40.最早
塔矢は、先触れが到着してすぐに鳥の宮に到着した。
炎嘉は会合の最中だったようだが、急ぎの用だと聞いてすぐに居間へと戻ったらしい。
この宮の重臣である、開が慌てて出て来て塔矢を出迎えて話してくれた。
塔矢は、そのまま速足で奥まで歩き、居間で待つ炎嘉と対面した。
「塔矢。何やら急ぎの用だとか。何があった。」
塔矢は、頭を下げた。
「会合の最中に申し訳ありませぬ。涼弥の宮の事で。安峰が昨日、軍神と共に押し入ったのはご存知でしょうか。」
炎嘉は、うんざりしたように頷いた。
「聞いておる。維心が昨夕知らせて参ったわ。あれも面倒なことを。義心が見ておるから、すぐに降りて追い返したようだが、あれも追い詰められておるようぞ。して?それがどうした。」
塔矢は、頷いた。
「は。それが本日涼弥の娘の涼夏が恵麻を訪ねて参って。聡子と友なので、昨日面識を持ったのですが、母の事を案じておって。どうやら、あれは子なので細かい気を感じ取るようで、母の気があり得ないほど大きく感じる、と。」
炎嘉は、眉を上げた。
「大きく?怨嗟の念であるからではないのか。」
塔矢は、答えた。
「それなら良いのですが、どうもそうではないようで。しかも、迅が自分の母親の気に、夏奈の気を感じると言うておったようなのです。涼弥はもう関係ないから関わるなと禁じておるようで、あれらは独自に宮の歴史書などで調べ、どうもあれは、祟り神の誕生の時に似ておると。姿も獣のようだと聞いておるらしく、案じて恵麻に話に参ったのです。」
炎嘉は、にわかに険しい顔になった。
「祟り神だと?たかが女神がか?少なくともあの倍は気がないとなりとうてもなれぬのに?」…と、ハッとした顔をした。「…佳織か…?」
まさか、同じ時期に同じ怨嗟の念を持って存在したので、同化しておるのでは。
そんなことはあったことはなかったが、これまでなかったからと、これからもないとは限らない。
大体面倒なことが起こる時は、全てが初めての事だった。
何しろ、以前に経験していたら、最上位の王達が気取って事前に何とかするからだ。
「…まさかとは思うが、確かに確認した方が良さそうぞ。」炎嘉は、立ち上がった。「開、龍の宮に行って参る。塔矢、共に参れ。維心に話さねば、もし祟り神であったらなる前に処理できるのはあやつだけぞ。なったら我でも処理できるがの。」
つまり、消すということだ。
まだ祟り神になっていない状態で助け出せるのは、龍王の血筋以外には居ない。
「は!」
塔矢は、頷いて炎嘉と共に鳥の宮を飛び立ち、龍の宮へと向かったのだった。
いきなりに先触れもなく訪問したにも関わらず、結界はすんなりと塔矢と炎嘉を通した。
炎嘉が、当然のような顔をしているので、どうやら炎嘉は何も言わずに訪問しても、龍王がすんなりと結界を通す仲なのだと分かる。
つくづく、炎嘉は神世でも地位の高い王なのだ。
余りにも懐っこい様子で、下位の宮の王にも気安く話しかけてくれるので、皆炎嘉を近くに感じているが、こういう時にはやはり遥か高見の王なのだと塔矢は感じた。
迎えに出て来た臣下が、維心は会合の最中でそちらへ案内する、という。
そんな時に来たのに、あっさりと面会が可能だったことに塔矢は驚いたが、恐縮した。
もし、あれが祟り神でもなかったらどうしたら良いのだろう。
間違った情報で翻弄したとか、責任問題にならないだろうか。
そんなことを思いながら、ずんずんと歩いて行く炎嘉について行ったが、龍の宮の大きな会合の間に通された時には、塔矢は完全に固まってしまっていた。
何しろ、龍の重臣達が居並ぶ場所であり、皆の視線がこちらに向いていたのだ。
だが、炎嘉は我関せずで維心に大股に歩み寄った。
「維心、話さねばならぬ。会合の最中なのは知っておるが、こっちの方が先ぞ。」
維心は、頷いた。
「分かっておるわ。いきなり来るぐらいだからの。ここへ呼んだのは、維月が居間に居るからぞ。あれは何かと気にしておるので、聞かせとうないのだ。それで?何があった。」
炎嘉は、塔矢を見た。
「塔矢から話す。塔矢、維心に我に話したことをここで申せ。」
塔矢は頷いて、炎嘉に言った通りの涼弥の宮でのこと、その娘が気取って来たことを掻い摘んで話した。
維心は、じっとそれを聞いていたが、段々に眉が寄って来た。
「…祟り神だと?」
炎嘉は、頷いた。
「そうなのだ。まさかと思うが…何しろ、あんな小さな気の女神が祟り神になったという事は聞かぬから。だが、迅が言うておったという、佳織から夏奈の気がするような気がする、というのが気に掛かる。まさか、何か仙術で、共鳴した神の気を吸収するとか、そんなのがあったのではないのか。蒼に聞けば何か知っておるかの。」
維心は、じっと考える顔をした。
「…仙術など何でもありであるから、恐らく探せばあるやもしれぬが、確かに最初は仙術のような気も感じられたが、今はそれが薄まっておるように思う。問題は、祟り神になろうとしておるかどうかぞ。誠にそうなら、あの辺りは誕生のエネルギーで壊滅的ぞ。志心の結界まで逃げ延びたら助かるだろうが、それでなければ全て消える。まだ無事であるから、祟り神になりかけておったとしても、まだなっては居らぬという事ぞ。困ったものぞ…次の会合の後に主らと見に参ろうと思うておったのに、もう行かねばならぬか。」
炎嘉は、頷いた。
「行こうぞ。どちらにしろ見て来なければ。涼弥の子達が申すように、確かに数百年前に感じたあの面倒な気に似ておる。だが、もしかしたら小さいから気取れなかっただけなのかもしれぬ。」
維心は、頷き返した。
「その通りよ。そもそも祟り神になるのは、大きな気を持つ王レベルの神だと決まっておった。それも、我が最後の祟り神を消してから出現しておらなんだのが、前世の炎託が過去へ行った時に連れて参った奴らがその気に当たって帰って来たゆえ、その折二体が出現しそうになったことがある。その時居った者達しか、恐らく祟り神の気を知っておる奴はおらぬだろうし、それらも我らと同じように、小さな気で気取れなかっただろう。まだ分からぬが、その可能性があるのなら我が参らねばならぬ。」
維心が立ち上がると、臣下の一人が言った。
「お出ましでしょうか。」
維心は、頷く。
「義心は恐らくあの辺りに居るだろう。行って参る。帝羽と明蓮を呼べ。連れて参る。」
その臣下は、頭を下げた。
「は!」
炎嘉と維心が、並んで先をさっさと歩いて行く。
塔矢は、その背を追いながら、祟り神であってもすぐに対応しなければならない最上位の王達の事を目の当たりにして、そんな地位など面倒でしかないのだ、と、実感していた。
これまでは、そんなものなど誰かが処理してくれるのを、宮の中で注意して遠巻きに待っているだけで良かったのだ。
その影で、こうやって一々対応して処理してくれている、最上位の王達が居ることを、一体何人の王が知っておるのだろうか。
これを当然だと思っているのではないだろうか。
塔矢は、そんな風に思って見ていた。
出発口について、そこに揃っていた帝羽と明蓮と共に浮き上がろうとすると、志心の使者がやって来たのと行き会った。
炎嘉が、言った。
「…馨ではないか。志心か?」
馨と呼ばれた軍神は、頷いた。
「は。我が王より、龍王様への書状をお持ち致しました。」
維心は、手を差し出した。
「これへ。」
「は!」
馨は、胸から書状を引き抜いて維心へと手渡す。
維心は、それをサッと読んで、隣りの炎嘉へと渡した。
「志心が月の宮から己の宮へと帰ったようだ。主がこちらへ来たのを知って、何があったと問うておる。」
炎嘉は、頷いた。
「とりあえず、これから向かうと申せ。高峰の宮にの。我らが行くまで待っておれと。」
馨は、困惑した顔をした。
「は…ですが、我がこちらへ向かう時、我が王は先に調べて参ると申して、志夕様と、それに夕凪殿と雲居殿を連れて宮を飛び立っていかれました。もう、あちらの宮の中へ入っておられるのでは。」
維心が、眉を寄せた。
「…嫌な予感がする。」と、浮き上がった。「行くぞ。急いだ方が良い。何やらピリピリとした感じを受ける気がするのだ。気に掛かる。」
炎嘉も、頷いた。
「行くぞ馨。塔矢、主は危ないゆえ離れておれ。もし、我らに何かあった時は、近くの箔炎、駿と高彰に知らせを。分かったな?」
塔矢は、不安げな顔をしたが、頷いた。
「は!お任せを。」
「参る。」
維心が、先に立って物凄い速度で飛び始め、それにぴったりとついて帝羽と明蓮が飛んで行く。
炎嘉もそれに続き、塔矢は遅れてはならないと、その背を離れて追って、飛んで行ったのだった。




