15.激変
涼弥と涼は、全ての臣下と面会し、己の利ばかりで宮の将来のことなど考えていないような臣下は全て、宮から放り出して、自分の結界からも外へと出した。
本来、宮の中を許さないだけで結界内ぐらいは許すものなのだが、今回は宮の存続が関わって来る重大事。
なので、強く覚悟を決めさせるために、二人は厳しく対応した。
そのせいで、宮に仕える臣下は三分に二にまで落ち込み、しかし職人は残ったので、問題なかった。
臣下を粛清したことで空いた席に新たに職人になりたいという意欲のある民を据えて宮へと召し上げ、政務は最低人員で回す事に決定した。
職人の教育は始まったばかりで、まだまだ形になる物を作れる様子も無かったが、これからだ。
吉賀でも、50年掛かったのだ。
こちらも、腰を据えて頑張るより無かった。
高峰の宮からは、夏奈が居る限りは支援は続ける、と連絡があった。
あの、涼夏が返されて来た日の夜にあちらから正式な対応を知らせて来たのだが、最初は夏奈と涼をあちらの宮へと迎えとる、ということだった。
涼夏は、あまりにも傍若無人な振る舞いが続いたので、臣下達があの宮の皇女とするのを反対したので、これ以上あの宮に置いておくわけにはいかないと判断した、と言っていた。
夏奈は絶対に帰らない、と返事をし、涼も、父と共に宮を立て直すのでそちらへ参れない、と答えた。
だから、夏奈が居るのなら支援は続けると返答して来たのだ。
それでも、期待していた追加支援は、この様子だと望めそうにはなかった。
困っていたところ、陸の宮から迅が書状を手にやって来た。
その書状には、職人を預かって育てよう、と書いてあった。
そして、その間の見習い職人達の手当ては、あちらが負担してくれるのだという。
期間は向こう50年、育った者から順に、こちらへ返してくれるという有難いものだった。
「陸には、感謝しかない。」涼弥は、涙を浮かべて言った。「あれは気のいい奴だから。昔から、困った時には手を差し伸べてくれて。」
迅は、そんな涼弥に言った。
「は。父はこちらの助けになるのならと申しておりましたので。」
涼弥は、しかし腑に落ちないという顔をして、言った。
「だが…いくら陸でも、何の見返りもなく支援してくれるなど。良いのか、本当に。」
迅は、顔をしかめた。
実は、陸はだったら50年職人を預かる見返りとして、あちらの皇女を妃にもらったらと言われたのだ。
だが、迅が激しく拒否した。
それでも、どうしても涼弥を助けたかった陸は、だったらもう良いかと見返り無しで支援を申し出たのだ。
もう、見返りどうのと言っていられる状況ではないのだ。
とにかく早く助けてやらない事には、涼弥の宮は立て直す時を逸してしまう。
だから、こうして迅が使者としてこちらへ来たのだった。
何も知らない涼弥は、くれぐれも感謝していると伝えてくれと涙ながらに言い、迅は茶でもと引き留められるのを、無理やりに振り切って帰ろうと宮の中を歩いていた。
すると、庭にすっぽりとベールに覆われた誰かが、侍女も連れずにたった一人で立っているのが見えた。
…あの立ち姿は…。
迅は、あの姿を知っていた。
実は、最初に茶会で会った時には、そこそこ美しい皇女だと思っていたのだ。
それが、まるで妹さながらに無礼とも言われる動きで遊び回るのを見た時に、騙された、という気持ちになった。
そして、あんな女が良いと一瞬でも思った自分が許せなくて、それからずっと避けていたのだ。
しかし、あまりに学びが無いと、高峰の宮を放り出されたと聞く。
そうなって来ると、まだ心は子供なのにと少し、不憫になった。
それに、ここの宮は今、一気に減った侍女侍従のために、手薄な状態だ。
迅は、迷ったが一度、声を掛けてみようとその姿に近付いて行った。
涼夏は、ここのところずっと演じていた。
咲耶が言っていた通り、自分の事を大切に扱ってもらおうと思ったら、その価値があると相手に認めさせなければならないのだ。
無礼な態度を取った、安峰にだって謝らせることができるかもしれない。
だから、咲耶は皮肉な事にあれだけ自分の幸福は違うと否定して来た、祖母の教えの通りに行動していた。
そうすると、父も兄も、自分に優しくなった。
母は、何が問題だったのかしら、と不思議そうな顔をして、自分の侍女を二人も涼夏に譲ってくれた。
それぐらい、戻ってからの涼夏は完璧に演じ切っていて、時々元の自分がどうだったのか忘れるぐらいだった。
それでも、我慢しているのは変わりないので、フッと庭でため息をついて息抜きに花を眺めていると、後ろから、聞いたことのある声が言った。
「…また演技か?」
振り返ると、そこには迅が立っていた。
迅は、前も思ったが100歳には見えない。
というか、陸と佳織が婚姻したのが百年前で、二人の子として告知されたので勝手に100歳だと思っていたが、実際もしかしたら違うのだろうか。
涼夏は、答えた。
「女は皆、多かれ少なかれ演じておるものよ。」と、迅を見上げた。「あなたの前では通用しないから、では元の我であっても良い?」
迅は、顔をしかめた。
「…それは、我が帰った後にしてもらぬか。」
涼夏は、ため息をついて花へと視線を落とした。
「それで…我に会いに来られたわけではないでしょう。何か御用でしたの?」
迅は、頷いた。
「ああ、父がの。涼弥様を放って置けぬと申して、職人を預かる話をしに参ったのだ。手当も、父が負担する。そういう話をの。」
涼夏は、驚いて迅を見た。
それは、とても良い話だ。
だが、無償ではないはずだ。
「それは…いったい、何を代償にそれを父は飲みましたの?」
良い話だから、絶対に飲んでいるはずだ。
迅は、首を振った。
「何も。父は別に、何かを返してほしいのではなかったし。ただ、神世では何もなく支援となるとそんな前例がとか言われるゆえ、主を我の妃にとか思うたらしいが、我はそれを全力で阻止したゆえな。もう、他を考える暇も無くて、結局無償ですることになったのだ。主などもらったら、逆に負担になるわ。」
涼夏は、内心ハイハイと白い目をしていた。
どうせ、あなたにとっちゃ我はいつまでも変な女なのでしょうよ。
「別に、我は嫁ごうなんて思いもしないから。でも、あなたはまだ100歳そこそこではないの?我の方が年上だし、そんな話が出るの?」
迅は、両方の眉を跳ね上げた
そして、むっつりと眉を寄せると、言った。
「…我が100に見えるか。」
涼夏は、え、と迅をまじまじと見上げた。
「でも…あなた、陸様と佳織様のお子でしょ?陸様が佳織様を娶ったのは百年前じゃない。」
迅は、呆れたように額に手をやった。
「なるほど、我らに興味もないのがよう分かるわ。始めに言うが、我は160よ。」
え、同い年?!と涼夏は迅を見上げた。
「ええ?!でも、だったらあなたの両親は…」
婚前に会って迅をもうけたんだろうか。
でもだったらどうしてすぐに結婚しなかったんだろうか。
涼夏が頭の上に?を乗せて考え込んでいると、迅は言った。
「我は母上の子ではないからの。」涼夏が驚いていると、迅は続けた。「公然の事実ぞ。我は別の母の子で、父と母が婚姻となった時に二人の子として告示されたのだ。その時、既に60にはなっておったからの。」
庶民が母なのかしら。
涼夏は思った。だが、迅はとても綺麗な顔立ちで、あまり陸には似ていない。
陸もそこそこだったが、どこか気品のある感じのイケメンは、迅の方だった。
「まあ…知らなかったわ。そうだったのね、そうね、だから大人っぽい子だなあってあの時思っていたのよ。大人だったんだ。」
「聞いておらなんだか?まだ成人しておらぬわ。大人ではない。」と、踵を返した。「もう帰る。主も、おとなしゅうしておった方が良いぞ。今はいろいろ面倒な時だ。宮から追い出されたくなければ、じっとしておれ。」
言われなくても演じてるっての。
涼夏は思ったが、頷いた。
「分かっておるわ。ずっと演じてるわよ。模範的な皇女でいるわ。」
迅は、それを後目にさっさと庭を出て出発口へと向かって行った。
涼夏は、大きなため息をついた。
もう、別にイケメンとかはどうでもいい…ただ、落ち着いて殺されることなく暮らしたい。
涼夏は、そう願っていた。




