21.宮の改革
七夕祭りの夜は、そうやって過ぎて行った。
父は、夜半に戻って来て母の様子を聞いて来たが、母は拗ねていてどうにもならなかった。
仕方なく涼夏は、自分が母に苦言を挺したのでこうなっているだけで、父が悪いのではない、と居間で説明した。
自分が何を思ってそんなことを言ったのかも。
兄も共に戻っていたが、涼夏が何を言ったのか聞いて、顔をしかめていた。
恐らくは、兄も気付いていたのだ。
何しろ、結局は兄だって、自分の宮で教わるのではなく、わざわざ祖父の宮まで通って礼儀を習っていたのも、そのためだったのだろうと思われたからだ。
そして、涼夏の礼儀がなっていないと知った祖母が、わざわざこちらに教育係を送って来るのだから、母の手腕などとうに皆に知られていただろう。
母自身も、咲耶に涼夏の教育を丸投げしていたわけで、だから臣下の咲耶は厳しくできなかった。
普通なら、母が躾るものだろうに、それができなかったということなのだ。
父も薄々分かっていたらしく、ため息をついた。
「…まあ、あれは恐らく高峰殿の宮で甘やかされて育ったので、あんな小さな宮の王妃の立ち回りなど分からなかったのだろう。あればかりを責められぬのだ、我だって高峰殿への対面があって強く言えぬで来たしな。本来、王の我の侍女でも6人がやっと宮で、10人の侍女にかしづかれておるのも外聞が悪うてな。誰にも言えぬで来た。主がそれに気付いたのは驚いたが、主はやる気がなかっただけで、本来賢しい皇女であったのだな。」
父も複雑だったのだ。
知らなかったことに、涼夏は驚いた。
それでも母を、本当に愛しているように見えていたからだ。
「でも…お父様にはお母様を真実想うていらっしゃるのかと。」
父は、苦笑した。
「娘に言う事ではないが、そこまで分かっておるのなら敢えて申す。涼夏よ、我は王。宮を滞りなく回して問題なく維持するのが我の役目ぞ。臣下や民を守らねばならぬ。それが必要なら、いくらでも快い言葉を申すし、少々のことには目を瞑る。我の責任は我だけのことではなく、ここまで宮を守って参った歴代の王達の想いにもあるのだ。我自身の感情など、何ほどの事ではないのよ。」
そういえば、父は宴の席で母に見初められたのだという。
そして、困っていた宮に上位の宮から皇女を娶って欲しいと連絡が来たのなら、父はそれを受けるしかなかった。
それで、宮が残るからだ。
そして、それが滞る事がないように、相手の顔色を見て過ごすのも、父はやってのけたのだ。
回りからも、それが嘘では無いのだと見えるほどに。
涼夏の脳裏には、前世の炎嘉が20人以上の妃を持っていた事実が過った。
全ての妃に毎日日替りで通い、全てに愛されていると思わせていたのだという。
だが、実際炎嘉は、誰一人愛してはいなかった。
全ては相手の宮を支援するため、そして妃達の心を守るため。
そう思うと、王になどなるものではない、と上位の王達が言っていた、その言葉が身に染みた。
王は、ふんぞり返っているだけではないのだ。
散々小説の中で読んでいたはずなのに、今やっと理解した気持ちだった。
…王族に生まれたのだから、我も覚悟しなければならないのかしら。
涼夏は、思ってその日は母の横で眠りについたのだった。
次の日から、涼夏は侍女侍従達を集めて講習会を開いた。
父に言って母の乳母の真木を借りて、それを同席させて一からコツコツと、基本中の基本から教えて行く。
そして、それがどうして必要なのかも丁寧に説明した。
祖母に言われた通り、最後には己を守る盾になるのだと口を酸っぱくして皆に説明して行った。
その上で、三人一組にして、お互いを見張るシステムを作った。
そうすることで客観的にどう見えているのかハッキリして、行いを正しやすいと思ったからだ。
そして、何か粗相をしたら減点し、最終的にポイントが低い者には罰として、宮の外での労働が課せられることになった。
そんなわけで、皆最初はピリピリしていたが、段々におかしな行動がなくなって来ているように見えた。
元より、母からもらった侍女である、現在は自分の侍女である和泉と三条は、真木の教育がしっかりしているので、全く問題ないわけで、彼女たちは普通に仕事をしていた。
どうやら、彼女たちにとっては過ごしやすくなっているようで、涼夏は日々絶賛されているほどだった。
「誠に、皆が皆行儀よくしておるので、我らも変に肩身が狭い思いをせずで済んでおりますわ。」涼夏が、茶を飲みながら顔を上げると、和泉は微笑んで続けた。「何しろ、これまでは気取っておるように陰口を叩かれてしもうて、とても居心地が悪い思いをしておりました。でも、我らがあれらと同じようにしたら、真木様にそれは厳しく叱られてしまうし。困っておったのです。」
間に挟まれてたのね。
涼夏は、それはそれで気の毒だった。
普通に仕えていても疲れるのに、そんな事にも気を遣わねばならないとは、不憫に思えたのだ。
「そうなのね。これまで気付いてあげられなくて、申し訳ないわ。」
だが、三条が声を小さくすると、言った。
「…いえ、我らは訴えておったのです。真木様にも、王妃様にも。他の王妃様の侍女達もですわ。でも、何も。今になって報われた心地です。」
母は知っていたのだ。
それでも、多分自分には関係ないと忘れてしまっていたのだろう。
涼夏は、ため息をついた。
ここは、母の代わりにしっかりしないと、父があまりにも可哀そうだ。
あの夜に父の本音を聞いた時には、父がそんなに宮のために頑張っていたなんて、思いもしなかったからだ。
兄の涼も、そこまでとは思っていなかったようで、あの後暗い顔をしていた。
もしかしたら、自分もそんな縁で妃を娶らねばならず、こんな財政なので他に妃を娶るわけにもいかなくて、終生誰も愛さずに生きる事になるのではと、未来を慮ったように見えた。
涼夏は、このままでは本当に宮が乱れてしまうかも、と思い、自分は自分にできることを、頑張ろうと決意していた。
すると、茶器を片付けに行ったはずの、和泉がその汚れた茶器を持ったまま、急いで戻って来た。
「え?どうしたの、洗い場で何かあった?」
和泉は、ブンブンと首を振った。
「違うのですわ。高峰様が。高峰様がお越しになったらしいのですの。」
え、と涼夏は驚いて思わず立ち上がった。
お祖父様が…?いったい、どうして今?
「どうして…?別に何もないはずでしょう?」
七夕も終わったし、父も文月(七月)の会合で、しっかり宮の立て直しの策を提示できたと喜んでいたので、落ち着いたはずだ。
ここは、陸の宮から助けられ、普段は高峰の宮から支援を受けて、その間に職人を育てて早ければ五十年以内には大丈夫そうだと書にして提出したのだ。
それを、炎嘉も評価して認めてくれたらしい。
なのに、どうして今、宮へ来たのだろう。
和泉は、言った。
「その、今行き会った侍女が慌てた様子で申すには、何やら怒っておられるようなご様子なのだとか。なので、慌てて引き返して参りましたの。急いで涼夏様にお知らせせねばと思いまして。」
怒ってるの?
涼夏は、ますます分からなかった。
そもそも、どうして祖父が怒るようなことがあるのだ。
別に、これまでと変わらず迷惑を掛けたりはしていないのだ。
「…お父様のところへ、行って参るわ。」
和泉は、頷いた。
三条が、頭を下げた。
「では、我がお供を。あなたは、茶器を片付けて参って。」
和泉はまた頷いて、涼夏と三条を見送ってくれた。
涼夏は、また何かおかしなことが起こっているのではと、急いで父の気配を探って宮の中を歩いて行った。




