19.遂に
佐那は、まだ幼いので側を離れるのはと母の那海に言われたらしく、結局涼夏は、聡子と二人で大会議場へと向かった。
龍王が出て来るのは、その大きな会合の間の、正面の檀上らしい。
そこは、丸く観客席のように段々に椅子が設置されていて、普段は七年に一度の大陸なども含む、大会合の時に下位の宮の王達が、ひしめき合って座る場所らしかった。
何とか近い席に座りたい、と、涼夏は聡子に言って、庭へは行かずに早々にそちらへ向かった。
そうして、コンサートホールのように大きな空間である大会議場へと足を踏み入れると、待っていた龍の臣下が言った。
「順番にご案内しております。このまま下へと降りて頂きまして、先に座っていらっしゃるかたの隣りに詰めてお座りください。王がお出ましになってご退場になるまで、席をお立ちになるのは許されませんが大丈夫ですか?」
涼夏は、頷いた。
「はい。元よりそのつもりで。」
その龍の臣下は、頷いた。
「では、お進みください。」
こんなに早く来たのに、もう前から二段目だ。
皆、それだけこの顔見世に掛けているのだろう。
聡子と二人で席へと座ると、聡子が隣りでそわそわしながら言った。
「去年は、終始お父様とご一緒で、龍王様のお顔を拝見することができなかったのですわ。お父様はお会いしたことがあるので、そんなにこの顔見世に拘っていらっしゃらなくて。退出されるまで、間に合わなかったのでお父様をお恨みしたものですの。なのに、今年はこんなに前に。」
涼夏は、フフと扇を上げて微笑んだ。
「誠に、嬉しいですわね。我も楽しみで、絶対にお見上げしたいとこれに賭けておりましたの。お母様はおつらいようですから、もしかしたら間に合わないのではないかと思っておったのですけれど、お父様が行って良いと仰ってくださったから。」
聡子は、ハアアと自分を落ち着かせるように息を吐く。
「ああ、本当に。炎嘉様は、宮へいらっしゃったことがあるのでお見上げしたことがありますが、それは美しいかたで。畏れ多いことですが、少し父に感じが似ていらっしゃるなと思いました。」
炎嘉に会ったことがあるの?
涼夏は、食い気味に聡子を見た。
「ええ?!炎嘉様をご覧になったの?!」
聡子は、驚いたようだったが、頷いた。
「はい。最近では時々お見掛けするのですわ。父に用がおありだと言って、我にも気さくにお声を掛けてくださいますの。」
炎嘉も見れるかもしれないんだ。
というか、最上位の王達は皆、維心が引っ込まない限りここへ直接挨拶に来るはずだ。
だが、大抵は維心が辛抱堪らず、来た友の王と一緒に奥へと引っ込んで行ってしまうので、その後の王達は皆、居間の方へと話しに行く事になる、という事を、小説で知っていた。
…今日はできるだけ、踏ん張ってくれないかなあ。
涼夏は、思っていた。
すると、聡子とは反対の隣りの、皇女が話し掛けて来た。
「もし。我は西の島の公明様傘下、甲斐の宮の第三皇女、玉水と申します。こちらは隣りの宮の津木様の第一皇女、真希殿。顔見世は初めてでいらっしゃいますか?」
涼夏は、驚いて玉水という皇女を見た。
ということは、格から言ったら同じぐらいだ。
涼夏は、頷きながら答えた。
「はい、我は涼弥の宮の第一皇女、涼夏でございます。こちらは塔矢様の宮の第一皇女、聡子殿。そちらは?」
玉水は、フフと微笑んだ。
「はい、我も。とても楽しみで、昨夜は眠れなかったぐらいですの。姉の玉貴は樹伊様に嫁いでおるので龍王様をお見上げする機会も多いようですが、我は…宮を出るのも、此度が初めてで。」
玉貴の妹か。
涼夏は、思ってマジマジと見た。
樹伊は、上から二番目の序列の王なので、結構な序列を飛び越えて嫁いでいるのだ。
樹伊が気に入って、無理に娶ったがいろいろ礼儀とかを教えねばならないので、最初は宴などにも同行していなかった。
と、書いてあった。
「まあ…そうですの。お互いに楽しみですわね。それにしても、龍王様にはどれぐらいでお出ましになるのかしら。」
玉水が、隣りの真希を見る。真希は、答えた。
「どうでしょうか。普段は夜明けから三時間ほどで出ていらっしゃると聞いておりますが、お時間が遅れることもあるとかで。なので、あと一時間ぐらいでしょうか。」
結構いい加減なのだ。
みんな待ってるのに。
読者目線で思わずそんな心地になってしまっているが、龍王に文句など言えるはずもない。
だが、涼夏は聡子と玉水、そして真希と楽しく話していて、そんな事も忘れてしまった。
そんなこんなで、振り返るとこの大きな円形の席には、満員になっていて最上段では立っている者達までいるほどになっていた。
ざわざわと皆の話し声がするが、まだ龍王が出て来る様子はない。
だが、ふと涼夏は感じた。
宮の奥深くに感じていた、信じられないほど大きな気配が、こちらへ向かって迫って来ている。
この気配…もしかして…!!
涼夏は、息を飲んだ。
すると、回りでざわざわとしていた皆も、一斉にシンと静まり返った。
恐らく、皆が同じ気配を感じているのだろう。
…なんだろう…何も悪いことはしていないのに、怖い。物凄く、怖く感じる…!!
これが、維心の気。
涼夏は、侮っていた、と後悔した。
人の頃なら恐らくこんなに怖くは感じなかっただろうが、女神に転生してしまったのだから、幼い頃から気を感じて生きて来た。
父王の気を、大きいと思って育った。
それが、こんなあり得ないほどの気の圧力をダイレクトに感じると、勝手に体が震えて来るのだ。
自分などちっぽけで、押しつぶされてしまう、と感じる。
ガクガクと震えていると、後ろから何かががっしりと肩を掴んだのを感じた。
振り返ると、自分の二段上の段に、いつの間にか迅が居て、座っていた。
「しっかりしろ。龍王の気は、相手を殺すつもりだったらこんなものじゃない。押さえてもこれなのだ。落ち着け。」
聡子も、震えていたが隣りで頷く。
迅は、手を放して二段上へと座り直した。
…っていうか、いつの間に来てたの…?
涼夏は、まさか後ろで話を聞いてたのか、と面白くなかった。
だが、迅のお蔭で少し、落ち着いた。
何とか持ち直して顔を上げると、檀上に臣下が進み出て、声を張った。
「龍王維心様、王妃維月様、お越しでございます!」
維月も、来た…!
涼夏は、口の中がカラカラだった。
が、じっと目を凝らした。
すると、檀上の正面の扉が開かれて、そこから目が覚めるほどに美しい、黒髪に見た事もない深い青い瞳の龍と、その隣りに信じられないほど豪勢な着物を着た黒髪に鳶色の瞳の女神が、並んで歩いて来た。
あれが維心と、維月なんだわ…!!
涼夏は、思わず涙を流した。
思っていた以上に美しく凛々しい維心、そして、人だったからそうでもないと散々書いてあったのにも関わらず、美しい顔立ちの維月。
維月は、本当に癒しの気の持ち主だった。
今さっき、具合が悪くなった維心の気の圧力を、今まともに受けているのに、維月の癒しの気がそれを相殺するように、ゆるゆるとこちらへ流れて来てスッと楽になる。
小説に書いてあった通り、維心は維月ばかりを見ていて、他には目もくれないようだ。
そういえば、毎年維心が観客席を見たら、目が合ったと勘違いした女神達が卒倒するので、維心は観客席には視線を向けないのだ。
そんな、自分が文字で見ていただけの世界が、今目の前にある。
ああ、あれならきっと、少々撥ねっ返りでも許されるなあ。
涼夏は、思って維月を見ていた。
今の維月は完璧な仕草と動きだが、いつもはそうではないはず。
だから、自分もそれで大丈夫だと思っていたが、維月は自分などよりずっと美しく、珍しい気の持ち主だった。
一介の女神の自分が、維月と同じで良いはずはなかったのだ。
そんな気持ちで見ていると、向こう側の通路の方の扉が開いて、そこから誰か入って来た。
…え…?
また、大きな気。
だが、今度はこれみよがしに華やかで、こちらを威圧するような感じは全くなかった。
侍従の声が響く。
「鳥の宮、炎嘉様のお着きです!」
涼夏は、食い入るように炎嘉の顔を見つめた。




