20.主人公達と友の神々
ああ、炎嘉だわ!
涼夏は、思った。
想像していた通り、炎嘉は金髪に見える茶髪、薄っすらと赤い瞳で、それは華やかなイケメンだった。
維心の美しさを見たら、他の神など全てそれ以下なのだと分かるのだが、炎嘉はまた違うタイプの美しさを持ち、維心と並んで競い合っているようだった。
炎嘉は、クックと笑って言った。
「何ぞ維心、まだ出て来たばかりであろう。もう引っ込みたいか?」
涼夏は、やめて、連れて行かないで、まだ他にも居るんでしょう、せめて蒼だけは見てみたい、と思っていると、維心が低く、深い良い声で言った。
「煩い。まあ、本日は維月が居るから良いわ。主も座れ、我に付き合ってもバチは当たるまいが。」
炎嘉は、笑って維月の方へと歩いた。
「だったら我も維月の隣りが良いのう。本日も美しいことよ。」
維心は、途端にブスッとした顔になった。
「こら。我の横へ来い。維月はならぬ。」
ああ、同じ。
炎嘉は維月を想っているので、ああしてちょっかいを出すのだ。
それでも、維心に言われてその隣りへと座ると、維心と話し始めた。
「まあ…誠に美しいわ。絵のようですわね。」
聡子が、ため息をつく。
涼夏は、声も出せずに頷いていた。
この世に、こんなに美しいものがあるなんて。
というか、美し過ぎて同じ神だとは思えないから、実感が湧かない。
どうも、テレビでも見ている気持ちになるのだ。
すると、また侍従の声が告げた。
「月の宮蒼様、鷲の宮焔様、鷹の宮箔炎様、ご到着です。」
ええ、まとめて出て来たら誰が誰なのか分からないかも。
涼夏は、嬉しいやら困るやらで、賓客が入って来る扉を見た。
すると、くすんだような暗めの茶髪に薄っすら赤い目の男と、金髪に金色の瞳の男、そして、黒髪に鳶色の瞳の男が入って来た。
…ああ、分かる。維月と同じなのが蒼、やたら金色なのが箔炎で、残りが焔だ!
涼夏は、じーっと三人を観察した。
確かに、箔炎も焔も美しい。
だが、蒼が思っていた以上に凛々しくて綺麗な顔立ちなのに驚いた。
しかも、月の気のせいで、おっとり優し気に見える。
実際、蒼は神世の中ではかなり優しい神だが、気と動きからそれがにじみ出ていた。
炎嘉が、檀上で言った。
「なんぞ、蒼。主も此度は来たか。」
蒼は、苦笑した。
「焔がこの前、会合の報告に来てくれた時に、正月の話をしておったので、その事で皆様と話そうと思って。」
箔炎が、顔をしかめた。
「ああ、それなあ。主の宮ばかりに負担させるのも悪いし、皆で持ち回るかとか言うておったのだがの。ただ、何をして遊ぶのかと言われたら、主の宮ほどいろいろ変わったものはないなと。」
焔が、頷いた。
「そうそう。それだけで、別に絶対主の宮で遊びたいなどと言っておるのではないぞ?ただ、面白かったなというただけぞ。」
炎嘉がクックと笑った。
「まあ良いわ。裏で話そうぞ。して、志心は居ったか?あやつにしては遅いの。」
焔が、首を振った。
「いいや、見ておらぬな。珍しいの、遅れておるなぞ。」
箔炎が、意地悪く言った。
「主なら分かるがの。志心がなあ。」
焔は、頬を膨らませた。
「うるさいぞ。我は少し自由なだけなのだ!」
維心が、立ち上がった。
「では、奥へ参ろう。翠明もまだだが、来たら我の居間に来いと申せ。」脇の臣下が、頭を下げる。維心は、炎嘉を見た。「行くぞ炎嘉。」
炎嘉が、驚いた顔をした。
「誠にもう?そうか、半時も座っておられぬのだの。仕方のない、参るか。」と、焔、箔炎、蒼を見た。「主らも。奥へ参ろうぞ。」
全員が、檀上へと階段を上がって奥の扉へと向かって行く。
維心は、よろよろしている維月を扉の前で抱き上げて、そうして回廊の向こうへと消えて行った。
…顔見世って一瞬なのね。
涼夏は、ぼーっとそれを見送って、思っていた。
これは、ここで最初から待っていないことには、出て来たと聞いて部屋からこちらへ急いでも、見ることなどできないはずだ。
聡子は、満足したようにため息をついた。
「誠に…本日は、お見上げできてよろしかったこと。まるで別の世界を見るようでしたわ。皆様、何と美しい方々でいらっしゃるか。最上位の方々が、あのように揃っていらっしゃる場を見られるなんて。幸運でしたわね。」
涼夏は、登場人物たちが実写で、目の前に居たんだと興奮して来て頷いた。
「誠に!ああ、本当に見たのですね。まだ信じられない心地ですわ。」
本当に、あれらが主人公なのだ。
蒼は、一番最初は高校生の平凡な男子だったのに、今はああして美男子で、月の宮の王として君臨して、最上位の王達と対等に話している。
なんだか、感無量でもう、今日はやることを終えた気持ちになっていた。
皆が立ち上がってぞろぞろと出て行くので、涼夏も後が詰まると慌てて立ち上がった。
隣りの玉水が、言った。
「あの、我らはもう帰るのですが、そちらの宮に文など遣わせてもよろしいですか?こちらの友など初めてで、仲良くして頂きたいのです。」
涼夏は、たくさん話してすっかり気を許していたので、二つ返事で頷いた。
「まあ、いくらでも。良かったら、小さな宮ですけど遊びにいらしてくださいませ。聡子殿の宮も近いですし、皆でお会いできますわ。」
真希が、嬉しそうにした。
「まあ、旅行などしたこともありませぬ。さっそく父にもお話しなければ。」
涼夏は友達ができたと満足げに微笑んでいると、迅が上から言った。
「主ら、このまま控えへ帰るか?宴は?」
聡子が、頷いた。
「一応、最初だけ出る予定ですわ。まだ成人しておらぬので、長くは出られませぬの。」
迅は、頷いた。
「ならば部屋まで送ろうぞ。神が多いゆえ、主らだけでは危ない。」
え、と涼夏は顔を上げた。
「でも、迅殿はどこかへ行きたいのではありませぬか?お兄様は訓練場の見学に行くと言うておったし、迅殿も行きたいのでは。」
皇子達は、今頃訓練場の前の大きなガラスの前で、見学しているはずだった。
だが、迅はなぜかここに居て、龍王の顔を見ていたらしい。
考えたら、迅だって龍の宮へ上がったのは初めてのことらしいし、見ておきたいと思ったのかもしれない。
兄の涼は、何度も父について来ているので、見ているのだろう。
迅は、答えた。
「主らを送ってからでもあちらは間に合う。とにかく、祭りの時は皆が羽目を外しやすいのだ。龍の軍神達が見張っておるが、略奪婚は合法であるため、娶るためだと言われたら文句も言えぬのだぞ。そんな変な輩に嫁ぎとうないだろうが。さ、早う参れ。我だって時が惜しい。」
言われて、涼夏と聡子は顔を見合わせて、足を速めた。
元々健脚の聡子と、走り回って鍛えた涼夏なので、難なく迅に追いついて行き、人混みから脱出することができた。
そうしてそのまま、迅について二人は控えの間へと戻って行ったのだった。
控えの間では、まだ母は奥で寝ていた。
どうやらまだ疲れが取れないようで、顔見世にも行ける状態ではなく、父が龍王が出て来たようだと戻った時にも、やめておくと言ったらしい。
父は、ため息をついた。
「…案じられるが此度は皆残ると言うし。我も宴に出ぬわけには行かぬのだ。どうしたものか。」
涼夏は、宴も気になったが侍女を連れて来ていない以上、具合の悪い母を一人置いておくこともできない。
どうせ、宴の席と言っても涼夏は成人していないので、すぐに戻らねばならないし、奥の仕切り布の間に押し込められるのは分かっていた。
なので、言った。
「では、我がこちらに残りますわ。お父様には、どうぞ宴のお席にいらしてくださいませ。」
父は、ホッとした顔をした。
「誠か。すまぬな涼夏、来年も必ず連れて参るゆえ。頼んだぞ。」
残れと命じたら良いのに、父は涼夏が自分で言い出すのを待ってくれていた。
そういう父なので、涼夏は微笑んで頷いた。
「はい。お心おきなくお出ましください。」
しかし、母は言った。
「え、王はお出ましになるのですか。」
父は、困ったように頷いた。
「本日は、どうあっても行かねばならぬのよ。宴の席だが、次の会合の流れを探るためにも皆の話を聞いて来なければ。」
駄々っ子のようだ、と、涼夏は言った。
「お母様、お父様はお仕事なのですわ。お母様がお加減がお悪いのですから、お父様を困らせてはなりませぬ。」
母は、不満なようだがそれで黙った。
父は、涼夏の頭を撫でた。
「主は誠に大人になったの。聞き分けの良いのに助かるものよ。では、行って参る。」
涼夏は、頭を下げた。
「はい。行っていらっしゃいませ。」
父は、満足げに出て行った。
母は、言った。
「…これまで、我が具合が悪い時は必ずお側に居てくださいましたのに。あなたがあのように申すから。」
涼夏は、ため息をついて言った。
「お母様、今は状況が違うのですわ。あちこち婚姻だの改革だのと、下位の宮は今混乱しておるのですから。お母様もそのように駄々をこねておっては、お父様に叱られてしまいますわ。我らの宮も…礼儀はまだ完璧とまでは行かぬという評価だったと、お兄様からお聞きしました。お母様がいらしているのにと、臣下も不安に思うたようです。お母様も、お父様の愛情に胡座をかいておってはならぬのでは?」
言われて、母はショックを受けた顔をした。
というのも、涼夏は宮へ帰ったこの数週間、宮の様子を気を入れて眺めたのだ。
小説の知識があるので、何がどう動いているのか、何となく理解できる。
見ていると、母は何もしていなかった。
母が来たから礼儀云々の話があったが、確かに母は淑やかで礼儀に通じている。
だが、実際に侍女達や臣下達にそういったことを教えていたのは、母について来ていた、乳母の真木だった。
真木は、齢600と少しの古参の侍女だが、さすがにあの厳しい祖母が娘につけた乳母だけあって、とても礼儀に通じた美しい所作の女神だった。
その真木が、宮へ来てからの200年の間に、やりたい放題だった宮の皆の教育を、一手に引き受けてやっていたのだ。
表向きは母の指示とされていたが、母が指示している様子はない。
今も、それは変わらなかった。
つまり、母が宮に貢献したというのは表向き、実際は真木をここへ連れてきた以上の貢献は、母はしていなかった。
結局、生粋のお嬢様だったのだと涼夏は気付いていたのだ。
つまり、どこか統制が取れていない臣下の様子も、所詮真木は臣下の一人なので、目が届かない所ではそこまで強制力はないから。
母が表立ってやらなければ、臣下の真木には限界があるからなのだ。
「あなたにそのように言われるいわれはありませぬ!」
母は、言って布団に潜り込んでしまった。
涼夏は、だったら父のためにも自分がやらなけば、と、半分呆れて、半分これまでの自分を後悔して思っていた。
もっと早くにやっていれば、こんなことにはならなかったのだから。




