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34.深夜の来襲

実は、その前の日の夜中に、安峰が来襲していた。

涼弥が急いで奥宮に防音の結界を張ったので、涼夏はそれを知らなかったのだ。

ただでさえ、暗く落ち込んでいた娘のために、涼弥と涼は、涼夏にそれを隠すことを選んだのだった。

臣下達も起き出して来て勢ぞろいする中、安峰は見るからに激昂したような様子で、涼弥と対面するために謁見の間へとズカズカと入って来て、怒鳴りつけた。

「主な!ようも妹をあんな状態にして返しおったの!今では宮の奥深くで、ひたすらに主を想うて暗い念を発して、狂うてしもうておるわ!あれを元の状態に戻すのは、主の役目ぞ!主の責任なのだから、主が何とかせぬか!」

しかし、涼弥はグッと眉を寄せたかと思うと、首を振った。

「そんなもの。主らが上手くあれを説き伏せられぬからそうなったのだろうが。そもそもが、引き取ると言うたのは高峰殿ぞ。主がとやかく言う筋合いなどない。我は己でもよう世話した思うておる。あれを背負っておるにしては、支援とて微々たるものだと思うておるわ。贅沢を覚えた妃など、ここには害でしかないのだ。」

安峰は、それでもブンブンと派手に首を振ってタダをこねるように足を踏み鳴らして、言った。

「煩い煩い!主がおとなしくあれを世話し続けて機嫌を取っておったなら、こうはならなんだわ!我の声も父上の声も全く届かぬのだぞ?!どうせよと言うのだ、龍王までもが厄介な気を何とかせよと言うておるし、我らは主のせいだと申し立てるつもりぞ!」

涼弥は、それでも断固とした口調で言った。

「何とでも言えば良いわ。最上位の王達は、全て知っておるだろうぞ。もはや離縁した妃であって、ここにあった時も、何もしておらぬ妃で臣下もここへ戻ることは望んでおらぬ。我も詳しい事情をお話しするだけよ。」

すると、安峰はギリギリと歯を食い縛った。

それでも、涼弥は一歩も引く様子はない。

いつもならこんな風に強く出られたら、穏便に済ませようと頭を下げることが多かった涼弥が、今回ばかりは全く頭を下げるつもりも、退くつもりもないようだった。

安峰は、何を言っても全く取り合おうとしない涼弥に、段々にしどろもどろになって来て、そうして遂には言い返すこともできなくなって、涼弥と軍神達に、追い払われてしまったのだった。


安峰を追い返した後、居間へと引き揚げて来てため息をつく涼弥に、涼は言った。

「父上。」涼弥は、涼を見る。涼は続けた。「お話したいことがあります。麗羅殿のことです。」

涼弥は、ハッとした顔をした。

…まさか、知っているのか。

涼には、その表情がそう言っているように見えた。

「…知っております。」涼は、言った。「涼夏は己が行かなくなったので、父上も陸殿の宮へ行って居らぬと思うておるようですが、愛羅殿の文が途絶えたのは、父上が再び通うようになったからではありませぬか?」

涼弥は、知られていたのか、と下を向いた。

そうだろう、思えばしょっちゅう狂ったように陸の宮へと出掛けていたのだ。

今回も、隠しているつもりでも、涼は涼弥が宮を出て向かっているのを気取っていたのだろう。

「…その通りよ。」涼弥は、認めた。「我は、この歳になってと笑うであろうが、麗羅を真実思うておるのだ。ただ、娶ることはできぬから、ただ会っておるだけ。顔を見るだけで良いのだ。涼夏の気持ちが分かるゆえ、あれには言わずでおってくれぬか。」

涼は、ため息をついた。

母親が処刑されるかもしれないと案じておる娘の前で、他の女にうつつを抜かして通っているなど言えぬだろうな。

涼は、思って頷いた。

「涼夏には言いませぬ。ですが、麗羅殿を娶りたいと思われるのなら、今はそれを反って遅らせておるのだとお知りにならなければ。そんなことをしておる時間、職人達と共に作業の効率化を計っておった方が余程自立に近付きましょう。今のままでは、絶対に麗羅殿を娶ることなど叶わぬのですから。百年でも、当初短いと言うておったのではありませぬか。その頃父上は500になられる。我が300なので、もしかしたら譲位されておるやもしれぬのです。そんなに時間が経ってから、娶られるおつもりですが。無理なのではありませんか。」

涼の言うことは、もっともなことだった。

涼弥だって、何度も考えたことだ。だが、今こんな時に出逢ってしまったのは、仕方がないことなのだ。

一刻も早くと考えているのは確かだが、涼が言うように、麗羅に会っている時間があるのなら、それを職人達の効率化を手伝った方が、確かに格段に婚姻に近付くだろう。

娶りたければ、全てを懸けて自立に邁進するべき…。

涼弥には、分かっていたのだ。

「…分かっておる。だが、麗羅には他にも上位の王達が縁談を持って来ようとしておるようで。今、縁談を持って行けない我は圧倒的に不利なのだ。麗羅は、我に嫁ぎたいと言ってくれておって、待ってくれると言うてはくれる。だが、父王がどういうのか…。分かっているだけに、諦め切れぬで。今しか、会うことが叶わぬような気がして。」

涼は、じっと真剣な表情で涼弥を見つめると、言った。

「…上から二番目の皇女ですぞ。」涼弥は、ビクと体を震わせた。涼は続けた。「三番目の母上のことすら、こちらの宮には荷が重かった。しかも、政務の事など何も知らぬ皇女。迅が申すには、着物やその他の物はあって当然だと思うておる育ちのようです。宮の中は滞りなく回されるでしょうが、こちらの妃になるためには、財政や政務の事もある程度理解しておらねば、覚悟というものができぬのです。父上、麗羅殿にこちらへ参った後の生活のことを、お話されましたか。麗羅殿には、15人の侍女がついておるそうですぞ。着物も同じ物を着る事は稀な生まれ。それが、こちらの宮にできますのか。できぬとして、それでも良いと麗羅殿は言うておるのですか。良いのだとして、果たしてそれがどういう事なのか、きちんと理解されておるのですか?」

涼弥は、唇を噛んだ。

確かに涼が言う通り、麗羅は何も知らない。

何も知らずに今与えられた場所や物が当然として生きている。

拒絶されるのが怖くて言えずにいたが、確かに蝶よ花よと育てられた上位の宮の皇女が、財政困窮というのがどういう事なのか、分かっているとは思えなかった。

…それでも、たった一つの真実の想いだと思うのに。

涼弥は、息子にそんなことを指摘される自分が不甲斐なかった。

これまで、宮のためと己を殺して生きて来たのではなかったか。

ならば、たった一つだけでも、欲しいものを手にしてもバチは当たらないのではないのか。

だが、その道はどこまでも険しく、時間の制限まで伴ったものだった。

「…分かっておる。確かに麗羅は子供のような皇女だった。何も分かっておらぬだろう。確かに主の言う通り、あれを迎える未来は遠い。迎えられたとしても、育ちの違いからこんなはずではとなる可能性まである。だが、今はまだ諦められぬのだ。」

涼は、分かっていたのか頷いた。

「ならば励むしかありますまい。」涼弥が涼を見ると、涼は続けた。「安定するまで会えぬと申すのです。待てると申すのなら、待つでしょう。ですが、それができないのなら、その程度だったということ。今は他の事は考えず、とにかく宮の事に力を入れるのが遠回りのようで、一番の近道でありましょう。どちらにしろ、今のままでは無理です。百年後でも無理でしょう。ここは堪えて何としても早く宮を安定性させねば。幸い、数人が陸殿の宮から帰還して、他の職人を育て始めました。宮の先は明るいのですから、妃のことは、その先にあることですぞ。」

会うなと申すか。

涼弥は、苦しげに顔をしかめた。

だが、涼の言う通りなのだ。

今の幸せを追い求めるあまり、どちらも中途半端になって自立が成せなかったら、どちらも百年後には消えてなくなる未来しかない。

少しでも希望のある未来をと思うのなら、今こんなことをしておる暇はないのだ。

「…分かった。」涼弥は、頷いた。「明日、麗羅に会って話して参る。あれは、待つというた。それを信じて、宮を安定させるのを最優先にしよう。」

涼は頷いて、父の決断にホッとした。

否と言ったら、臣下と結託して王座に就かねばならないかとまで、思っていたのだ。

それをせずに済んだことに安堵しながら、涼は肩を落として奥へと帰って行く、父の背中を見送った。

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