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16.父の縁談

迅は、七日に一度は高峰の宮の咲奈を訪ねて、礼儀を学んだ。

咲奈は、迅を覚えが良いと褒めてくれて、迅も基本的な事はもう、分かるようになっていた。

父も母も礼儀にはからっきしで、教えてくれと言っても知らないのだから無理だった。

なので、あの茶会の席に参加して、面識を持って頼もうと思い、あの日迅は奏多について高峰の宮へと向かったのだ。

お蔭で、最低限のことはできるようになったので、宮から美しい頚連を持って行って礼として渡し、迅の初級練習は終わった。

咲奈は、それを大層気に入って、陸の宮の職人の優秀さを褒めていた。

思えば祖父は偉大な王だった。

あの頃、自立などあり得ないほど小さな宮だったここを、上位の宮に妹を嫁がせられた幸運に、それを幸運だけに終わらせず、それを元手に宮の中を改革した。

徹底した倹約を重ね、職人をあちこちに派遣して技術を学ばせ、その代の終わりには、三番目の宮と遜色ないほどの財力を手に入れた。

世を去る時、次の王となる陸の父に、これに甘んじる事なく倹約は続けよ、蓄財を増やして、周囲の宮の危機には手を差し伸べよ、それが必ずこの宮の力となるだろうと言い残した。

陸の父はそれを守り、さらに宮は大きく財力は上がった。

今の陸の代では、倹約する必要もなく、というか、倹約していたのだが物資が余り過ぎて倉が乱立するようになって来たので、少し回りに放出しようという動きになっていた。

何しろ、倉だけで外宮と同じ規模になっているのだ。

ハッキリ言って、もうこれ以上貯まるとまずかった。

そんな状態なので、水無月の会合の終わりにいきなり訪ねて来た旭という蝦夷の王は、ちょっと裕福な下位の宮だと思っていたのに、と仰天していた。

これ幸いと父は手土産に旭に大量の反物と宝飾品を持たせたのだが、それに旭は大変に喜んだ。

そして、そちらから皇女の愛羅を、娶らせると言って来たのだ。


「王…娶らせるとは上から目線な。あちらは確かに第二位の宮でございますが、それにしてもこちらには佳織様がおわすのに、乱暴なお話かと。」

迅も、その時の会合に同席していたので、脇でそれを聞いていた。

すると、父王はバツが悪そうに言った。

「それがの…言えなかったのだが。」何の話かと皆が怪訝な顔をすると、陸は続けた。「その、会合の時にこの宮の序列が今一つなのは、品位の問題だと炎嘉殿に言われた話をしたの。その時に、同時に炎嘉殿に、旭殿の皇女が大変にようできるので、ここへ迎えよと言われたのだ。それで、旭殿に炎嘉殿からその話をして、あの時いきなりここへついて参ったのだ。我に嫁がせて良いか、宮を見に来ておったのだ。」

臣下達もだが、迅も仰天して陸を見た。

そんな話は、初耳だったからだ。

「え…王、そんな大切なお話を、黙っておられたのですか?!」

臣下が、責めるように言う。

真っ先に臣下に言わねばならないようなことだからだ。

陸は、言い訳のように言った。

「主らに言うたら、騒ぐであろう?佳織がそれでのうても毎日正妃にはいつになったらとうるそう申すのに、そんな話があることが分かったらもっと騒ごうが。面倒であるから、黙っておったのだ。」

迅は、書状を見た。

「ですが…こんな直前まで。旭殿は来月にでもと申されておるし、こちらも迎える準備がございます。確かに宮を救う皇女であられるのだから、かなりの上位からなので正妃扱いでありましょう。部屋はどうなさるのか。今のままでは母上が居られる部屋を空けてもらわねばならぬのですぞ。その後改装せねば、いくらなんでも…。」

やることが多すぎる。

迅は、自分のことではないのににわかに焦ってきた。

臣下が、言った。

「佳織様が簡単にお部屋を明け渡してくださるか分かりませぬ。何しろあの場所は、正妃の場所だからと申し上げたのに強引に入ってしまわれた場所なのです。王、御自らお話して頂かないことには、我らの話など聞いて頂けませぬ。」

陸は、頷いた。

「分かっておる。昨夜も臣下に無理を申すな、部屋は最初に与えた場所に戻れと申したのだが、聞く様子もなく。困っておった。」

すると、迅が言った。

「…いっそ、奥宮を建て直しまするか。」

臣下が、ええ?!と目を丸くする。

迅は続けた。

「石は涼弥様の領地に多くございますので、分けてもらうのです。育てておる職人の対価としてなら、安いものでしょう。こちらも手狭になって参って、倉のせいで内宮が圧迫されてきておるところ、ちょうど良いではありませぬか。ここを内宮と合わせて使い、奥宮はさらに奥に増設するのです。そもそも、この規模の宮にしては奥宮が小さすぎるのですから。この際、建て増しましょう。」

長年使って来た奥を移動させる。

だが、それが一番手っ取り早いと思えた。

「…よし。ならば炎嘉殿に申し上げて手を借りよう。急いで建て増すのだ。旭殿には、皇女のために奥宮を新しく増設するので今少し待って欲しいとお返事を。炎嘉殿に、先触れを出せ。お話して参る。」

そうして、宮の増設はあっさり決まった。

資金は潤沢にあるし、どうして今までやらなかったのかと思われるぐらいだ。

とにかくは、宮を立ち上げてあり得ないほど高い地位の皇女を、教師としてこの宮に迎え入れるのだ。

宮の、将来のために。


涼弥は、あっさりと石を切り出すのを許してくれた。

あちらの領地には石が多く、少々のことでは無くならないし、良い話だと思ったらしい。

そうして、さらに多くの職人見習いを陸の宮に受け入れる事を約束し、宮の建設は始まった。

炎嘉の宮からそれは優秀な、鳥の軍神達が大挙してやって来て、建設を手伝うというより建設してくれたので、驚く速さで宮は立ち上がって来ていた。

皇女のためにわざわざ宮を建て増すという陸の姿勢に旭はそれは喜んで、あちらからも何か手助けしようと遠いのに軍神が派遣されて来て、少なからず宮の形はあちらの希望に沿った形になりつつあった。

時々旭自身が訪れることまであり、さすがにその騒ぎに、佳織も何かおかしい、と気取って来ていた。

箝口令が敷かれていたので、臣下達は頑として口を割らなかったが、佳織の侍女はあちこちに出入りして探ろうとしているようだった。

宮に来る前に知られてまた、新しい宮の正妃の部屋を占拠されては敵わないと、皆必死にその事実を隠していた。

だが、そんな最中、遂に佳織の兄の清が宮を訪れた。

もちろん、清は知っている。

だが、どうやら佳織が知らないようだと、実情を聞きに来たようだった。

「清か。何用ぞ。今は取り込んでおってな。」

陸が言うと、清は声を落として言った。

「その、アレよ。アレを佳織はまだ知らぬか?」

陸は、ため息をついた。

こんな言い方をするのは、佳織が奥の正妃の部屋に居るので、聞いているかもしれないからだろう。

「…知らぬ。そもそも、我はあの部屋を許しておらぬのだ。勝手に使っておるし、出よと申しても聞かぬのだ。」

陸は、妹のことだったが、あいにく陸には支援を受けていて、文句を言える立場ではない。

なので、控えめに言った。

「だが…もう宮もできそうであるのに。そろそろ言うておいた方が良いのでは?あれも覚悟がいるだろう。」

陸は、軽く清を睨んだ。

「あのな。それでなくとも主が頼むゆえ娶ったのだぞ。なのに宮で段々に己が天下のように振る舞い出して、それでも許して参ったのだ。主は妃がそのようなのに実家の支援までやろうと思うか。我はそれをやっておる。こちらの良いようにするゆえ、口を出さずでいてもらいたい。」

清は、言い方には腹が立ったが、それも当然のことだった。

百年前、吉賀との縁談が断られてしまい、落ち込む佳織に仕方なくどこか娶ってくれないかと泣き付いて、陸がじゃあ我がと名乗り出てくれたのだ。

本来、他と話があって断られたような皇女は、嫌がられるものなので、気の良い陸に押し付けたといえばそうなのだ。

陸も、その60年ほど前にどこかの女神を愛して、婚姻しないまま子を成した後亡くしていたので、その弱みもあったのだろう。

だが、清はそれで助けられ、今も時々支援をもらって宮を回していた。

普通、下位の中で支援などあり得ないのだが、ここはかなりの財力があった。

なので、今も頭が全く上がらないのだ。

そして、今回の自立の件でも、宮に職人見習いを受け入れてくれている。

大きな顔など、できようはずもなかった。

「…主の言う通りぞ。」清は、言った。「主の気持ちに甘えておった。佳織もぞ。とにかくは、ならば我から申すことはできぬし、早めに知らせてやって欲しい。イライラして毎日こちらに問い合わせて参るので、こちらの臣下も困っておるのだ。知らないならいざ知らず、知っておるのだからの。」

陸は、頷いた。

「まあ…そろそろかと思うておったから。次の会合の後には話すことにする。」

次の会合は、七夕の後だ。

清は、頷いた。

「では、それで。よろしく頼む。」

清は、逃げるようにそこを後にした。

陸は、なぜにこんな気苦労をと、頭を押さえて考え込んでいた。

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