39.誰に
涼夏は、頑張ってまず、聡子に文を書いた。
聡子から、恵麻に話してもらおうと思ったのだ。
聡子はとても良い子なので、涼夏の気持ちを分かってくれるだろうと、母が心配なのだと、そこを押して切々と文面をしたためてみた。
すると、やはりそれが効いたのか、聡子はすぐに宮へ来て欲しい、と連絡をくれた。
所々にシミのようなものがついた返事の文に、聡子が涙を流しながらこちらの気持ちを慮ってくれたのだと分かる。
そんな聡子を思い浮かべると、こちらももらい泣きしそうになったが、何やら騙しているような気持ちになる。
本当に母のことは心配だが、前世を思い出してしまった涼夏にとって、聡子が思っているのとは、別の方向に心配なのだ。
母が仮に祟り神になろうとしてたとして、祖父や回りの神達だけでなく、他の周辺の宮までもが巻き込まれて大変なことになるだろう。
そうなったら、祖父の監督責任はもとより、それに至ったのはなぜか、と、調べられて、父の責任まで追及される恐れがあった。
そうなると、宮が残るのかも疑問で、兄も自分も、ただでは済まない。
宮が無くなれば、はぐれの神になってしまうからだ。
神世に多大な迷惑を掛けたもの達の血族として、疎まれて過ごすことになるかもしれないのだ。
神世は、大きな事をしでかす輩が出ないために、お互いに見張らせる目的もあって、罪人が出ると連帯責任になることが多かった。
小さな事ならこの限りではないが、側近くに居ながら止められなかった罪として裁かれるらしいのだ。
涼夏は、それを恐れていた。
父は無視を決め込んでいるが、もっと厳しく接して妃の教育をできなかった父にも問題はある。
いくら上位の宮から来ていても、入った先の妃であることは変わらないからだ。
涼夏は、聡子の宮に行く準備をしながら、そんなことを考えて、大きなため息をついていた。
それにしても、お兄様も迅も他神任せなのよ!
涼夏は、考えるうちに段々腹が立って来ていた。
いつも二人で密談していたくせに、いきなり涼夏も仲間に入れてやろうと連れて行ったかと思うと、上位の宮に渡りを付けろとか言う。
しかも、事ここに至って聡子と噂になると困る、など、ハッキリ言って自分の事しか考えていないように、涼夏には思えた。
…どうして皇女に生まれ変わったのに、こんな苦労をしなきゃならないのよ~!
涼夏は、輿の中で叫び出したい気分だった。
塔矢の宮に着くと、昨日とはうって変わって深刻な表情をした、恵麻と聡子が並んで待っていてくれた。
涼夏も自然深刻な顔になり、輿から降り立った。
「…涼夏殿…!」
聡子が、挨拶も構わず駆け寄って来て、手を握ってくれる。
まるで我が事のように案じてくれているのが、それでわかった。
その聡子の思いやりに、自然涙目になりながら、涼夏は言った。
「聡子殿…急に申し訳ありませぬ。あの、昨日戻ったら宮が騒ぎになっておって…無理にお兄様から聞いたら、叔父が軍神を連れて宮に押し入って来たとか…。もう、どうしたら良いのか、我は…。」
聡子は、何度も頷いた。
「よろしいの。そんなに気になさらないで。」
恵麻も、険しい顔で進み出て涼夏の肩に手を置いた。
「聡子殿から聞きました。王もゆゆしき問題だとおっしゃっておって。さあ、こちらへ。お話をお聞きしますわ。」
どうやら、恵麻は聡子から聞いて塔矢にも話しているらしい。
これなら、炎嘉にもすぐに伝わりそう、と、涼夏は頷いて、聡子に手を取られながら、奥の近くの応接間へと向かった。
応接間に着くと、既に茶は置いてあって、侍女はそこには居なかった。
「ひと払いをしておきました。」恵麻は言って、椅子に座った。「お座りになって。それで、義心が来たので叔父君は帰られたとか。」
涼夏は、聡子と並んで腰掛けて、頷いた。
「はい。龍王様のご用で偶然来られたのだとか。でも、それで叔父は帰ったそうで、事なきを得ました。我はまた来るのではと案じられてなりませぬのに、父はそんなことはもうないだろうと。母の加減はかなり悪いようですのに、父はもう関係のないことだと関わる事を禁じてしまわれたのですわ。」
恵麻は、鋭い目でそれをじっと聞いていた。
聡子が、言った。
「お母様のことなのに関わるなとは乱暴な。ご心配でしょう。」
涼夏は、頷いた。
「はい。母は狂うてしもうておるようで、その気というのが…、」
そこまで言った時、塔矢がそこへ入って来た。
え、塔矢様?
涼夏が驚いて口をつぐむと、塔矢は首を振った。
「ああ、続けて良い。聞いておった。」と、恵麻の隣りに座る。「主の母の、気がどうした?」
結界の中のことは、その結界を張った本人には見ようと思えば丸見えだ。
涼夏は、王までが来たことに驚いてにわかに緊張したが、それでも答えた。
「はい。ただの嫉妬や怨嗟というにはあまりにも面倒そうなもので。我らが知る母ではない、あり得ない大きさに感じるのでございます。聞きましたところ、迅様の母上の、佳織様もそのようなご様子だとか。それに、迅様が申すには、佳織様の気に、何やら母の気が混じっているように感じてワケがわからないのだとか。我らも、どういう事なのか全く分からずで…いったい、母はどうなってしまうのだろうと、不安でたまらないのです。それなのに、父は関わる事を禁じてしまわれたし…。」
塔矢は、考え込むような顔をした。
恵麻も、険しい顔のまま塔矢を見る。
「王、子が気取るものは我らよりもっと正確なものかと。もしかしたら外から見ておるより、もっと大変なことが起こっておるのではありませぬか。」
塔矢は、頷いた。
「我もそのように。安峰が昼日中に軍神まで連れて涼弥の宮に押し掛けて、引き取らせようとするぐらいであるからな。清は何も言わぬが…、もしかしたら、あれらは大変な面倒を内に持ってどうにもならぬのやもしれぬ。」
そこまで言ってくれるのなら、と、涼夏はもう一歩踏み込もうと身を乗り出した。
「あの!」二人が涼夏を見る。涼夏は思いきって言った。「あの、我は兄と、あの段々に大きくなる気が、なぜなのかと気になって宮の歴史書を片っ端から調べたのです。そんなに大きな気を持つわけでもない母が、どうしてあんなに、と。それで…考えたくもないことですが、見つけたのは、数百年前の、祟り神の記録で。祟り神が生み出される時の力は、大きいのだと…まさか、母がそんなことにと、あり得ないことだと思いながら、案じて仕方がないのです。」
塔矢と恵麻が、息を飲んだ。
聡子は、知らないらしく顔をしかめた。
「…祟り神とは?聞いたことがありませぬ。」
塔矢が、険しい顔で答えた。
「…神が恨みや憎しみの念に晒されて、己を身の内から蝕んで悪しき神になることぞ。姿も変わり、もはやそれは、神ではない。」
聡子は、息を飲む。
涼夏は、頷いた。
「そう思うたのは、母の姿が今や獣のようだと聞いたからなのです。あのように淑やかだった母が獣になど…考えただけでも恐ろしくて。」
恵麻が、確認するように言った。
「夏奈殿の姿が、獣のようになっておるというのですね?」
涼夏は、頷く。
「はい。そう聞きました。」
塔矢は、立ち上がった。
「気の大きさから考えて、あり得ないとは思うが用心に越したことはない。もしあの場所で祟り神など誕生したら、高峰殿の宮は吹き飛ぶであろうし、回りの宮も巻き添えになる。近くの白虎の宮は志心殿の結界があるので無事だろうが、あの辺り全てが飲まれて祟り神へと落ちる可能性がある。これは、話して来なければならぬな。」と、恵麻を見た。「恵麻、宮を頼む。鳥の宮へ行って参る。」
こんなにすぐに?!
涼夏は、やっと解決するかもと嬉しいのだが、それだけ大事なのだと言われているようで、落ち着かなかった。
恵麻は、頷いた。
「任せてくださいませ。お気をつけて…ご無理はなさらず。」
祟り神だとしたら、塔矢も飲まれる恐れがあるからだ。
塔矢は、頷いた。
「案ずるな。できぬことまでやろうとは思わぬから。もしもの時は、最上位の王達に任せることにする。」
そうして、そこを出て行った。
恵麻と塔矢の深刻な顔を見て、涼夏は急に焦って来た。
こんなことを言っていても、小説の中のことだと遠く感じていたが、今の自分にはまぎれもなく現実のことなのだと、突き付けられているように思った。
…誰かが、犠牲になるかもしれないんだ。
涼夏は、震えて来る体を抱きしめたが、恵麻がその手をがっしりと掴んで、言った。
「大丈夫よ。きっと炎嘉様がどうにかしてくださるから。」
ああ、炎嘉はこうやって皆の期待を背負っているのね。
涼夏は、今さらながら、そう思った。
そして、その炎嘉が頼る龍王である維心は、きっともっと多くのものを抱えて生きているのだ。
涼夏はそれらの神に感謝して、恵麻に頷いたのだった。




