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28.遭遇

涼弥は、陸に誘われて庭を歩きながら、そちらから作業場へと向かった。

陸に預けている職人達は、こうして時々に顔を見せて発破を掛けたり、労う事で更に宮のためにと精進してくれるのだ。

なので、涼夏が行きたいと言わなくても、涼弥は定期的にこの宮へと足を向けていた。

ゆったりと歩きながら、涼弥は言った。

「主が幸福そうで良かったことよ。上位の宮から皇女が来ると聞いて、どれほどに気を遣うものかと我は主に同情したものだったが、あれほどにできた皇女だったとは。誠に良い縁であったのだな。」

陸は、頷いた。

「最初に見た時は、我で誠に良いのかと何度も思うたものだったが、愛羅は大変にできた妃で。こんな我にも王と仕えて、何事も控えめでありながら、宮の中はしっかりと引き締めて回してくれておる。この縁を言い出してくださった、炎嘉殿には感謝しかない。」

涼弥は、苦笑した。

「羨ましい限りよ。」と、寂し気な顔をした。「我は…ただ気を遣うばかりで己の誠の気持ちなど、言えぬ環境で居ったゆえ。」

陸は、それを聞いてハッとした。

涼弥は、宮のためにと高峰からの申し出を受けるしかなかった。

まだ婚姻など考えてもいなかった200歳を少しいったぐらいの歳で、その時は陸も涼弥に同情したものだった。

上位の王達とは違い、たくさんの妃を娶ることなど財政的にできない下位の宮では、娶ったらそれが唯一の妃となるので、本来慎重に決めたいと考えるので、そんなに早くに婚姻などしない。

それなのに、涼弥は夏奈にどこかから見初められたばかりに、それを受けるしかなかった。

なので、誰かを想うなどという事を、知らずに生きて来ていたのだ。

比較的婚姻に自由であった陸でさえ、特に娶りたいとか思う事も無く生きていたが、そんな時に困っている友を見過ごすことができなくて、友の妹を娶っていた。

だが、本当は真に愛して娶りたいと思った女神を、迎えたいとずっと思っていたのだ。

もう諦めて生きていて、振って湧いたように上位からの降嫁の話が来て、それにもあまり期待はしていなかった。

どうせ、また気を遣って宮のために世話をするよりないと思っていたのだ。

それが、愛羅は毎日がまるで夢のように見えるほど、それは慕わしい女だった。

こんな感情があるのを知らなかった自分を、不幸であったのだと思ったほどだ。

涼弥は、まだそんな不幸の中で居るのだ。

陸は、同じようにこの友の涼弥にも幸福になって欲しいと心底思って、その肩に手を置いた。

「主だって、きっと現れる。我もこの歳でと諦めていたのに今は信じられぬほど幸福ぞ。我が手助けしておるではないか。宮が自立したら必ずそんな縁がある。希望を捨てるでないぞ。」

涼弥は、美しい者を見慣れている上位の皇女ですら見初められるほど、美しい顔立ちなのだ。

涼弥は苦笑して、陸を見た。

「大丈夫よ。今は宮のことで手一杯ぞ。」

陸は複雑だったが、確かにその通りなので、一刻も早く何とかできるように、自分ももっと手を貸してやろうと思いながら、庭を遠回りして作業場へと足を進めていた。


回り込んで来て、そろそろまた宮が近くになって来た頃、涼弥はふと、脇の花園の方に気配を感じて、そちらを見た。

そこは、陸が新しく、愛羅のためにと作った花園らしく、多くの花々がこの季節であるのにそれは多く咲き誇っていた。

その只中に、白く輝くような、何かの姿が垣間見えた。

なんだろう。

涼弥が、花の影に目を凝らしていると、陸が言った。

「ああ、麗羅ぞ。」

麗羅とは誰ぞと涼弥が怪訝な顔をすると、陸はつづけた。

「愛羅の妹なのだ。あれがたった一人では心細かろうと思うて、婚姻の時について参ったのに残る事を許しておって。あれも今ではこの宮に慣れて、ああして庭を歩いておったりするのよ。」

では、あの白いのは髪か。

そう思っていると、目の前の背の高い花の脇から、すっとその影が進み出て来た。

こちらもびっくりしたが、あちらもびっくりしたようで、急いでベールの中で頭を下げた。

「ああ、良いのだ麗羅よ。」

麗羅は、頭を下げたまま言った。

「気付きませず、申し訳ありませぬわ、陸様。お姉様はいらっしゃらないのでしょうか。」

陸は、答えた。

「愛羅は涼弥の宮の涼夏の指南だとか言うて、部屋に居るのではないかの。主は行かぬのか?」

麗羅は、顔を上げて扇で口元を押さえた。

「まあ!もうそのようなお時間でしたか。あまりにも美しいので、花に見とれておって…大変ですわ。」

陸は、苦笑して首を振った。

「良い、あれが居ったら充分であるからの。それより、紹介しようぞ。」と、涼弥を見た。「涼弥、我の友ぞ。宮を立て直しておる最中であるが、独り身の気安さで度々こちらへ参るのだ。涼弥、愛羅の妹の、麗羅ぞ。」

涼弥は、声が出なかった。

愛羅も美しいと思ったものだが、しかしあちらは何やら現実味が無いような感じがしていたのだ。

だが、麗羅は歳が若いせいか、どこかまだ幼い感じも抜けておらず、それでいて美しく、それは輝いて見えた。

…輝いておるのは、髪ばかりではなかったのか。

涼弥は、思って麗羅を見つめていた。

麗羅も、陸に言われて初めて顔を上げて涼弥を見たが、涼弥と目が合った途端、びっくりしたような顔をして、真っ赤になってまた俯いてしまった。

そして、慌てて言った。

「涼弥様。このような(なり)で…お恥ずかしい限りでありまする。麗羅でございます。」

このような形と言っているが、しっかりと着物を着つけて居るし、おかしな所などどこにも無かった。

「我を相手にそのように畏まることなどないのだ。」涼弥は、やっと言った。「我こそ主のように美しい女神の前で、着物も揃わず恥ずかしく思うものよ。」

陸は、クックと笑った。

「主が?着物など要らぬわ、主は何を着ておっても誰より美しい顔立ちのくせに。涼夏が瞳の色から形から、そっくりで美しいではないか。下位の皇子達の間では、噂になっておるそうな。」

涼弥は、知らなかったので驚いた顔をした。

「涼夏が?誠に?あれには困った事が多くて、まともになって来たのは最近のことぞ。それに、我は主らが申すほど美しい容姿ではないわ。」

だが、陸はまだ赤い顔で下を向いている、麗羅を見て苦笑した。

「主は己を知らぬからなあ。ま、良いわ。麗羅、いつまで下を向いておるのだ。そうよな…涼弥。」涼弥が不思議そうに陸を見ると、陸は続けた。「職人の事は我が見て来るゆえ、申し訳ないがしばらく麗羅を頼んでも良いか。実は、愛羅が気になっての。もう顔が見たいのよ。しばらくしたら、宮へ連れて戻ってくれてよいから。」

麗羅が、びっくりしたように顔を上げる。

涼弥も、慌てて言った。

「そのような。未婚の皇女を我が連れ回して良いのか?」

陸は、もう歩き出しながら言った。

「良い良い、我の宮の中であるのに。誰も咎めぬわ。では、頼んだぞ。」

陸は、そう言うとさっさと宮の方へと速足で歩いて行った。

…そんなに妃に会いたいか。

涼弥は思ったが、困ったものだと麗羅を見ると、麗羅は意を決したように顔を上げた。

「あの…涼弥様さえ、ご迷惑でないのなら、その、花園の奥に美しいアーチがある場所がありますの。陸様がお姉様のためにお作りになった花のアーチで、とても美しいのですわ。そちらへお連れ戴けませぬか。」

涼弥は、噂されても文句も言えぬのに良いのか、と驚いたが、上位の皇女が頼むのに、断ることなど出来ない。

それに、麗羅の姿を側で見ているだけでも、何やら癒されるような心地がした。

なので、頷いて、麗羅の手を取ると、言った。

「では、お連れしよう。」

麗羅の手からは、それは澄んだ美しい気が流れ込んで来る。

姿ばかりか、気まで美しいとは。

涼弥はそう思いながら、二人で花園の奥へと向けて、足を進めて行った。

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