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22.軋轢

父の居場所は、謁見の間だった。

狭い宮の中、涼夏ぐらいの気の大きさでも、簡単に居場所を探って気を放つことができる。

いつもなら、居間などに通して気軽に対応するはずなのに、謁見の間で会うということに、和泉が聞いて来たことが間違いではないということが透けて見えた。

涼夏がズンズンと歩いて行くと、謁見の間の裏の壇上へと抜ける仕切り布の所で、兄に会った。

「涼夏。」

兄が涼夏を振り返った。

涼夏は、小声で言った。

「お兄様。何やら、お祖父様がお怒りなようだと今、侍女が知らせて参ったので急いで参りました。」

兄は、ため息をついて頷いた。

「そうなのだ。先触れが大層お怒りのようだったので、父もこちらへ通すように臣下に申したようで。今、父上と朱理がお祖父様と挨拶を交わしたところぞ。」

涼夏は、そっと布の脇から見た。

確かに、祖父の高峰は未だかつてないほど怒ったような顔をしている。

「分かっておるな?書面で知らせた通りぞ。主、夏奈を何だと思うておるのだ。具合が悪いと申しておるのに、宴の席に出ておったとか。侍女も居らぬのに、放置して己は酒を飲んでおったのか。」

もしかして、母が祖父に文でも書いたの?

涼夏は、呆れた。

あれからもう数週間になるのだ。

だが、拗ねている母に、父は宮の中が忙しい時なので、いつものように機嫌を取りに行かずに、放置していたのは知っていた。

だが、特に今は具合も悪くない母なのに、そんな事を今頃蒸し返して祖父に告げ口したのだろう。

父は、答えた。

「それは、高峰殿も知っておる通り、我ら微妙な立場であるので。情報交換のためにも、どうして出席しなければならない席でしたゆえ。涼夏が残ってくれて、見てくれておったのです。それに、具合が悪いと申して龍の宮の中で長く歩いて疲れただけでありました。途中から我が運んだぐらいで。」

高峰は、それでも顔を赤くして言った。

「治癒の神に見せたわけでもないのに、それが疲れだけでなかったら何とした。夏奈をそんな風に扱うために、ここへ嫁がせたのではないぞ!いっそのこと、このまま迎え取ろうと思うておるほどよ。」

それは、つまりもっと機嫌を取れ、そうでなければ支援を打ち切るぞと脅しているのだ。

涼夏は、我慢がならずに足を踏み出した。

だが、兄がそれを腕を掴んで止めた。

「ならぬ。父上がお決めになることぞ。我らが口出しすることはできぬ。」

「でも…!」

父の気持ちを聞いて知っているのに、いくら何でも酷過ぎる。

涼夏が涙を浮かべると、兄は険しい顔でじっと王座の父の横顔を見ていた。

兄だって、きっと腸が煮えくり返る気分なのだろう。

「…いつも、こうして父は言う事を聞いて来たのだ。宮のためにの。我は、子供の頃からお傍に上がって政務を見ておったから知っておる。」

そうなのか。

兄は、同じ文言を何度も聞いているのだ。

その度に、父は宮のためにと我慢して言う事を聞いていたのだろう。

じっと見つめていると、父は諦めたようにフウとため息をついた。

恐らく、頭を下げるつもりだ。

涼夏は、拳を握り締めた。

どうして、宮に財力が無いだけでこんなに言われなければならないの。

涼夏は、歯がゆかった。もし自分が高い序列の王に嫁げば、宮の財政が何とかなるまでとりあえず支援が来るから、何とかなるのではないだろうか。

そう、今ならきっと、娶ってくれる宮もあるはず。

完璧に演じ切る自信があった。

なので、涼夏は兄の手を振り払って、檀上へと飛び出した。

慌てて止めようとする兄まで、釣られて檀上へと出てしまった。

祖父の高峰は、涼夏に視線を向ける。

涼夏は、わざと完璧な所作で頭を下げた。

そして、そのまま祖父が何か言うのを待った。

祖父は、さすがにイライラした口調で言った。

「なんぞ、涼夏?今は忙しいのだ、下がらぬか。」

しかし、涼夏は顔を上げて、わざと完璧な動きで落ち着いて言った。

「…お祖父様には、いらっしゃっておると聞いておるのにご挨拶もなく失礼を致しました。」

父は、困ったように言った。

「涼夏、良いから。主は下がっておれ。」

涼夏は、父にも頭を下げた。

「お父様。実は、申し上げていない事がありまして。我は、ある宮の王から、宮へ参らぬかと仰って頂きましたの。でも…まだ成人しておらぬ身であるので、それはまたとお断りを。でも…宮が本当に困っておるのでしたら、この限りではありませぬわね。我よりもっと幼い頃に、宮へと入る皇女も居るのだと聞いておりますし。豊かな宮の王であられたので、我も安心して参れるというもの。どうか、お話を進めてもらえませぬか。」

それには、涼も涼弥も、高峰も朱理も仰天した顔をした。

つまり、涼夏は自分が嫁ぐから、もう良いと父に言っているのだ。

豊かな宮の王だからとは、支援ができるという意味で、祖父からの支援など要らないと、暗に言っているのだ。

朱理が、目を丸くしていたが、スッと真顔になると、涼弥の方へと膝を向けた。

「王。もう、高峰様もこのように申されておって、どうやらお怒りが解けないご様子。こう度々逆鱗に触れるようでは、我らも心苦しい次第です。ここは、高峰様が仰る通りに、夏奈様を諦められてはいかがでしょうか。」

高峰が、驚いた顔をする。

父は悩んでいるようだったが、涼夏と涼に一つ、頷き掛けると、玉座から立ち上がった。

「…あい分かった。では、夏奈には里へ帰る準備をさせよう。連れ帰られるが良い。このように些細な事で政務の時間も取られるのは、今の我が宮にとって死活問題ぞ。こうなったからには、我らが妃の里を怒らせたのが発端であるし、しようがない。長らく世話になったと伝えておきましょうぞ。」

高峰は、これまで何度も同じ場面で涼弥に謝らせて来たのに、こんなことになって狼狽えたような顔をした。

「待て、こちらは謝ってくれさえしたら良いのだ!落ち着かぬか。」

涼弥は、チラを振り返って言った。

「…我は悪うないと思うておりまする。宮の危機に、主ならば妃の事を考えておられるか?なぜに謝らねばならぬのか?それができぬから、これまでとお答えし申した。では、出発口でお待ちを。侍女達に準備をさせてそちらへ連れて行かせます。」

父は、そのまま謁見の間を後にした。

涼夏は、その後について兄と共に歩きながら、茫然と立ち尽くしている、祖父の姿を見た。

きっと、これが最後になるのだろうと思いながら。


奥へと向かう道すがら、涼夏は急に父に頭を下げた。

父は、驚いたように立ち止って言った。

「どうした?何も謝ることはあるまいが。」

涼夏は、首を振った。

「あの、あれは口から出まかせでありまする。嫁ぎ先は、後から探せば良いかと思うて。朱理に、早急に探してもらってくださいませ。この際、年寄りであろうと妃が多かろうと構いませぬので。」

そこで、贅沢して生きるから。

涼夏が言うと、朱理と父は顔を見合わせてから、苦笑した。

「…知っておった。」涼夏が驚いた顔をすると、父は涼夏の頭を撫でた。「そんなに急に、いくら少しは美しいからとこんな立て直し最中の宮の皇女を、拾おうという奇特な王など居らぬわ。主は、我を哀れと思うたのだろう。あの時、我は確かに頭を下げようとしておったからの。」

涼夏は、目を泳がせた。

「それは…。」

朱理も、微笑んで膝をついて涼夏を見上げた。

「ですが、涼夏様のお覚悟をあれで我は知りました。もうこれ以上、王も皇女も皇子も、我らのために苦しめてはと思うたのです。実は、陸様が余っているからと、結構頻繁に密かに物資を送ってくださいますし、宮の生産力も上がって来ております。職人達が、必死になっておるからです。これまでは、どこかからもらえると思っていた物が、もらえないとなると必死にもなろうもの。なので、更に王妃様に掛かっていた経費が節約されたら、もっと楽になるなと我も思うた次第です。涼夏様には、そのように思われることはないのですよ。」

朱理まで、そんな風に。

しかし、涼が言った。

「しかしながら、上から三番目の王との対立は、今の世の中では困った事になるやもしれませぬ。此度のことで相当に誇りを傷つけられたと思うのです。なので、少し警戒した方が良いやも。」

父がそれに頷くと、奥から派手に物が壊れる音がした。

「何を言うておるの?!我はここから出ませぬ!」

…母だ。

涼夏は、顔をしかめた。

父が、息をついて奥へと足を向けた。

「…それは後ぞ。とにかく、夏奈を送らねば。」

そうして、父、兄、涼夏、朱理の四人は急いで奥宮へと向かったのだった。

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