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35.友の父の妃

そんなことがあったなど、何も知らない涼夏は、毎日を宮を回す事で過ごしていた。

父はどこか思い詰めたような雰囲気だったが、宮で職人達の作業場に籠り、皆で作業効率を上げることに専念しているらしい。

懸念していた祖父の宮からの来襲もなく、霜月の会合も特に問題なく終わったようだった。

なので、段々と母は大丈夫なのだ、という気持ちになって来て、涼夏は久しぶりに聡子に文を書いた。

聡子からは近況を伝えて来ていて、新しく来た父の妃は、それは凛々しい頭の良いかたなのだと誉めちぎってあった。

そして、是非一度新しく建ち上がった宮に遊びに来て欲しいと書かれてあった。

「…聡子の所に遊びに行こうかしら。」

涼夏が、文を置いて言うと、和泉がパッと明るい顔をした。

「まあ!そうなさいませ、お部屋に籠っておるから鬱々となさるのですわ!王も涼様も、常に案じていらして少しは外出でもしたらと言っておられるのですわ。陸様の宮には、足が重いようですから、聡子様なら。あちらは新しい妃もいらして明るい雰囲気なのだと聞いておりますし。」

ずっと心配してくれてたものね。

涼夏は、苦笑した。

「では、聡子殿に文を返すわ。新しい妃のかたは、恵麻様とおっしゃるようで、それは優しく凛々しいかたなのですって。」

和泉は、それには少し驚いた顔をしたが、文を書く準備をしながら、何度も頷いた。

「女神が凛々しいとは珍しい表現ですけれど、大変妖艶で美しいかたなのだとか。噂に聞いておりますわ。さあさあ、お返事を。お会いするのが楽しみですわね。」

和泉は、気が変わっては大変だと思うのか、返事を急かすのがおかしかった。

それでも、笑いながら涼夏は頷いた。

「そうね。じゃあ、明後日にでも行きたいと書くわ。それでいいわね?」

和泉は、嬉しそうに頷いた。

「はい。明日でも良いぐらいですのに。早くお返事を。」

涼夏は、少しは良くなった字をすらすらと紙の上に書き付けて行った。

…体調が悪いとか言って、愛羅様にはご無沙汰なんだけど、大丈夫かな。

そんなことを考えたが、気にしていては何も進まないので、涼夏は明後日そちらへ行ってもいいかと聡子に文を書いたのだった。


陸の宮では、愛羅が毎日のように嘆く麗羅の側にいた。

陸は、涼弥から理由を聞いて知っている。

確かに、自分の宮ならいざ知らず、涼弥の宮の状況では、麗羅を娶るのは難しいことだった。

だからこそ、安定するまでは会えないと、麗羅に話したらしいのだ。

それを話した時の涼弥の苦しげな顔を思い出して、麗羅と涼弥を引き合わせた自分の短絡的な考えに後悔した。

よく考えたら、分かっていた事だったのだ。

確かに愛羅も麗羅も美しいが、父王に大切に育てられて奥を回す事だけに特化して育ったので、政務や財政のことにはからきしだ。

それでもこちらでは事足りた。

財政は上位と変わらず安定し、尚余りあるほどだからだ。

だが、涼弥の宮は今正に自立しようとしているほど、困窮している宮。

未だに、陸からの支援がないと何か足りない状況だ。

自分の宮も、祖父から二代掛けて安定したほど、財政の立て直しには時が掛かる。

百年と聞いた時には、無理ではないかと思ったほどだった。

何しろ、ここでは祖父から数百年掛けてここまで来たからだ。

百年でも、涼弥は500に、麗羅は360になるだろう。

待つとて、父王の旭がそれを許すとも思えず、涼弥と麗羅の未来は全く先が見えなかった。

…恐らくは、娶るのは無理だ。

陸は、額に手を置いてため息をついた。

愛羅は、何もわからないので何故にこのようなと連日涼弥に取り成してくれと泣いて訴えるのだが、陸には分かっているだけに、首を縦には振れなかった。

…やはり、育ちというのはあるもの。

陸は、思っていた。

愛羅や麗羅には、物が無いという事が理解できない、想像できないのだ。

父王が、あれほど嫁がせる前に宮の蔵を確認していた気持ちが分かる。

財政に問題があったら、皇女が不幸になるからなのだ。

そして、娶った王にとっても良いことにはならない。

昔から分相応とは良く言ったもので、同じ環境で育って理解できなければ、お互いつらいからなのだ。

祖父と父には感謝したが、自分とて最近では多くの物をあちこちに支出するので、蔵が空いて来ているのは確か。

これ以上涼弥を支援することはできない。

陸は、もう何度目かのため息をついたのだった。


涼夏は、数週間ぶりに輿に乗って父の結界を出た。

塔矢の宮は近いはずだったが、今回の領地拡大で、宮はその真ん中に位置するようにと建てられたようで、少し離れた位置に移動していた。

そして、上空からその宮を見て、涼夏は息を飲んだ。

白い、大理石のような石で建てられた、それは大きな美しい宮が見えたからだ。

「まあ…!凄いわ、聡子殿はこんな宮に住んでおるの?」

涼夏が言うと、和泉も目を見開いて言った。

「誠に大きな美しい宮ですこと。まるで最上位の宮を見るような…誠に三番目におなりなのでしょうか。もっと高い地位なのでは?」

確かにそう見えた。

新しいからかも知れないが、とにかく美しいのだ。

華やかな塔矢の雰囲気にぴったりな宮だと思えた。

宮の到着口に輿が滑り込むと、目の前には金髪でうっすら赤い瞳の、すらりと背が高い、スタイルの良い女神と、その隣りに聡子が並んで立って待っていてくれていた。

涼夏は、最上位の宮の皇女だった恵麻だろうと思い、輿から降りて、真っ先にその、美しい女神の前で頭を下げた。

その女神は、微笑んで言った。

「涼夏殿ですね。我はこちらの王、塔矢様の王妃、恵麻でありまする。初めてお目に掛かりますわね。」

澄んだきりりとした声だが、暖かい。

涼夏は、顔を上げた。

「はい、恵麻様。涼弥の宮から参りました、第一皇女の涼夏でございます。初めてお目に掛かります。」

我ながら、慣れた。

涼夏がそう思っていると、側で見ると女の自分でも赤面するほど妖艶な微笑みで、恵麻は言った。

「まあ、お可愛らしいかた。」と、聡子を見た。「誠に良い友をお持ちでいらっしゃること。上位の皇女と遜色無い美しい所作であられますわ。」

聡子は、頷いた。

「はい。涼夏殿は毎日大変に励まれていて、我など恥ずかしくなるほどですの。幼い頃からの友なのですわ。」

恵麻は、頷いた。

「では、我は王のお手伝いがございますのでこれで。ごゆるりとなさってくださいませね。」

恵麻は言って、また頭を下げる涼夏の前を、侍女達を引き連れて去って行った。

その歩く姿さえ、完璧で隙がなく、愛羅が一番だと思っていた涼夏には衝撃的だった。

…やっぱり、上には上が居るのね。

涼夏は、そう思って見ていた。

ということは、龍王妃だと皆に完璧だと称される、維月の努力は大変なものだろう。

小説の中でしか知らないが、いくら月でも毎日必死に、維心のために頑張ったんだと思うと、何やら感動した。

聡子が、嬉しそうに寄って来た。

「涼夏殿、お久しぶりですこと。こちらにお迎えできて、嬉しい限りですわ。」

涼夏は、頷いた。

「聡子殿、お会いできてとても嬉しいわ。あの、恵麻様は王妃と仰っておりましたけれど、塔矢様には恵麻様を正妃になさったのですか?」

聡子は、まるで己の事のように嬉し気に頷いた。

「はい。だって、お母様はとても素晴らしいかたなのですもの。お父様がこちらへ迎えてすぐにそう告示なさったのです。お母様はね、あのように淑やかであられるのに、立ち合いもなさって父と二人でとても楽しそうに新しい訓練場で立ち合われますの。父もなかなかの腕だと言って、あんなに毎日楽しそうになさっておるのは、初めて見ますの。」

涼夏は、そうかと頷いた。

維月も、維心と共に訓練場に立つほどの腕前だ。

何事も真似が上手い月なので、それが可能なのだと小説には書いてあったが、あの隙のない身のこなしは、立ち合いから培われたものに間違いなかった。

維月も、同じだからだ。

皮肉なことに、女神としてはしたないと言われる立ち合いをこなしている女神達が、ああして女神として動きが完璧だと言われるのだから勝手なことだった。

それにしても、聡子の様子からして、恵麻とは上手くやっているらしい。

すんなりと問題なく、母と呼んでいるからだ。

涼夏は、歩き出す聡子について歩きながら、フフと笑った。

「聡子殿、嬉しそう。恵麻様はとても良いかたですのね。」

聡子は、それを聞いて頬を赤らめたが、頷いた。

「ええ。我も、いきなりに来られた最上位の宮の皇女であられたかたなので、とても緊張してしまって。あんなにもお美しいかただし…見た事もないほど美しい所作だし。でも、我にはとても優しくて。何でも、本当にお母様のように、いろいろお教えくださるの。我には、実の母の記憶がありませんから…母とは、こんなにも優しく美しい温かい存在なのだなあって。」

言われてみたら、聡子の母は聡子を産んだ時に亡くなったのだと聞いていた。

小さい頃から、父の塔矢が全てを担って育て、教えていたのだ。

きっと、母というものに憧れがあったのだろうが、実際のところ涼夏には、母に育てられた記憶がなかった。

母はおっとりと宮の奥に居る、時々話すだけの存在で、育てくれたのは侍女達だし、時々母の乳母の真木がいろいろ教えてくれたりした。

前世の記憶が戻って来た時、前世の母が思い出されて、今の自分の記憶の中では、やはり母といえばその、奈津美だった時の母だ。

もうとっくに死んでしまっていないだろうが、自分が事故死した時の母の気持ちを思うと、その直後に飛んで行って抱きしめたいとまで思ってしまう。

なので、今生の母の事は、母として慕っているというよりも、同じ家に住んでいた家族、ぐらいの感覚なのだ。

「本当に、良いかたがいらして良かったこと。」と、宮を見回した。「ところで、とても広くて大きいので、我は迷ってしまいそう。案内してくださる?」

聡子は、それは幸せそうに頷いた。

「もちろんですわ!我の新しい部屋も見てもらいたいのです。お庭が見えて、とても美しいの。お父様とお母様、それに臣下が一生懸命考えて形を作って参ったので、気に入って頂けたら嬉しいわ。」

涼夏は頷いて、そうして聡子と共に、宮の中を歩いて行ったのだった。

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