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3.婚姻とは

歴史の流れと、現在の時間軸を知った涼夏は、しばらくショックでお茶も喉を通らなかったが、その後父王と兄が帰って来て、涼夏がそんな様子だと知って、慌てて部屋へと訪ねて来てくれた。

そして、気にせず毎日精進すれば、龍の宮へも行けるようになるから、と元気づけてくれて、涼夏は二人が、自分を思ってくれているのだと胸がジーンとした。

あの時は、咲耶が言っていた通り、龍の宮へと行く前で、ピリピリしていて、ついキツく当たってしまったのだろう。

それでも、自分があんな行動をしなければ、お互いに嫌な思いはせずに済んだわけで、涼夏はこれからは気を付けよう、と思った。


父が言うには、次の七夕までにしっかり行儀見習いをすれば、連れて行ってやっても良いとのこと。

ちなみに、今は皐月、五月なので、二月後だ。

七夕ならと言うのは、恐らく七夕には多くの神達がやって来て、個人的に龍王と面識があるわけでもなく、面会する必要もないので、その他大勢に紛れることができるので、少々の事は目をつぶってもらえると分かって居るからだろうと思われた。

龍の宮の臣下軍神達も、そんな細かいところまで見ていちいち王に報告するわけではないので、なので自分の力を試したければ、七夕が一番良い機会だと言えた。

現に、涼夏が一番仲良くしている、隣りの宮の聡子(さとこ)は、去年連れて行ってもらったと聞いている。

聡子は、同い年だがとても勤勉で賢い皇女だと有名なので、父王も大丈夫だろうと連れて行ったのだろう。

なので涼夏もやればできるはずなのだが、これが結構難しい。

生まれた頃から身に付けている礼儀だけではなく、龍の宮では格別にいろいろなしきたりがあって、それをきっちり覚えてからでなければ、敷居をまたぐことが許されないのだ。

龍の宮の中の、龍王が取り決めた法を犯せば、生きて戻ることができないからだった。


できたら、二か月後の七夕に行きたい。

涼夏は、そう思った。

二か月あれば、多分大丈夫。

咲耶にそう言うと、咲耶は顔色を変えた。

「…では、急がねばなりませぬわ。龍の宮は、涼夏様が思っておられるほど小さな宮ではございませぬ。大変に大きくて、一つの街ではないかと言うほどで、初めて訪れた神は、外宮だけでも必ず迷うのだと聞いております。かくいう我も、王妃様について上がった事がございますが、それはきらびやかな宮でそれだけで面食らってしまい、調度に見とれておったらもう、道を間違えるほどの場所で。回廊だけでも幅広く、同じ回廊で行き合っていても全く気付かないほどですの。それほどに神が多く、そして広いのですわ。そして、皆がとても洗練されているので、おかしな動きをしようものなら目立ってすぐに咎められてしまうのです。王妃様にも、大変にお気をお遣いになって、控えの間に到着されてすぐにお倒れになられたほどですの。」

そんなにか。

涼夏は、想像もつかない場所に、実感が湧かなかった。

ここも、小さな宮だと知ってはいるが、それでも前世の記憶からしたら相当に広いのだ。

大きな博物館ぐらいはあった。

なのに、龍の宮は街ほどなのだと。

「お母様に、ご指南頂いた方がいいのかしら。」

涼夏がふと思い付いて言うと、咲耶は何度も頷いた。

「はい!もちろん王妃様なら、序列上から三番目の大きな宮からいらした完璧な貴婦人であられるので、間違いはないかと思いますわ。」

涼夏は、頷いた。

「では、お母様に先触れをお願い。」

咲耶は頭を下げた。

「はい。御前失礼致します。」

先触れとは、今から行きますよーっという知らせだ。

例え家族でも、余程急いでいない限りは、必ずこれを送らねばならない決まりがあった。

記憶が戻る前は当然の事だと思っていたが、こうして記憶が戻るとなんて面倒なんだろうと思ってしまう。

涼夏は、母から返事が来るのを待ちながら、ため息をついていた。


神世は協力関係で成り立っている。

基本、大きな宮は小さな宮を助ける義務を負うのだが、何も無しに支援していると皆、我も我もとなるので、小さな宮は皆、皇女を上位の宮の、王族に嫁がせて支援を受ける。

主に、生活物資などの調達だった。

しかし、その皇女が亡くなったり離縁したりすると、その支援は途絶える。

なので常に、王族の女神達をどこかの宮に嫁がせる必要があった。

もちろん、涼夏もその予定だった。


だが、父の涼弥には姉妹が居らず、嫁いでいた大叔母が亡くなった後は支援が一時途絶えて、もうこの宮も存続は危ういかとなった時があった。

そんな時に、宴に出ていた父を、上位の宮の皇女だった母の夏奈(なつな)が見初めて、その父王である高峰(たかみね)から婚姻の打診があった。

もちろん、宮では降って湧いた良縁に諸手を上げて喜び、そんなわけで高峰からの逆支援で、この宮は立て直された。

夏奈は皇子涼と皇女涼夏を産み、これで宮は安泰だと皆安堵している状態だった。

父は母をそれは大切にした。

もちろん支援のためでもあったかもしれないが、上位の宮で厳しく躾られた淑やかで美しい上に、出過ぎたことの無い母を、父は本気で愛しているようだった。

母は元より父を愛してここへ来たので、他に側室も迎える余裕もない宮であるし、二人で仲睦まじく、それは幸福そうだった。

母は、常にここへ来られて幸福だと言っていた。

上位の宮で多くの妃達の間に立ち混じり、牽制するなど自分には無理だったし、何より父を愛しているからと。

涼夏は、いつもそんな母が羨ましかった。

自分には、そんな縁が許されそうにないからだった。

恐らく、どこかの上位の宮の王に嫁ぐ事を決められ、その王の何番目かの妃として生きる未来しか見えずにいた。

そんなものだと思っていたのだが、前世の記憶を戻した今は、それがとても不幸なように思えた。

だが、自分に良くしてくれる臣下達や、兄のことを考えると、それは絶対に必要なことだった。

特に思う相手も居ない今、嫁げと言われたら、行くしかないのだろうな、と涼夏はため息をついていた。


すると、咲耶が戻ってきて頭を下げた。

「涼夏様。王妃様がお会いになるとの事です。」

今は、とにかく龍の宮へ行かないと。

涼夏は、頷いて立ち上がった。

そして、咲耶について母の部屋へと向かった。


母の夏奈は、涼夏から見て完璧な貴婦人だった。

目に見えて他とは全く違う仕草、淑やかな様は、上位の宮の教育というのは、どんなものなのだろうと思わせる。

涼夏も、実は育って来てから祖父の高峰から派遣されて来た教育係の女神について、行儀見習いをしたものだったが、父が着けてくれていた侍女とは全く違う厳しい様に、ついて行けずに呆れられて早々に祖父の宮へと帰ってしまった。

それというのも、祖父にどうあっても皇女様はこちらのお話を聞いてくれませぬ、とその女神が訴えたせいで、確かに涼夏はあまりに厳し過ぎて反発して、授業の時間になったらわざと庭へと逃げてしまっていたからで、もうそれに関しては、皆が匙を投げてしまっていた。

兄の涼は、時々祖父の宮へと上がっては礼儀だけでなく政務や立ち合いなど、しっかり学んでいるようだったが、そんなわけで涼夏は、そこそこはできるものの、全く上位の宮へと上がれるような状態ではなかったのだ。

今になって焦っても仕方がないのだが、どうして自分はしっかりあの時学んでおかなかったのかと、過去の自分を張り倒したい心地になっていた。

母の部屋の前まで来て、涼夏は緊張した。

母には、失礼があってはならない。

涼夏は、頭を下げて侍女達が扉を開くのを待った。

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