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12.杜撰

結論から言うと、祖母にこっぴどく叱られた。

河清と佐伊と共に、後から合流して来た奏多、佳子、美代と共に水を掛け合ったりして大いにはしゃいでいたからだ。

そんな様だったので、驚いた侍女が慌てて祖母を連れて来たのだ。

祖母は、卒倒しそうな顔をして、そこまですることはないのに軍神達を呼び、皆を捕まえて宮へと連れて戻った。

そうして、聡子、迅、那都、佐那以外の六人は祖母から一緒に散々に叱られた。

涼夏はもう慣れていたが、奏多も佳子も美代も、ブルブルと震えて凄い量の涙を流していた。

涼夏は、そこまで叱ることはないのに、と思っていたが、帰る時の那都の呆れたような微笑と、心底軽蔑したような迅の顔を見て、さすがにやり過ぎた、と思った。

せっかく淑やかだという印象だったのが、あの行いで一気に地に落ちてしまったのだろう。

だが、涼夏は後悔はしていなかった。

なぜなら、維月は最初は人世から来たのもあって、いろいろ宮で人のように振る舞っていたのに、維心に愛されたのだ。

そして、その後維心に教えられ、公の場でしっかりと振る舞えるようになり、問題なく生きている。

だが、それを知るのは小説を読んでいた自分だけで、祖母だって龍王妃である維月がそんな風だとは思っていない。

それを話したところで、信じることもないだろう。

それだけ、維月は完璧に振る舞っていたからだ。

…我は、別に愛する神だけが自分を大切にしてくれたらいいの。

涼夏は、思った。

これが本当の自分であって、偽りの自分を愛されても、それを崩すことができなくて苦しむことになるのではないのだろうか。

だったら、今日共に遊んでくれた河清や佐伊のような、そんな事は気にしない神と生きた方が、きっと幸せ。

何も上位の宮の王に嫁ぐことだけが、幸せではない。

祖母には、基本的な事を教えてもらって、覚えたら好きに生きて行こう。

涼夏は、そう思っていたのだ。

聡子の顔が見え隠れしたが、聡子は小さい頃からああやって生きていて、それが身についているので無理がないのだろう。

だが、涼夏には違う。

聡子とは、生い立ちが違うのだから同じ境遇を幸福だと感じるとは限らないのだ。

涼夏は、あの時あれだけ恥ずかしい、聡子の言う通りだと感心したのに、今はすっかりそんな事は忘れてしまっていた。


それから、涼夏はすっかり肩の力が抜けて、祖母が居る時は祖母が言う通りを演じ、そうでない時は宮の中をあちこち歩き回り、職人部屋などを覗いたりしていた。

もちろん、祖母は激怒したが、祖父は何にでも興味を持つのは良いことだと言い、特に咎めはしなかった。

祖母との授業の時には、きちんとやっているので、祖母も段々に何も言わなくなって来たが、それはそれで良いと思っているからではなく、何か遠くから、憐れみのような感情を持って眺めているような様子だった。

そう、諦めているような感じだ。

それでも、涼夏は構わなかった。

なぜなら、祖母が言う幸せと、自分の思う幸せは、違うから。

以前自分は龍の宮へと上がりたい、と思った。

なぜなら、主人公達がそこに居て、その生活を全て小説を読んで知っていたからだ。

ぜひ、自分が読んで想像していた主人公達を、この目で見てみたいと思っただけなのだ。

今は、もうそう思ってはいない。

なぜなら、自分はこの小説から見たらモブキャラかもしれないが、きちんと生きて、生活がある。

自分目線から、主人公は自分だ。

主人公の自分が、幸福になったらいいのであって、維心や維月、炎嘉や蒼、十六夜などの幸せは、自分には関係ないのだ。

こうなったら、こうして生きている涼夏という自分が、幸せだと思う生き方をして、一生を終えたかった。

だから、これでいいのだ。

祖母には理解できないかもしれないが、それは仕方がない。

何しろ、自分には人であった時の記憶があるのだから。

祖母とは、全く違うのだ。


涼夏が、そんな気持ちでまた、フラフラと宮の中を歩いていると、前から見覚えのある顔が歩いて来た。

まさかと急いで駆け寄ると、それは茶会で会った、陸の宮の、迅だった。

「迅殿!」涼夏は、笑顔で言った。「どうして祖父の宮へ?来ていらっしゃるとは思いませんでした。」

しかし、迅は蔑むような顔をして、涼夏を見た。

「…我が、知らせないでほしいと申しておるから。我は、今主の祖母の咲奈様に礼儀を教わっておるのだ。あれから、父に頼んで高峰様に申し出てもらっての。何も知らぬゆえ、教えて欲しいと。」

迅が、お祖母様にご指南を?!

涼夏は、何も聞いていなかったので、驚いた。

あれから二週間ほど、迅はずっとこちらに通っていたのだろうか。

無意識に触れていた、袖の手を迅はパンッと振り払った。

「無礼ぞ。あのかたの孫とは思えぬの。そんな様では…まあ、ちょうど良いのやもしれぬの。」

涼夏は、叩かれた手が、思った以上に強い力だったので、ジンジンするのに顔をしかめて、言った。

「あなたの方が無礼ではないの。皇女の手を叩いておいて、何も咎められないと思っているの?」

迅は、フンと鼻で笑った。

「皇女?その様でか。」と、不機嫌に踵を返した。「皇女として扱われたければ、皇女らしくするが良い。ではな。」

迅は、そのままそこを去って行った。

涼夏は、思ってもないほど辛辣に言われて、さすがに傷ついた。自分だって、皇女らしくしなければならない時は、そうできる。

迅なんかに、興味もないから別にいい。

涼夏は、フンと踵を返して、部屋へと帰って行った。


そして次の日、今朝は、昨日神世の会合へと鳥の宮へ飛び立って行った、祖父が帰還するので、祖母と一緒に到着口で待っていた。

もう見慣れて来た豪華な輿が降り立つと、祖父の高峰がそこから、難しい顔をして降りて来た。

いつもなら、涼夏が出迎えたら途端に嬉しそうな顔をする祖父が、珍しいことだった。

祖母が頭を下げるのを感じながら、涼夏も遅れずに頭を下げる。

すると、祖父は何かを考えながら歩いて来て、祖母に言った。

「今、戻った。」と、涼夏を見る。「主も。出迎え、ご苦労であるな。」

だが、顔が笑っていない。

どうも、上の空のような感じだ。

祖母が、顔を上げて心配そうな顔をした。

「王、おかえりなさいませ。何やらご機嫌が…何がございましたか。」

祖父は、頷いた。

「話すことがある。」と、祖母の手を取ってから、涼夏を見た。「主も。共に参れ。」

何か困ったことでもあったのかしら。

祖父の宮は、上から三番目とはいえ上にはもっと宮があり、上から何か無理なことを言われたのかもしれない。

涼夏は、ハラハラしながら、それでも静々と落ち着いた様を意識して、祖父の居間へと着いて歩いた。


居間へと入ると、祖父は着替えもせずに正面の椅子へと座って、言った。

「涼夏、そこへ座れ。」

そして、祖母を己の真横へと座らせた。

涼夏は、二人の前の椅子へと座って、じっと待った。

祖父は、大きくため息をついて、言った。

「…実は、困ったことになっての。」祖母も、涼夏も固唾を飲んだ。祖父は続けた。「我が宮は問題ない。だが、涼弥の宮ぞ。ここは一旦、夏奈をこちらへ迎え取った方が良いのかと思うほど。涼夏はこちらに居るし、我らの養子にでもして。」

どういうこと?!

実家のこちらへ迎え取るということは、離縁ということだ。

涼夏がショックを受けていると、祖母が言った。

「なぜに急にそのような。夏奈は涼弥様に大切にされておって幸福だといつも文をくれるのです。そのように強引なことでは、あの子も納得しませぬでしょう。」

祖父は、大きなため息をついた。

「…我だって、こんなことは言いとうない。だが、此度の会合ぞ。炎嘉殿はこれまでの歴史を話されて、有事に下位の宮から軍神も出せぬ様であった事などを話された。そうして、役に立たぬ宮を、上位の宮が世話をするのはおかしいと。百年で、自立できぬのなら皆、どこかの宮の傘下に下るのだ。宮はそのまま残るが、序列が剥奪されるので発言権が無くなる。もし最初からどうにも出来ぬと思うのなら、葉月の会合で申せと。すぐに傘下に入れて、会合に来ることも無くなり、新たに自分達を世話してくれる王の命に従って生きることになるらしい。涼弥とは、あれが宴に出ぬで帰るようだったので、その時出発口で話したが…職人を育てるつもりだと申しておったが、まだ何も具体的な事は決まっておらぬようだった。どうやら、臣下が倹約に難色を示しており、涼弥は強引に進めようとしておるが、中で軋轢があるようでな。普通でも難しいのに、臣下がそのようでは更に難しゅうなろう。こうなったら、我が子我が孫だけでもこちらの宮に迎え取り、あの宮が解体になどなった時に巻き込まれぬようにせねばならぬのかと思うて。」

祖父は、もう宮が無くなると思っている。

それだけ、父の宮は危うい状況なのだ。

兄が言っていたが、あの職人の数ではなかなか無理だろう。

涼夏がどきどきとする胸を押さえて考えていると、祖母が言った。

「…それはなりませぬ。」祖父が驚いた顔をすると、祖母は続けた。「そのようなご事情なら、夏奈は我の子であるから、こちらへ迎え取ってもよろしいでしょう。皇子の涼もこちらでよう学んで立ち合いの腕も上げておるし、礼儀にも通じておるので王族の軍神として軍に入っても宮の役に立つかと思いますが、この涼夏は。この子は、我が申しても、とてもこの宮の皇女として表に出せる子ではありませぬ。涼弥様が王でなくなるのなら、この子もその子としてあの宮へ帰る方が良いのです。何より、王族の血はこの子には荷が重いのでしょう。表面上はつくろえても、内面が普通の民と同じなのですよ。」

涼夏は、言われて自分のせいなのだが、大きなショックを受けた。

父が王でなくなるのなら、自分も皇女ではなくなるという事だ。

という事は、着物も何もかも自分で何とかしなければならないし、お茶の葉ですら湧いて来るわけではないのだから自分で栽培しなければならない。

文を出すにも、紙も無い。

はぐれの神のようになるのでは…。

はぐれの神。

涼夏は、背筋が寒くなるのを感じた。

月の宮では、そのはぐれの神を受け入れて世話をしているが、審査がとても厳しい。

だがはぐれの神の環境は、とても厳しいものだった。

特に、女神にとっては身の危険ばかりで、とても自由恋愛などという空気ではなかった。

祖母は、そんな環境に自分を落としても良いと言っているのか。

涼夏は、震えながら祖父の顔を見た。

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