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113.未来の人世

涼夏はそんな良い人達に囲まれて、順調に生活基盤を作って行っていたが、迅はその頃、北の大陸に居た。

こちらは男性というのもあって、それに人としてはかなり美しい見た目もあって女性は寄って来るが、男性からは遠巻きにされてしまう状態だった。

できたらどこかで住み込みで働きたいと思っていたので、何かを経営してそうな男性と知り合いになりたかった。

パブやカフェで女性の経営者なら数人話しかけて来たのだが、女性は面倒があってはならないので受けるつもりは全くなかった。

あちらのこちらを見る目は色気を含んでおり、そういったことは迅には丸わかりだ。

何しろ、神なのだ。

そんなわけで、気を探って今夜もその辺の人からくすねた金を使って、バーに入ってみた。

すると、いつもとは客層が違った。

どうやら、今夜はクリスマスイブで、どこも早じまいをする場所ばかりで、開いているこのバーにはぽつりぽつりと一人きりの客が、間を空けて座っている状態だった。

バーのマスターが、日本語ではないこの辺りの言語で言った。

『よお、お前さんもか。最近よくみる顔だが、今夜も一人かい?』

ここのところずっと通って来ていたので、マスターには顔を覚えられていたらしい。

迅は、頷いた。

『ああ。家族も居ないしな。』

マスターは、頷いて点々と座る客を示した。

『今夜はみんなそうだ。オレもそうだから皆に付き合ってもらうために店開けてる。』と、カウンター席を顎で示した。『まあ座れよ。オレはレフ。あんたは?』

『迅。』迅は答えた。『この見た目だが日本から来た。母親がこっちの生まれでね。』

レフは、頷いた。

『まあ、最近は国を跨いでる奴なんか腐るほど居る。何を飲む?ビールでいいか。』

迅は、頷いた。

『頼む。』

レフは、ビールをグラスに注いで、持って来ながら言った。

『他の奴らから聞いたが、安宿に滞在してるんだってな。旅行か?』

迅は、首を振った。

『いや、親が二人とも死んだからこっちへ来たんだ。住もうかって考えてるんだが、あいにく土地勘が無くてな。働く場所も見つからない。仕方なく親が残した金を切り崩してる感じだな。』

レフは、グラスを迅の前に置いて、顔をしかめた。

『そいつぁ急いで職を探さなきゃな。くいっぱぐれるだろ。』と、脇に座って一人でグラスを傾けている、男に声を掛けた。『おい、ヤーコフ、お前んとこ誰か雇うつもりはないか。』

ヤーコフと言われた男は胡散臭そうにこちらを見た。

『オレんとこは力だけじゃやっていけねぇぞ。その兄さんはガタイは良いが、頭の方はどうなんだよ。つい最近も、やっとものになるかって思ってた男がキツイって言って辞めちまったんだぞ。ま、今時建築もなあ。コンピュータを扱えなきゃ何もできねぇし。』

コンピュータなら、月の宮で散々扱って来た。

迅は、言った。

『そこそこできるぞ。建築の事は知らないが、教えてくれたらいくらでも覚える。コンピュータは扱えるしな。まだ二十歳だからな。』

本当は200歳だが、神世で言うと成人したてだからそう言った。

男は、驚いたように迅を見たが、うーんと言った。

『…確かに若いしそっちの教育は受けてんだろう。だが、一から覚えるんだぞ?…だが…人が居ないから困ってるのも確かだしな…。』

レフが、助け船を出してくれる。

『だったら試しに雇ってみろよ。お前んち、部屋が空いてるんだろうが。住み込みで雇ってやれ。親が居ないんだぞ?お前さんだって両親亡くして一から事業を起こしたんだろうが。ここ数日見てたが、真面目な兄さんだ。イネッサにもラリサにも声掛けられてたが全部断ってたし、同席もしない。だからって男に興味があるわけでもないようだし。女に関わったら碌な事がないのを知ってる奴だ。』

そんなとこまで見られていたのか。

迅は驚いたが、だから声を掛けてくれたのだろうな、と、やはり女性は遠ざけておいて良かった、と思った。

ヤーコフは、それを聞きながらじっと考え込んで迅を見ていたが、頷いた。

『…だったら試してみるか。』と、指を三本立てた。『三カ月だけ時間をやる。その間、どれだけできるか見させてもらう。その間は賃金は時給だ。三カ月後に正式に採用。それでどうだ?』

迅は、何度も頷いた。

『頼むよ。助かった。』と、レフを見た。『マスターも。感謝するよ。』

レフは、笑って手を振った。

『いいって。しっかり稼いで飲みに来てくれよ。ま、こんな日にも来るぐらいだから、来てくれるんだろうけどな。』

とりあえず、居場所は見つかった…。

迅は、ホッと息をついて、それからはレフとヤーコフと話しながら、カウンターに申し訳程度に置かれた小さなクリスマスツリーの横で、閉店時間が来るまで飲んでいたのだった。


閉店時間だとレフに追い出されたヤーコフと迅は、二人してヤーコフの家へとふらふらと歩いて戻って行った。

夜の道は街灯に照らされていて、薄っすらと明るいので先まで十分に見える。

だが、ヤーコフはどうしてここまでというほど飲んでいたので、迅が半ば担ぐ状態で、時々ウトウトするヤーコフを叩き起こして家の方角を教えてもらいながら、歩いた。

やっとのことで着いた家は、レンガ作りで結構大きなものだった。

結構時間が掛かったように思ったが、レフのバーからは普通に歩けば10分ほども掛からない位置にあった。

力がある迅にもたれ掛かって幸せそうに眠っていたが、迅はそんなヤーコフを小突いて起こした。

『こらヤーコフ。着いたんだろ?鍵はどこだ。』

ヤーコフは、尻を振って示した。

『ここ。尻のポケットに入ってる。』

迅は、仕方なくそれを引っ張り出すと、カード型のキーを扉の横の機械に差し込む。

すると、扉の鍵は解錠されて、カタンと音を立てた。

迅は扉を押して開いてヤーコフを引きずって中へと入って行くと、そこは外国の家の例に漏れず、リビングのような広い部屋だった。

そこのソファの上にやっとのことでヤーコフを寝かせると、迅はふう、と息をついた。

思えば、気を使わずにものを持ち上げるなんて転生してからやったことが無い。

人の頃は、つくづく頑張っていたのだなあと迅は思った。

このままだと人は風邪を引いてしまうだろうと、キョロキョロと何か無いかと回りを見回すと、ちょうど良い所に毛布が置いてある。

どうやら、時々ここでヤーコフは寝てしまうことがあるようだ。

あまりにも準備が良過ぎるからだ。

迅は、それを広げてヤーコフの体に掛けると、まだ冷えるので暖炉へと向かった。

驚いたことに、この暖炉は数百年前からあるものと変わった所はなく、薪をくべて温めるタイプの物のようだった。

脇に積んである薪を暖炉の砂の上に組むと、迅はヤーコフが見ていないのを確かめてから、そっと気を放って着火した。

自然ではあり得ないほどさっさと燃え上がった薪に満足してヤーコフを振り返ると、ヤーコフは薄っすらと目を開いてこちらを見て、言った。

『…二階の奥の部屋以外は空いてるから好きに使ってくれ。こことは違ってエアコンが使える。』

迅は、頷いた。

『大丈夫か?水でも持って来ておく。飲み過ぎだぞ。』

ヤーコフは、煩そうに手を振って毛布を被った。

『分かってるさ。もう寝ろ。』

迅は、仕方のない男だと思いながら、隣りに見えているキッチンへと歩いて行って水をコップに入れて持って来るとヤーコフが横になるソファの前のテーブルへと置いて、そうして二階へと上がって行ったのだった。


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