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29.上位の王妃

涼夏は、父と兄と別れてから愛羅について、奥宮近くになる応接間へと案内されていた。

そこで、愛羅にまずは、やはり茶を飲むことから教わった。

それは宮でも褒められるし、我ながらきちんとできるようになったと思っていた事だったので、涼夏は背筋は愚か、手首の返しさえも気を付けて、愛羅の前で茶を飲んでいた。

すると、愛羅が言った。

「…素晴らしいですわ。」でしょう、と涼夏が内心ほくそ笑んでいると、愛羅は続けた。「ですけれど、まだ。涼夏様は、ご自分のお気持ちを落ち着ける方法を身に付けていらっしゃいますか?」

祖母には、教わらなかったことだ。

知らなかった事に、涼夏は言った。

「気持ちを、ですか?」

お茶を飲むのと、何の関係があるのかしら。

涼夏が思っていると、愛羅は苦笑した。

「上位の宮の王達と茶を飲む機会などはありませぬが、しかしながら王妃様とはそういう機会がございます。その折、我らが言われたのは、仕草も動きも当然の事として、まずはその気が、茶会に相応しくゆるゆると心地良い様であるのか、ということでしたの。」

え、気まで制御するの?!

涼夏は、びっくりして目を丸くした。愛羅は、フフと笑った。

「まあ、驚かれたら、素直にお顔に。」涼夏は、しまった、と慌てて真顔になった。愛羅は言った。「我は、母にそれは厳しく教わりましたの。動きは幼い頃に何とか出来るようになりましたけれど、どうしても気がだけが。やっとできるようになったのは、200を越えた頃でした。母には遅いと叱られましたけれど…。」

気など、気持ち次第ですぐに変わる。

それを、緊張を強いられる茶会の席で安定させて穏やかにするなんて、どれほどの努力が必要だろうか。

成人したって、涼夏にはできる気がしなかった。

「…どうやって、それを成せるのか不思議なほどですわ。茶会の席は、気楽なものばかりではありませぬし…それを落ち着いて、おっとりとした気にするなど、我にはとても。」

愛羅は、頷いた。

「とても難しいですものね。ですが、我がやっておるのは、己がとても心地よかった状態を思い出しますの。例えば、湯殿に居る時であるとか、部屋で寝台に横になってふわふわとした布団にくるまれておる様とか、そういった事を。そうして、その場に己が居るのだと茶会の席を遠く感じて、おっとりと座っておるのです。そうするとね、気が自然と母が言うておったような、ゆるゆるとした心地良い様になるのですわ。己が心地よい様でないと、そういった気は出ませぬものね。それができるようになってからは、少し思い浮かべるだけでその状態になれるようになりました。なので、我はいつでもおっとりしておるように見えると、言うて戴けるのよ。」

涼夏は、更に上の品というものがあるのだと、それで知った。

つまりは、緊張したようなピリピリとした気を発しながら、美しい所作をしていても、それは最高の状態ではないということだ。

最高の状態を保てる、愛羅のような皇女を見慣れた上位の王や王妃が、今の涼夏を見たらまだまだだと思うということなのだ。

奥が深い…。

涼夏は、己が最高だと慢心していた自分が恥ずかしかった。

仕草だけでは、まだ完璧ではないのだ。

まだまだ先があるのかと思うと、気が遠くなりそうな思いだったが、こんな事でくじけていたら先へと進むことができない。

何しろ、茶を飲むことが全ての原点のような感じで、まずはそれを完璧にと言われるのに、まだできていないのだ。

何とかしてそれをクリアしない事には、自分は立ち止まることになってしまう。

小説でも、維心達上位の王達は、美しいのは見慣れているので、それよりは気が心地よい女神を選ぶのだと書いてあった。

維月は月になってから、その気自体が珍しく癒しの気なので、怒っていようとも気取られる事もなく、やって行けているのだと思われた。

その日は、そのまま愛羅と茶を飲みながら雑談をして、その際に気になったことを少しずつ指摘してもらって直しながら、午前中を過ごしたのだった。


やっとの事で愛羅との茶会が終わり、涼夏はこの宮の侍女達に案内されて、控えの間へと向かっていた。

兄も父も、用事がひとまず終わったら、必ずそこへ戻って来るはずだ。

だが、控えの間の居間へと入って行くと、そこには兄と迅が居るだけだった。

「あら。」涼夏は、迅に頭を下げた。「迅殿。お久しぶりでございます。」

迅は、頷いた。

「まあ公式でもないゆえ、先に声を掛けても良いが、主はあの新しい母上に学んで来たところではないのか?それで良いのか。」

相変わらず、嫌味なヤツね。

涼夏は内心舌打ちをしながら、頭を上げた。

「我の控えに戻って参ったのですもの。少しは気を休めたいものですわ。」と、兄を見た。「お兄様、お父様はまだお戻りではないのですか?」

職人と話しが弾んでいるのだろうか。

それより、技術を学ぶのに必死なのに、話したりしていたら邪魔になるんじゃないのかしら。

涼夏が思っていると、思っても見なかったのだが、兄が渋い顔をした。

何事かと、涼夏は顔色を変えた。

「何か、問題でも?」

迅が、横から答えた。

「…主らの父は、今庭で麗羅殿と歩いておる。」

「ええ?!」

庭で?!

「そ、それは、どうしてお父様が…その、陸様は?陸様も共ですか?」

涼が、首を振った。

「いや、陸殿は共ではなかった。我と迅は訓練場からの帰り道でお二人を見掛けて…どうやら、我らと別れて一時間もせぬ間にああして庭で歩いておったらしいが、もう昼も過ぎようと言うのに…未だに、庭に居るようぞ。」

どういうことだろう。

これが、別の神ならお互いに興味があって、お互いを知るために共に歩いている、と思うことだろう。

そして、二人きりともなると、それがそのまま娶る意思、嫁ぐ意思と言われても文句は言えない状況だ。

それが、男女の事に厳しい神世の常識だった。

誰か一人でも混じっていたらこの限りではないが、二人きりというのがまずいのだ。

「…でも、お父様はこちらの陸様と同い年であられるし。再婚なさることも、あり得るとは思いますけど…お母様が、まだ何やら大変なのだと聞いておるのに…。」

大丈夫なのだろうか。

気になったが、しかし今現在まで歩き回っているというのに、今更こんなことを言っても始まらなかった。

それにしても、一緒に居たはずの陸はどうしたのだろうか。

もしかして、二人に遠慮して場を外したとかなのだろうか。

よく分からなかったが、しかしこれを父に問い詰めるのは無粋というものだろう。

あちらから話してくれたらいいが、恐らくこんなことをわざわざ話したりしないだろうし、本当に娶るのならいざ知らず、父が戻って来ても、何か聞けるとは思えなかった。

「とにかくは、父上にも聞いてみるが。」迅が、言った。「まあ、父上に愛羅様…いや、母上が来たぐらいなのだから、涼弥殿にも同じような縁がないとは思えぬからの。主らの父は、それは美しい容姿ではないか。本来、父より涼弥殿の方が、そんな縁がありそうなものなのだから。主らも、再縁がそう遠くはないと覚悟はしておいた方が良い。涼弥殿は、他の宮の皇女にも人気が高い王なのだ。なのに下位で敷居が低いので、誰もが狙っておるのだぞ。麗羅殿でなくても、こんな話はこれから多かろうから。落ち着いて、受け入れるが良い。」

そう言われても、なかなか受け入れられなかった。

だが、確かに父はあれほどに顔立ちに恵まれているのだから、無いはずはないのだ。

涼夏は、それに思い当たらなかったのに驚いた。

自分の顔も大概美しいと思って鏡を見たが、そもそもがその顔は、父にもらったものなのだ。

その顔だけで、学ばなくても大抵の事は許してもらえた過去があるのだから、父だって母が居なくなった今、あちこちから縁談があってもおかしくはない。

なので、渋々頷いて、迅が出て行くのを見送ったのだった。

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