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2.今はいつ

涼夏が必死に出発口へと到着すると、もう出発しようと輿へと足を掛けていた、父王が驚いたように振り返った。

涼夏は、ハアハアと息を上げながら、そんな父王を見て、息を詰めた。

父王は、淡い茶髪に自分と同じ澄んだ青い瞳の、驚くほどのイケメンだったのだ。

その父と一緒に出発しようとしていた、兄の(りょう)は慌てて言った。

「こら!どうしたのだ、涼夏、そのようにはしたない様で!」

そう言う兄の方も、父と同じ茶髪に緑の瞳の、これまたそれは美しい顔だった。

思わず、叱られているのも忘れてその顔に見とれてしまった涼夏は、追いついて来た咲耶が後ろから、頭を下げて言うのにハッと我に返った。

「申し訳ありませぬ、涼夏様には、まだお目覚めになったばかりで。分かっておられないのですわ。」

まだ夢の中とでも言いたいのだろう。

涼が、ブスッとして言った。

「…それにしても、もう成人も近いのにそのような様で。ならぬぞ、涼夏。」

涼夏は、涼の言葉にムッとしたが、しかし確かにやり過ぎた。

父王の涼弥が、ため息をついて言った。

「本日は挨拶は良いと申したよの。父はこれから龍の宮へ参らねばならぬのだ。我らの格では夜明けにはあちらに着かねば上位の王をお待たせすることになってしまう。話があるなら帰ってから聞くゆえ、今は部屋へ戻らぬか。」

涼夏は、言った。

「ですがお父様、お兄様はお連れになるのに、我はお連れになってくださらぬのですか。我も龍の宮を見てみたいのです。」

すると、涼が呆れたように言った。

「何を言うておるのだ。主のような礼儀も弁えぬ様で、あの宮から生きて帰って来れると思うのか。我でも成人してやっと参ったのだぞ。それでもどれほどに気を遣ったことか。」

涼夏は、確かに龍の宮は礼儀に厳しく、下手な事をしたらあっさりと投獄されたり、斬り捨てられたりするのだと聞いている。

そうだった、と、それを忘れていた自分に、心の中で舌打ちをした。

涼弥が、言った。

「…まあ、いつかは上がっても良い宮ではあるが、しかし今はならぬ。礼儀をしっかりと習い、そのように駆け出すなどということが無くなった時、七夕ぐらいなら連れて参っても良い。それまで、よう精進するのだ。今の状態では、主の振る舞い次第では我が宮自体が無くなることまであり得るような大きな事なのだぞ。そこのところ、よう教わって来るが良い。」

それを聞いて、咲耶が赤い顔をして深々と頭を下げた。

どうやら、咲耶は侍女だけでなく礼儀やその他教育も担っているので、恥ずかしい気持ちで居るらしい。

咲耶は、毎日いろいろ教えようとしてくれていたのだが、この宮で居る限りはそれほど必要もないと思って、気を入れて勉強して来なかったのだ。

黙り込んだ涼夏に、父王は、兄と共に輿へと乗り込んで、そうして明けて来る空を、龍の宮へと飛び立って行ったのだった。


父と兄に叱られ、咲耶も一緒に叱られてしまったのも自分のせいだと、さすがに落ち込んだ涼夏は、トボトボと自分の部屋へと帰って来た。

涼夏としての自分は、目が覚めるほどではなくとも、意識すればそれなりに淑やかに振る舞うことができたはずだった。

それなのに、前世の記憶が戻ってしまったばかりに焦ってしまい、せっかく上手く行っていた、兄にもあんな目で見られてしまい、父王も呆れたような顔をしていた。

今は、記憶が戻ったばかりで奈津美の記憶が強い。

女神として生きていた、自分の品位を損なうようなことをしてしまったことに、涼夏は落ち込んでしまっていた。

咲耶が、しょんぼりと窓辺で座っている涼夏に寄って来て、言った。

「涼夏様、そのように。本日は、恐らく起き抜けですっきりしない状態でしたので、あのようにお振る舞いでしたのでしょう。常は大変に淑やかにしておられるのですから。そのようにお気を落とされずに。」

涼夏は、咲耶を見た。

自分のせいで咲耶も叱られたのに、それでもこうして自分を気遣ってくれるのだ。

涼夏は、言った。

「ごめんなさい、咲耶。もっとしっかり学ぶわ。今朝は寝ぼけてしまっていて…恥ずかしいわ。」

咲耶は、微笑んだ。

「大丈夫ですわ。王も涼様もきっと分かっておられますから。本日は、ご出発の前で気が立っていらしたから…何しろ、龍の宮へ参られるのですから、お気持ちも張り詰めていらっしゃったでしょうし。」

涼夏は、頷いた。

この世界で、龍の宮は神世の中心だ。

その宮で君臨する龍王維心が、歴代最強と言われている王だった。

その維心は、転生前は五代龍王、転生後は七代龍王として君臨しているはずだった。

今の龍王は、果たしてどっちだろうか。

涼夏は、言った。

「ねえ咲耶、歴史の教科書を持って来てくれないかしら。」

咲耶は、驚いた顔をしたが、嬉しそうに微笑むと、頷いた。

「はい!すぐにお持ち致します。」

そうして、サッとその場を離れて行った。

恐らく、やっと勉強する気持ちになってくれたと思っているのだろうと思われた。

涼夏は、じっと奈津美としての記憶を探った。

あまりにも長い時間、続いていた物語なので、全てを覚えているわけではない。

だが、何かが起こった時の事は、何となく覚えている。

だから、歴史の教科書を読めば、思い出すはずだった。


すぐに戻って来た咲耶に渡された教科書は、本当に初心者が学ぶための物で、涼夏が全く歴史を学んでいない事実をそれで知った。

そういえば、涼夏は歴史の授業だけは、面倒がって受けようとしなかった。

それも自分なのだが、そのせいで知識がなくて、今からこうして学ばねばならない事になっているのだ。

過去の自分が、本当に恨めしかった。

「こちらを読まれて、ご興味がおありになる項目がありましたら仰ってくださいね。ご質問も、いつなりお受けいたしますから。最近に改定された所は、我が書き足しておきましたので。」

涼夏は、頷いた。

「分かったわ。これから読むので、一人にしてくれるかしら。」

咲耶は、満足げに頷いた。

「分かりました。後程お茶だけお淹れ致しますね。」

涼夏は頷いて、早速その教科書を開いた。


どうやら、これは大まかな太古からの流れを書いてあるだけの物のようだ。

専門的な事より、こちらの方が今は有難かった。

そもそも、神世は最初混沌としていたのだが、初代龍王が現れて宮を作り、一族を束ねて王として立ったのが、全ての始まりだと言われていた。

他、それを倣ってそれぞれが王を立て、あちこちに宮が建ち、それぞれの王が己の一族を束ねて他の種族と領地争いなどを繰り返し、吸収して大きくなる宮や、滅ぼされて無くなる宮など激しく変動した。

その中で、龍、鳥が強い力を持って、二大勢力として君臨していた。

その他に白虎、獅子、鷹、鷲など力がある神々がそれをけん制し、己が天下を作ろうと戦を繰り返していた。

力のある神は、他にも多く居た。

それらが引っ切り無しに他の宮を取り込んで、それら強い宮を相手取って戦を起こして来るのに業を煮やした五代龍王であった維心が、鳥王炎嘉と共に大規模な粛清を行ない、逆らう者達は宮ごと全て滅ぼし、白虎もそれに従って世を平定し、戦国時代を終わらせた。

それでも、世は龍王につく者、鳥王につく者と二分されていたが、この二つの宮が動かない限り、表立って争う事もなく、世は太平に落ち着いた。

そんな太平の世になった後のお話が、奈津美が読んでいた小説の内容だった。

歴史の本には、まだ先が書かれてあった。

月の宮が出現し、月が降りる宮として周知され、五代龍王が月の陰陽のうち、陰の月と婚姻して更に力をつけた。

しかし、奈津美の記憶がある涼夏は知っている。

維心は、力をつけようと思って陰の月の維月を娶ったのではない。

あっさりと婚姻したとだけ書いてあるが、ここに至るまでは陽の月の十六夜との間に、いろいろあったのだ。

何しろ維心は1700年以上生きた五代龍王時代、その生の最後の方でやっと誰かを愛する気持ちを知ったのだ。

それまでは、本当は殺戮などしたくなかったのに、心を殺して皆を虐殺し、世の平和を作ったために、心が凍り付いてしまい、誰も愛せなくなっていたのだ。

そんな維心がただ一人愛したのが、維月だった。

…どうせなら、転生より維月に憑依したかったな。

涼夏は、思ってため息をついた。

維心の顔は見たことが無いが、神世に類を見ないほど美しいと言われているのだ。

その上力もあって、自分だけをそれは愛してくれる、王。

しかも回りには、維月を愛するイケメンたちが、ひしめき合っている状態だ。

そんな神達に愛される、維月の事はとても羨ましかった。

…とはいえ、維月はいろんな災難に見舞われるんだけどね。

奈津美としての自分が、そう言った。

ヒロインとしての常だろうが、いろいろな者から命を狙われるし、あまりにもモテ過ぎるため、望まない男まで寄って来る。

そうなって来ると、やはり本人になったら面倒そうだった。

涼夏としては、やはり穏やかに愛しい人、いや神と暮らして生きたかった。


次のページをめくると、六代龍王将維の事が書かれていた。

大体が、神世の歴史の教科書には、龍の宮の歴代の王の治世と共に、年表のような形で記されていて、それを暦代わりにどこの宮でも龍の宮を軸に歴史を習う。

…将維が王座に就いてる…!

涼夏は、食い入るようにその年表を見つめた。

つまり、最初の段階は過ぎていて、五代龍王であった維心は、月の陰陽であった十六夜と維月と共に、黄泉へと向かった後の事、ということだ。

…じゃあ、今はいつ…?!

涼夏は、内容を細かく見ずに、サッサッとページをめくった。

すると、三百年も経たない間に、将維は王座を退いて、七代龍王維心が即位していた。

つまり、今は転生して来た、七代龍王の維心が龍王の治世なのだ。

「…ということは、もう維月と出会って結婚してるはず…。」

涼夏は、独りごとを言いながら、七代龍王になってからの歴史のダイジェストを読み進めた。

そして、最後の項目を見て、目を見開いた。

え…これってもしかして…。

『七代龍王は、臣下の仕え方についての改革を始め、既に七日一休暇制を導入している月の宮を倣い、月四休暇制を導入し、更に正月の龍の宮詣でを禁じて臣下の休暇とした。』

神世には、労働基準法がない。

なので、何か月も平気で連続勤務するのが普通なのだが、月の宮は人だった蒼が治めているので、人世の働き方によく似ていた。

そうすると、元々働き者の集まりだった神達は、モチベーションが上がってもっと効率的に働くようになった。

それを見た維心が、その方が効率がいいと知って、似た制度を始めたのが自分が最後に読んでいた小説の最新話。

そう、正に奈津美が車に跳ね飛ばされて手から飛んで行ったあのスマートフォンに表示されていたのは、そこだったのだ。

それが、今年の睦月、つまり一月だと注釈されてあるのだ。


ということは、今は私が読んでいない所ってこと…?!

涼夏は、もう未来が分かるものだと思っていたのに、全く分からない事に急に不安になった。

何しろ、この神世という場所はいろいろな事が起こるのだ。

平和に暮らしたいのに、このままではこんな小さな宮など、何かに巻き込まれて消滅する未来もあるのでは…!

涼夏は、愕然とその教科書を握り締めて、固まっていた。

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