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24.王妃

そうして、夏奈は高峰の輿に乗り、宮を飛び立って行った。

見送りに出たのは、朱理達臣下だけで、涼弥も涼も涼夏もそこには行かなかった。

兄は見送りぐらいは行くのかと思ったが、どうやら涼夏がここへ返された時の扱いを知って、高峰にも輪にも会いたくなかったらしい。

確かに、涼夏も輪の顔など見たくなかったので、見送りには行かなかった。

夏奈はずっと泣いていたらしいが、それも前世の記憶が仕方ない、と言って他人事のようだ。

涼夏はもう、神世がどんなものなのか知っている。

元々小説の中の事だけだと思っていた世界だったが、ここにはここの生き方がある。

役に立たない者は、我が儘を言う権利ももらえないのだ。

涼夏は、大きなため息をついた。


そこへ、和泉がやって来た。

「涼夏様、お茶でも?」

涼夏は、頷いた。

「そうね。お願い。」

和泉は頷いて、お茶を入れ始めた。

「…我も…あちらの宮から来たのではありませんから、こちらに残れましたけれど、王妃様の侍女はほとんどがあちらから来ておりましたので。共に帰ってしまって。」

そうか、と涼夏は和泉を見た。

「そうだったわね。三条は?」

和泉は、首を振った。

「三条も帰りました。ここに残りたいと申し出たようですが、残る選択が許されたのは真木様だけでしたから。結局皆、戻ってしまいました。でもあちらなら、あれらの高い報酬も支払う義務がないので、少し楽になると朱理様がおっしゃっておりましたし、良かったのかもしれませぬ。」

高い報酬?

知らなかったので、涼夏は身を乗り出した。

「侍女の報酬が違うの?同じお母様の侍女でも?」

和泉は、知らなかったのかとバツの悪そうな顔をしたが、頷いた。

「はい…あの、内緒にしてくださいませ。あの、あちらの宮の報酬は、こちらの宮より三倍以上高いのですわ。それを、夏奈様がいらしてからずっと宮が負担を。なので、支援をして頂いていても、それも含まれるのでそう多くが宮に回っておるのではなかったようです。途中、連れて参られた侍女が亡くなったりで、我が補充され、同じお仕事でも我はこの宮の侍女であるので…。」

少なかったのね。

涼夏は、なぜそこに気付かなかったのだろう、と思った。

考えたら、上位、最上位では侍女の報酬は段違いなのだ。

何しろ、下位の宮では皇女を最上位の宮の侍女に出して、そこで行儀見習いをさせながら報酬を得て、それで宮を回せているぐらいだ。

毎回少し足りない、という宮であるなら、充分に皇女が侍女として出るだけで回せるほどの、報酬があるわけだ。

嫁ぐとなると、もっと多くの支援が得られるのだろう。

だから、手っ取り早く誰か娶って欲しい、となるわけだ。

つまりは、母の10人の侍女達を養った上の支援だったので、宮は回っていたが宮の者達から見たら、無駄な出費に見えていたのだろう。

朱理が、あっさり帰そうと言ったのも、長年のそういった事も絡んでの事だったのかもしれない。

その物資があれば、職人を何人も育てられるからだ。

涼夏は、下位の宮の内情まで小説には書いていなかった、と額に手を置いた。

最上位の中の最上位である、龍の宮とそれに支えられた月の宮がメインのお話だったので、何かが足りないとか、着物が無いとかそんな事は全くなかった。

むしろ、維月が要らないと言っていても、維心が勝手に新しい着物を大量に作るような場面が何度も出て来ていたのだ。

それが、この神世で特殊な環境なのは、涼夏にはもう分かっていた。

あの規模の宮と、この宮が同じはずなどないのだ。

そして、稀少な月である維月と、下位の宮の皇女である自分も同じではない。

涼夏は、自分の身分に合った方法で、父と兄を助けたい、と思っていた。

「…では、少し宮は楽になるわね。」

涼夏が言うと、和泉は頷いた。

「はい。我には詳しいことは分かりませぬが、朱理様の仰りようでは恐らくそうではと。」

涼夏は、頷いた。

「…でも、王妃が居なくなったから我が何とかするわ。朱理に話して奥の事を教えてもらわないと。」

和泉は、少し困ったように微笑んだ。

「いえ…特に、何もなさる必要はないかと。それは、王は助かられるかもしれませんけれど…。」

涼夏は、え、と和泉を見た。

まさか、母は普通の妃ならやる最低限のことすら、もしかしてしていなかったの?

「待って。お母様は何をしておられたの?」

そういえば、いつ部屋に訪ねてもそこに居た。

真木が居ないことは時々あったが、母だけは茶を飲んだりしながら、連れて来た侍女と庭を見ながら笑っていた。

もしかして…。

和泉は、頷いた。

「はい…特に何もなさっておられませんでした。どうしても必要な事は、真木様が引き受けていらっしゃったので。考えてみてくださいませ。どうして、三番目の宮からこちらへ娶って欲しいと頼んで参るのですか?普通、父王が決めた縁で同等か格上へと娶られるもので、いくら見染めたからと、あの頃は下位の中で序列126位であったこちらに、王からわざわざ頼んで来るものでしょうか。当初、涼弥様もそれを考えてお断りになろうかと思っていらしたのですが、思った以上に宮が立ち行かぬので、受けることにされたのだと聞いておりまする。臣下の間では、有名な話で。」

涼夏は、呆気にとられた。

小説では、宮を回す能力も書の美しさも、礼儀などは当然として、他の能力を見て、上位の宮などは妃を決めるのだと言っていた。

それが出来ない皇女だった母は、もしかして他に嫁ぐめどが立たずに、偶然見染めて嫁ぎたいと言い出した宮があったので、それならと熨斗をつけて送り出したということなのでは。

そう思うと、祖父の高峰がとても狡猾に見えた。

涼夏が知らなかっただけで、宮の中ではとっくに母は、厄介者と思われていたのだ。

何もしないのに、出費だけが嵩む王妃だからだ。

つくづく、涼夏はもっと学んでおかなければ、と思った。

とにかくは、自分の価値をどんどん上げて行って、後に困らないように、父と兄を助けられるように、しっかり考えて行かなければならない。

「…我は、学んでおくわ。どこへ嫁がねばならなくなるか分からないし、そうなった時に困らないようにしないと。どこへ行っても、そこで役に立つと思われたいもの。」

和泉は、頷いた。

「そうですわ。」と、言ってから、ふと何かを思い出したように続けた。「…そういえば、陸様の宮に新しい妃が入られたとか。上から二番目の旭様の宮の愛羅様と。始めから正妃ということですわ。」

それはそうだろう。

ならば、元から居る佳織という妃はどうしているんだろうか。

迅は、どう思っているんだろう。

迅は、と考えた自分に、涼夏はハッとした。

いやいや、あの男は自分を見下すような態度だし、龍の宮でだって結構ぞんざいに扱われたような気がする。

そんな迅が、何を思っていても気にする必要などないはずだ。

和泉は、涼夏がそんなことを考えているとは知らずに、続けた。

「佳織様は清様の宮からお入りになったし、陸様は清様に時々支援を送ったりしておられるし、今もこちらの職人と同じように、あちらの職人も受け入れておられるので、何も言えぬと思いますわ。それに、聞いたお話ですと、愛羅様はそれは愛らしく美しいかたのようで…夢のような女神なのですって。白い髪に、紫色の瞳のかただとか。」

へえ、と涼夏は興味を持った。

神世でも、紫の瞳は珍しい。

「お会いしてみたいものね。また、お父様が連れて参ってくださるかもしれないし。愛羅様なら、いろいろご存知であられるでしょうし、我も教師になってもらえたらいいのに。」

それには、和泉も何度も頷いた。

「そうですわ!今はお忙しいからそれどころではないかもしれませぬが、一度王に頼んでみられたら良いのですわ。」

涼夏は、愛羅に一度必ず会って、上位の宮の知識をもらわなければと、決意を新たにしていた。

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