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31.母達の様子

そうやって午前中みっちりと愛羅に絞られた涼夏は、ぐったりと自分の控えに戻った。

父は、思った通りまだ戻っていない。

なので、少し一人で休ませて欲しいとついて来ていた和泉に言って、迅と約束した通り、一人で窓辺でじっと立って待っていた。

すると、迅が窓の外に飛んで来て、中を覗いた。

涼夏は、急いで窓を開いた。

「迅殿。待っておったわ。それで、お母様はどんなご様子ですの?」

迅は、頷いた。

「誰かに見咎められてはまずいので、言いたいことだけ言う。まず、我の母の佳織も、主の母の夏奈殿も、面倒な気を発して狂うたようになっておる。龍王達がそれを気取っておって、何とかしろと言っているらしいが、その宮の王達はどうにもできぬで、清殿は自分の結界で封じ、高峰殿は結界で封じてはおるが気が漏れるので、手を尽くしたという感じぞ。もしかしたら、万策尽きて主の父に引き取れと言って来る可能性がある。そうすれば、元へ戻るのではないかと短絡的に考えておるようだが…我には、それで元に戻るとは思えぬし、我の母とて同じぞ。愛羅殿が正妃としてこちらに居るのに、どう考えても悪化することがあるこそすれ、元に戻ることなどないだろう。主の母の方がより厄介な気を発しておるようで、もうすぐ霜月の会合があるので、そこで龍王や最上位の王達に糾弾されるのを恐れておるのだ。なので、何かあるやもしれぬぞ。主も、少し覚悟しておいた方が良い。」

涼夏は、まさかそこまで悪いとは思っていなかったし、それに龍王や最上位の王が何とかしろと言って来ているほどなのだから、確かに祖父も叔父も、焦ってこちらへ押し付けようと思うだろうと思った。

「…覚悟って…我が、お母様に会いに参っても無理そうな感じかしら。」

迅は、首を振った。

「やめておいた方が良い。悪くしたら飲まれるぞ。最上位の王でも面倒だと言うほどの気なのだ。非力な主など一溜まりもない。覚悟と申すのは、最悪命が無いやもしれぬからぞ。」

涼夏は、ショックを受けて両手で口を押えた。

命って…まさか、殺されるの?!

「そんな…!!ただ、離縁のショックで狂っているだけなのに?!」

迅は、顔をしかめた。

「ショック?主は人のような言葉使いをするな。まあそうだが、神世全体の事を考えたら、おかしなものは残しておけないのだ。分かっておろう?そういう世ぞ。」

言われてみたら、理不尽だと思うような理由で、あっさりと処刑されたりしていた。

王達にとっては今の平和を守ることが最重要で、個々人の事情など二の次なのだ。

分かっていたが、まさか母が世に警戒されるような状態にまでなってしまうなんて、里へと帰される時には考えもしなかった。

「そんな…我が、あんなことを申したせいで。」迅が、怪訝な顔をする。涼夏は続けた。「お祖父様がいらした時に。あまりにも理不尽にお父様に頭を下げねばお母様を連れ帰ると脅すように申すので、ならば我が嫁ぐので、と申し上げたの。そうしたら、お父様も決断されたようで、お母様を連れ帰れと仰った。それで、お母様は戻ることに…我のせいで、こんな。」

涼夏が、小刻みに震え始めると、迅はなだめるように言った。

「主のせいではない。そもそもが役に立っていなかった妃だと聞いておった。臣下の中では厄介者扱いであったそうな。父王の決断は、父王の責任ぞ。主が案じる事は無いのだ。とにかく、これだけ伝えたいからこちらへ来た。涼に話しておくが良い。我が独自に調べて参ったことであるので、まだ主の父も知らぬだろう。警戒しておった方が良いぞ。ゆめゆめ、厄介事を抱え込まぬように注意せよ。まずは、母の命よりも、己の命ぞ。母が戻れば、その気にやられて主とて危ういやもしれぬぞ。分かったの。」

涼夏は頷いたが、心ここにあらずだった。

母が、そんな事になっている。

もしかしたら、殺されてしまうかもしれない。

確かに、母らしいことは何もしていなかったかもしれないが、それでも母と思って生きて来たのが、今生での記憶なのだ。

迅が去って行くのを見ながら、涼夏はただ、そこで震えて立っていた。


涼弥は、もうこちらへ来たら常そうするように、麗羅が待つ花園の奥へと向かった。

麗羅は、涼夏がこちらへ訪ねると愛羅から聞いたら、必ずそこで、涼弥を待っていてくれた。

涼弥自身、まさか自分がこんな気持ちを持つようになるとは、思ってもいなかった。

麗羅は愛らしく淑やかで、それは素直な皇女だった。

全てが完璧で、時々密かに送られて来る文の文字は、見た事もないほど美しい文字だった。

何もかもが心の琴線に触れて、涼弥は戸惑っていた。

麗羅の姿を見ると、歓喜の感情が湧き上がって止めることができない。

宮で政務をしていても、麗羅と庭を歩いた記憶や、談笑したその内容などが思い出されて、心が浮き立つ心地がしていた。

だが、麗羅は上から二番目の宮の皇女だ。

陸が愛羅を娶ることができたのは、この宮が大変に裕福で、愛羅を何不自由なく世話することができる上、上から三番目に上がることが約束されていたからだった。

対して自分は、これから復興していく宮の王。

まだ、自立に向けて励んでいる最中であって、三番目に上がるだろうと言われていても、それはこの百年の、成果次第のことなのだ。

そう、百年。

百年経つと自分は500になり、麗羅は360になる。

そこまで待たせることもできないし、自分も待てそうにない。

そうなって来ると、一刻も早く宮を自立させ、財政を安定させて宮の地位を上げるしか、方法は無かった。

涼弥が考え込みながらも花のアーチがある場所へと到着すると、麗羅が花の影から出て来て、微笑んで頭を下げた。

「涼弥様。」

涼弥は、その姿に何もかもがどうでもよくなる、と微笑んで歩み寄ってその手を取った。

「麗羅。待たせたの、陸に挨拶に行っておったゆえ。」

麗羅は、首を振った。

「待っておる時も楽しいのですわ。最近ではお姉様が助けてくださるので、侍女達も我について参ると申さぬので、まかなくて良いので楽ですの。」

涼弥は、苦笑した。

「愛羅殿にも手を煩わせて申し訳ないと申しておいて欲しい。我は…宮に居っても、主に会いとうなってしもうての。」

麗羅は、嬉しそうに頬を赤らめて、頷いた。

「我とてそうですの。いつも、涼弥様のお話ばかりだとお姉様にも呆れられてしまいまする。」

涼弥は、麗羅の肩を抱いて歩き出しながら、それでも暗い顔をした。

すると、麗羅がそれを気取って心配そうにその顔を覗き込んだ。

「…何かおありになりましたか?」

涼弥は、見上げる麗羅の桜色の瞳を見つめると、その両手を握り締めて、言った。

「麗羅、我はの、話した通り今、宮を自立させようとしておる最中。三番目の宮へと上げてもらえる予定ではあるが、それでもそれは百年後と言われておる。普通、自立ができていない宮が復興するにはかなりの時間が掛かって、百年でも短いぐらいなのだ。最初は、百年後を目指せば良いと思うておった。だが…今は、一刻も早くと思うておるのだ。」

麗羅は、じっと涼弥を見上げてそれを聞いている。

涼弥は、その素直な瞳に、思わず麗羅を抱きしめた。

「…主を、もらい受けたいと思うておるから。百年も経ってしもうては、我は500になってしまうし、主も360になるだろう。そこまで待ってくれとは言えぬし、主を娶りたいと言う王がぽつぽつ出て参っているとも聞いている。旭殿が、それを受けてしまうのではないかと、案じられてならぬのだ。だが、焦ってもなかなかに進まずで…何も約束してやれぬのよ。」

麗羅は、涼弥の胸に顔を埋めて、首を振った。

「我は、どこにも嫁いだり致しませぬ。お姉様も、こちらで待って居れば良いと言うてくださっておるのです。陸様だって、いくらでも居れば良いと仰ってくださるし、我はいつまでも涼弥様を待ちますわ。いつもそのように我を気遣ってくださるけれど、涼弥様が良いようにしてくださって良いのです。信じて、百年でも待ちますから。」

涼弥は、麗羅の頬に触れた。

「我が待てぬのよ。」と、その目を見つめて、絞り出すように言った。「このような心地は、初めてであるから…陸が言うように、我は誰かを想うという事を、初めて知ったのだ。これ以上、待ちたくないのよ。」

麗羅は、それこそ耳まで赤くして、涼弥を見つめ返した。

「涼弥様…。」

二人は、花の影で口づけ合った。

涼弥は、どうあっても宮を早急に自立させると心に決めていた。

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