38.増幅
涼の話を聞き終わった、迅は綺麗な顔をガッツリとしかめて、言った。
「…確かに。考えが至らなかったわ。確かに祟り神は、ここ数百年は全く出現しておらぬが、出現してもおかしくはない。だが、涼弥殿が言うように、主らの母ぐらいの気の大きさではなりとうてもなれないはずなのだ。恐らくは、最低でもその倍はなければならぬ。だが…もしかしたら、ここ最近の違和感を思うと、その最悪の事態が起こっておるようにも思わぬでもないのだ。」
涼夏は、ゾクッと背中が寒くなった。
ない、と言って欲しかった。
何か理由をつけて、涼夏の考えを論破して欲しかったのだ。
だが、迅は肯定するようなことを言う。
「…あなたが、私の意見を肯定するなんて。破天荒な意見だとは言わないの?」
迅は、軽く涼夏を睨んで、言った。
「冗談では済まされないぞ。我が言うのは、主らが己の母が気になるように、我だって母のことが気になるから見ておるからぞ。ずっと様子を窺っておるが、どうも最近は静か。清殿が上手く封じておるのかと思うておったが、最近はおかしなことに、気の感じが主らの母のように変化しているように思うのだ。そんなはずはないと思うておったが…もしや、術か何かで、両方の気が一緒になっておるのでは。」
涼が、真剣な顔で言った。
「それは、我らの母と主の母が、何らかの方法で繋がっておって、同時に祟り神になろうとしておると?」
迅は、ため息をついて首を振った。
「分からぬ。そんなことが可能なのかも分からぬのだ。ただ、偶然にしては…我の母から、主らの母の気がすることの説明がつかぬではないか。」
たまたま、同じ時期に怨嗟の念を持って里へ帰ったからなのだろうか。
いや、そんな事でこんな大事になるはずはない。
というか、今この時も、何やら高峰の宮の方角から、大きくなって来る気を感じるように思うのだ。
血の繋がりからなのか、己の親の気の事は、悲しいかな気取りたくなくても気取れてしまうのだ。
「術と申したら…仙術などは、お祖父様の宮では無かったですわね?お兄様。」
兄は、首を振った。
「無いと思うぞ。あの宮では仙人を囲っておった過去はないだろうからの。だいたい、仙人を相手にするのは、大きな宮の王であるのがほとんどぞ。余裕が無ければそんなことはせぬからな。」
涼夏は、頷いた。
「仙術では無いのなら、いったいどうやってこのような事を…。ワケの分からぬ事が起こる時は、大概が仙術とかが絡んでおると読んだと思うのに。」
迅が、少し驚いたように目を丸くした。
そして、言った。
「…何で読んだ?歴史書か。」
涼夏は、あ、と口を押えた。
小説で読んだとは言えない。
なので、しどろもどろに言った。
「いえ…何だったかしら。でも、龍の宮の本だったような。いえ、月の宮だったかな。」
変なヤツだと思われるかと思ったが、意外にも迅は頷いた。
「だろうの。我もその辺りの歴史書で見たのだ。仙術の件は、もしそうなら月の宮に相談するしかないのだが、最近は最上位ぐらいしか仙術に通じておる神は居らぬらしいのに。だが…この事態の始めは、主らの母の気からは、仙術に似た気配もしておったのだ。今は…無いような気もするし…。月の宮に直接話せる伝手もないし、思うだけで我には何もできなかったがな。」
涼は、言った。
「月の宮と申すなら、那都に申したらどうか。まだ子供だが、あれはしっかりしておるから、父王に話をしてくれようし。那海殿が、月の宮に話を通してくれるのではないのか。」
迅が、首を振った。
「まだ子供であるから無理ぞ。我らがそこらの子供と知り合って、その父に言うてくれと申して、それが通るかと考えたら分かろう。成人しておる者と知り合って、何とかせねばならぬ。だが…そんな知り合いなど居ろうか。」
涼夏が、ハッと顔を上げた。
「そうだわ、聡子殿。」と、迅を見た。「聡子殿はまだ子供だけど、恵麻様と本日面識を持ったの。塔矢様の王妃で、聡子殿のお母様よ。鳥の宮の炎耀様の皇女だと聞いておるから、そこから炎嘉様に申したら月の宮か龍の宮にお話が通るんじゃないかしら。」
迅は、お、という顔をして、頷いた。
「それなら行ける。だが、時が掛かるな。問題は、どこまで我らの話を聞いてくださるかだ。主、書は?あれから腕は上がったか。まだミミズがのたくったような字ではあるまいな。」
涼夏は、ムッとした顔をした。
「いくら何でも励んでおるわ。少しは良くなったと思うけど…」
最上位の宮の皇女に、何かを頼めるほど美しい字ではない。
涼夏は、ため息をついた。
本当に、この世界は何もかもが優秀でないと、話すら聞いてもらえない。
せめて字だけでも綺麗だったら、それだけで結構上位の王族たちも文を読んでくれたりするみたいなのに、これではまずいのだ。
迅は、考え込む顔をした。
「そうであるな…一番良いのは、父王から申してもらう事なのだが、主の父は関わらないと申しておるのだろう?我が父も、もう里へ帰した妃の事だし、口出しはせぬと申しておって、関わるのを嫌がるのだ。こうなったら、涼が聡子を訪ねるとか、我が訪ねるしかないか。噂は立とうが、幼馴染であるし話ぐらいはできよう。」
涼は、首を振った。
「それはならぬ。我ら、微妙な立場なのだ。今は些細な噂でも立たないようにした方が良いだろう。誠聡子を娶りたいと思わぬのなら、やめた方が良いぞ。」
そんなことを言っている場合ではないのだが、それでも娶る娶らない問題は、結構重要な事だった。
ちょっとでも庭を歩いたり、訪ねたりしているのを臣下に見られでもしたら、途端に面倒な噂を立てられて、皇女は嫁ぎ先がその皇子以外は無くなるし、皇子は紛らわしい事をしたと言われて責任を取って娶ることになってしまったりするからだ。
迅と涼夏にしても、偶然会ってちょっと話すことはあっても、わざわざ訪ねて話したりはしない。
迅は涼夏に話があっても、兄と涼夏にと言って宮を訪ねて来るのは、そのためだった。
「ああ、本当になんと面倒なのかしら…ちょっと電話でアポ取るとか、どうしてできないの。」
思わず涼夏が呟くと、迅は両方の眉を跳ね上げた。
涼が、顔をしかめて窘めるように言った。
「何ぞ、人のように。ワケの分からぬことを申すでないわ。」
お兄様にとってはそうでも、我にとってはそうじゃないの。
涼夏がジトッとした目で兄を見た。
「お兄様には分からなくて良いの。」
迅は、眉を寄せて涼夏を見た。
「待て。」と、じっと涼夏を見つめた。「主、電話とは何ぞ?」
涼夏は、面倒そうに手を振った。
「人世の通信機器ですわ。念も無いし飛べぬので、電波を飛ばしておりますの。」
迅は、まだ険しい顔をしながら、首を振った。
「それは数百年前に無くなった。」え、と涼夏は驚いた顔をした。迅は続けた。「我は、今の人世を調べたから分かっておるのだ。ポールシフトが起こった時、それまで使っていたほとんどの電波が使えぬようになってな。後に聞いたが、地が面倒な気が飛び交っているから、この際間引くと言うて、飛ばさぬようにしたようぞ。なので今は、有線の物が多くて、電波を飛ばす形の電話は存在しない。人は外で誰かと話そうとする時、公的に設置されてある有線ケーブルを探して、それに自分の端末を繋いで話すのだ。」
そうなの?!
涼夏は、それはそれで驚いた。
ということは、自分はきっと、しばらく黄泉で休んでから転生しているのだ。
だが、人の頃の記憶は蘇っても、黄泉に居ただろう時の記憶は全くなかった。
迅が言っているエピソードは覚えていた。確か、続編の五巻辺りでそんな話があったのだ。地の碧黎の具合が悪くなって、それがポールシフトの前兆だったという話…。
だったら、かなりの年数が経過していることになる。
「え…そんなに経っているの?」
涼夏が思わず言うと、涼が割り込んだ。
「今は人世の話などしておる場合ではないだろうが。とにかく、駄目元で涼夏に恵麻殿に文を書かせるしかない。本日の礼だとか申して、書くのだ。そして、自分の母の件が、とても案じられるからお話を聞いて欲しいとか書いてみよ。話しぐらいは聞いてくれるだろうし、もしかしたら炎嘉殿の耳に入るやもしれぬから。」
涼夏は、仕方なく頷く。
「分かりました。では、帰ったらすぐに書きますわ。でも、あまり期待はなさらないで。」
迅は、まだ何か気になるようだったが、結局それ以上、何も言わなかった。
そうして、あまり長い時間宮を空けておくわけにも行かなくて、三人はそれぞれの宮の方角へと飛んで行ったのだった。




