気取れなかったのに。どうして分かるの?」
迅は、険しい顔をした。
「…ということは、そうなのだな?前世が人で、それを思い出したか。」
涼夏は、もはや抵抗する気持ちも無くなって、茫然と迅を見上げながら頷いた。
「ええ…。誰に言っても、多分信じてくれないと思って。つい、最近に思い出したの。でも、転生した時は何も覚えていなかったので、もうあれから数百年経ってるんだと思うんだけど…。」
迅は、フッと肩の力を抜いて、涼夏と共に父の結界内の庭へと降り立った。
「やはりな。電話に電波がどうのとか言うておったし、それはとっくに無くなった人の道具が発するものであるし。言葉が時々人のようだし。今はもっとぞ。気が緩んだのだろう。人そのものぞ。」
涼夏は、迅を恨めし気に見た。
だって、誰にも言えなかったことを、あなたが言うんだもの。
「…でも、お母様の事が心配なのは確かよ。育ててくれた記憶はないけど、一緒に暮らしてた家族って認識だから。人の頃のお母さんの記憶があるから、それを思い出してからは余計に母親って意識は遠くなったけど…でも、私はあの人、いや神の子だし、変な事をしようとしているなら阻止しないと、お兄様だって私だって連帯責任にならない?神世は連帯責任でしょ?大きな事をしたら余計に。」
迅は、ジーッと涼夏を見つめた。
「…他に、何か隠しておる事は無いか。」
涼夏は、ギクと肩を震わせた。
そう、ここが小説の世界だという事をまだ言っていない。
迅が思っているのは恐らく、この世界の人の世なのだろうが、自分はこの世界が小説の世界だという世界線から来た。
なので、同じ世界線ではないだろうと思っていた。
そもそも、小説の世界だとか言って、信じてくれるかどうかも怪しい。
なので、首を振った。
「別に…隠してる事なんてないわ。前世が人だったことなんか、誰にも言えなかっただけ。」
迅は、目を細めた。
「偽りぞ。あのな、主の気は丸わかりなのだ。何を隠しておる。」
涼夏は、チッと舌打ちをした。
迅は生まれながらの神で、しかも優秀なヤツだ。
対して自分は、自分の気も上手く隠せない未熟な女神。
涼夏は、観念して大きなため息をつくと、恨めし気な顔で迅を見上げた。
「…多分、驚くだろうし信じないと思うわ。」
迅は、怪訝な顔をした。
「これ以上何も驚かぬし何でも申せ。主とてこの際であるから、全て吐き出した方がスッキリしようが。我も、母殺しの娘だと恨まずに済むやもしれぬしの。」
言われて、涼夏はガンと頭を殴られたような気がした。
そうだ…我は、迅にとっては自分の母を殺したかもしれない、女の娘。
隠し事などしていると思うと、これを知っていたのかと勘繰ってしまうのではないか。
涼夏は、どんなに信じられないことでも、言うべきだと覚悟をして迅を見上げた。
「…分かったわ。でも、頭がおかしくなったとは思わないで。」
迅は、頷いた。
「もうとっくにおかしな女だと思うておるから今さらぞ。」
一言多い。
涼夏は思いながらも、言った。




