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17.落ち着いて

明日は、七夕祭りだ。

父はひと月前とは比べ物にならないほど穏やかな顔をしていた。

なぜなら、陸が職人を養った上に育ててくれているので、こちらは実質高峰からの支援もあるし、以前と変わらぬ様子でやって行けていたからだ。

どうやら清の宮からも職人見習いを受け入れて、育ててやっているらしい。

陸は、思っていた以上に気の良い王のようだった。

「誠によろしかったこと。」新しく、母の所からもらった侍女の、和泉(いずみ)が言った。「陸様と長く友であられたから。これも王のご神徳ですわ。」

そうかしら。

涼夏は、思って聞いていた。

恐らく陸は、助けて欲しいと言われたら、誰にでも手を差し伸べるような王の気がした。

しかも、頭も良さそうだ。

吉賀はいろいろ教えてくれたようだったが、具体的にこちらがどうしたら良いのかまで、教えてはくれなかった。

というか、分からなかったのだろう。

宮によって特産品も違うし、何をメインに製造したら神世で価値を認められるかなど、わからないからだ。

だが、陸はここは石が良いから多めに石工を育てて、できた品を他の宮と等価交換したらいろいろ手に入ると教えてくれた。

確かにここは岩盤の上に建っているし、庭を少し行けばまた岩山が乱立していて木々より、岩が多い。

宮を建てるのは困らないが、なので他は何に使ったらという風で、貧しい土地だったのだ。

それが、今の所いろいろ使い道が出て来て、幸先がいい。

それも、陸のお蔭だった。

その陸の宮ではまた、品格がどうのと言われて上から二番目の宮の皇女を迎えるらしく、急ピッチで宮を増設していた。

その岩は、職人を受け入れる対価としてこちらから切り出したが、ここは岩しかないぐらいなので痛くも痒くもなかった。

…迅があの歳でいろいろ政務をしているのも、陸のように頭が良いからなのかもしれない。

涼夏は、そんな風に思っていた。

そして、和泉が淹れてくれたお茶を、おっとりと美しい所作で飲んでいると、和泉がため息をついて言った。

「誠に…美しいですわ。明日は、楽しみでございますね。ご努力なされた甲斐があったというもの。」

涼夏は、ドキとした。

そう、明日はあれほど渋っていた母が、これほどできるのにダメ出しされた娘を、少しでも元気付けようと、父に頼んで七夕祭りに連れて行ってくれることになっているのだ。

涼夏は、もはや上位の王や皇子の横暴さなどを目の当たりにした後だったので、本当はこんな状況の時に、龍の宮などに行くつもりはなかった。

だが、母が努力しても認められなかった子供の頃を思い出し、それを娘の涼夏に投影してどうにかして慰めてやろうと思っているらしく、そんな気持ちを無下には出来ず、結局行く事になってしまったのだ。

ちなみに、回りの宮からも、余裕がないなどと思われて、序列剥奪組に入れられてはと思うのか、皆こんな大変な時期にも関わらず、七夕祭りに出掛けるようだ。

こんな祭りでは参加するのに会費など発生しないし、逆に手土産を持たせて帰してくれるので、確かに行く方が得なのだが、如何せん龍の宮へ上がるためには、着物も公式の中での最高礼に当たるものを着て行かねばならず、それなりに費用がかさむ。

臣下達にも倹約を強いている今、実はとても無理をして行くことになってしまっていた。

ハアとため息をついていると、もう一人の侍女、三条が入って来た。

「涼夏様。王妃様から、明日の着物をお預かりして参りましたわ。本日は早くお休みなるようにとのことでございます。明日は、夜明け前にはこちらを出るので、その前にご準備しなければなりませぬものね。」

夜明けに起きるのも疲れるのに、出発するなんて。

涼夏は、途端に憂鬱になった。

また、安峰みたいな乱暴な神に会ったらどうしよう。

涼夏は、とにかく明日はおとなしくしてベールの中に籠っていよう、と、心に決めていたのだった。


次の日の夜明けより数時間前、涼夏は侍女達に起こされて寝ぼけ眼で準備された。

綺麗に化粧されて我ながら美しいわと思っていると、和泉が着物を持って来た。

よく見ると、それは母の着物を仕立て直した物で、母が輿入れの際に持って来た物の一枚だった。

…やっぱり、臣下の手前新調などできなかったんだ。

涼夏は、それを見てそう思った。

だが、それは歳月を経ても色褪せず、それは美しい空色の着物だった。

涼夏の瞳の色にとてもよく合っていて、それを纏うと別神のようにそれは品良く見えた。

「終わりましてございます。誠に美しくあられて…王も王妃様もお喜びになりますでしょう。」

三条はそう言うが、母にその余裕があるだろうか。

何しろ、龍の宮なのだ。

一度上がった時に、具合が悪くなったと聞いているのに、大丈夫なのだろうか。

かくいう自分も、回りに気圧されて楽しむどころではないかも知れない。

涼夏は、一抹の不安を覚えながら、緊張気味に出発口へと向かった。

途中、兄の涼に行き合った。

兄もそれは美しい様だったが、それが成人の式の時に誂えた着物なのは、見て分かった。

兄は、涼夏に手を差し出した。

「涼夏、共に参ろう。本日は軍神も中に入れぬので、我らだけになるぞ。結界外まで送ってくれるゆえ、そこから飛ばねばならぬのよ。」

涼夏は、兄の手を取りながら驚いた顔をした。

「え、到着口まで行けぬのですか?」

涼は、歩きながら頷く。

「七夕は多くの神が来るゆえ、いくら龍の宮でも入宮制限しておってな。我らの序列では、中に入れるのは四人まで。なので父上と母上に主に我で、軍神は入れぬのだ。」

そんなに来るのか。

想像もつかないことに驚いたが、とにかく今日は、目立たないように、庭の隅にでも潜んで、終わったら帰ろう。

涼夏は、そう思っていた。

出発口へと到着すると、父と母が並んで待っていた。

近付いて来る二人を見て、嬉しそうに微笑む。

「誠によう似合うの。夏奈がこれを着ておったのはもう百年以上前になるか。」

母の夏奈は、嬉しそうに頷く。

「はい。父が持たせてくれたもので。無駄にならずに済みましたわ。」

父は頷いて、母の手を取った。

「では、参ろうか。皆で参るのは初めてであるな。晴れがましいことよ。」

晴れがましい雰囲気ではないが、それでも宮から王族が全員龍の宮へと上がるとなると、確かに格が上がった気持ちになった。

臣下達が頭を下げる中、夜明け前に予定通り、輿は龍の宮へと飛び立ったのだった。


龍の結界が近付くと、多くの輿が上空で待機しているのが見えた。

…あそこが、維心の結界なのね。

涼夏は、さすがに気持ちが沸いた。

何しろ、ずっと読んでいた小説のメイン舞台が、もう目の前に迫っているのだ。

そこへ、これでもかと大きな気の、黒髪に青い瞳の神が飛んで来た。

…え!

涼夏は、その気の圧力と、美しい顔立ちに面食らった。

もしかして…もしかして維心?!

涼夏は、ドキドキと高鳴る胸を押さえて、その軍神を兄の肩越しにじっと見つめた。

すると相手は輿を覗いて父を見て、言った。

「涼弥様。申し訳ございませんが、制限がございますので、ここからは輿は我が軍神がお運び致します。」

ここから飛ぶんじゃないの?

涼夏が思っていると、父は答えた。

「運んでくれるのか、義心よ。我らここから飛ばねばならぬかと思うておったのだが。」

…義心…!義心なんだ!

涼夏は、なんて凛々しい顔立ちなんだろう、と思わず見とれた。

確かに龍王が奥から簡単に出て来るはずなどないのだ。

義心は、龍の宮の筆頭軍神で、維心の懐刀であり、物語の主要キャラの一人だった。大きな気で技術に優れ頭がよく、世の軍神達は皆、義心を目指して精進していると言っても過言ではない。

それにしても、義心に会えるなんて…!義心ですらこんなにイケメンだって事は、他はどうなってるんだろう?それとも義心が単に自分の好みだからだろうか。

あまりの嬉しさに身悶えていると、義心は父に答えた。

「は。見たところ王妃様と皇女様がいらっしゃるので、今年はそのようにせよと命じられております。では、これよりご移動を。」

義心は、向こうの軍神に合図した。

すると、これまた気の大きな神達がわらわらとやって来て、こちらの軍神達から輿を受け取った。

そして、これまでがなんだったというほど早いスピードで、輿はぐんぐんと結界を抜けて進んで行き、それは見事な大きな滝が見えた。

…あれが大滝…!

そしてその向こうに、こんなものがあるのかというほど大きな、ブルーグレイの石で造られた巨大な建造物が見えた。

それこそが、龍の宮なのだと、涼夏は思ってもないことに、涙が浮かんで来るのを止められなかったのだった。

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