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112.生活

それから、涼夏は健太の農場で働くことになった。

といっても、亮太が言っていた通りハウスで少しだけ育てているだけだ。

アスパラガスと、イチゴのハウスが並んであった。

何も持っていないので、洋服はもっぱら朱理のお古をもらってそれを着回していたのだが、このままでは良くないなあと涼夏は思い、亮太に街へと連れて行ってもらって、頑張って役所のコンピュータから、今国民を管理しているサーバーへと気を侵入させた。

亮太には、トイレに行くと言って個室に籠り、涼夏はじっと集中した。

住民ファイルは…どこ?

涼夏の目には、広い宇宙のような空間に、いろいろなものが浮いているように見えていて、そこから住民のデータが収められている場所を探して泳ぐような感じに見えていた。

実際は、トイレの便座にじっと座って、虚空を見つめて目を見開いている、危ない感じの様子だった。

…住民ファイル…どれ?

たくさん有りすぎてわからない。

だが、とにかく奥へと進んで行くと、奥の一際大きな頑丈そうな扉の上に、住民台帳と大きく表示されてあった。

…あった!!

涼夏は、その扉を難なく開いて中を見た。

それこそ膨大なデータの中から、気で検索してヨーロッパ人と日本人の婚姻のデータを揃えた。

その中から、最近亡くなったもの達をピックアップすると、家族三人が一度に亡くなったデータが出て来た。

これを書き換えさせてもらおう。

涼夏は、さらさらと念じてその、娘の項目を復活させて、死亡した事実を消し、名前を涼夏に替えた。

そして、生年月日も書き換えて、それらしく形を整える。

住所や本籍地などを必死に覚え、両親の名前も記憶して、そうしてその扉を出て、コンピュータのハッキングを終了した。

…これで、問題ないはず。

涼夏は、ホッ息をついて、個室から出た。

そして、手を洗って外へ出ると、亮太が心配そうに振り返った。

「良かった、大丈夫?20分も出て来ないから、誰かに見て来てもらおうかと思った。」

涼夏は、そんなにかかってたのかと、バツが悪かったが、言った。

「ごめんね、お腹が痛くなっちゃって。もう大丈夫よ。あの、IDの再発行をしにいかないと。役所に連れて行ってくれる?」

亮太は、心配そうな顔から、パッと明るい顔になった。

「うん、行こう!こっちだよ。」

どうやら、また生きる気持ちになったのだと思ってくれたらしい。

涼夏は、この優しい人の男性が、幸福になればいいなあと心から思いながら、その後について行ったのだった。


家に帰ると、朱理が出迎えてくれた。

亮太の両手には、たくさんの紙袋がぶら下がっている。

銀行口座があるわけでもないので、涼夏は一文無しなのだが、亮太がクリスマスだとかなんとか理由をつけて、全部買ってくれたのだ。

その中には、下着もあった。

何しろ神世には下着と言っても襦袢しかないので、涼夏は言うなればノーパンノーブラ状態で、人世でこれはまずいと思ったので、真っ先に欲しいと思っていた物だったのだ。

下着ばかりは借りるわけにはいかないので、ずっとスースーしたままで来ていた。

涼夏は、言った。

「あの、明日はクリスマスだからって。」涼夏は、紙袋の山を見ながら言った。「亮太さんが買ってくれました。」

朱理は、微笑んだ。

「そうね、良かったじゃない。下着も持ってないって言うから、心配してたところだったの。明日はご馳走にするわよ?楽しみにしてて。」

涼夏は、頷く。

亮太が、そんなに散財させられたにも関わらず、嬉しそうに言った。

「IDを再発行してもらって来たんだ。すぐに作ってくれたよ。」

朱理は、驚いた顔をして、涼夏を見た。

「まあ!そうなの、良かった!それで何でもできるわね。お財布失くしちゃったんだもの、口座とかも開きに行きましょ。お給料も、少ないけど月末に出るからね。それとも、手渡しの方がいいかな。」

涼夏は、言った。

「手渡しの方が。カードが増えるとまた失くしちゃっても困るので。」

朱理は、快く頷いた。

「だったらそうするわ。さ、部屋に帰って荷物を整理して来たら?もうすぐご飯もできるわ。亮太も、手を洗って来なさい。」

朱理は、まだ若いのにまるで母親のようだ。

亮太は、不貞腐れて言った。

「また。姉ちゃんはいっつもオレを子供扱いするけど、オレはもう24だぞ?もう。」

涼夏は、目を丸くした。

まだ24年しか生きてないの?!

神世と人世の感覚がごっちゃになって、混乱しそうだった。

「いいから。ほら、早くしなさい、いつまでも玄関で立ってないの。」

そんな様子に、涼夏はフフと笑った。

それを見た亮太は驚いた顔をしたが、一緒に笑いながらそのまま先に涼夏の部屋まで荷物を運んでくれたのだった。


涼夏を部屋へと送り届けてから、亮太は台所で動き回る朱理の所へ直行し、言った。

「姉ちゃん。涼夏ちゃんの苗字が分かったよ。恩田(おんだ)さんだった。お父さんは(ただし)で、お母さんはセリーヌだって。フランス人だったみたい。」

朱理は、真顔で頷く。

「そうなんだ。やっぱり亡くなってた?」

亮太は、深刻そうに頷いた。

「うん。戸籍に一人きりだった。住所も本籍地もきちんと書いてたから、間違いないよ。オレ、なんかヤバいことしてどっかから逃げて来たのかなとか勘繰ったりしたのが悪かったなって。」

朱理は、ため息をついた。

「だからいっぱい買ってあげたのね。」と、お玉で鍋をかき回しながら言った。「私も同じこと考えてたから、同罪よ。なんかね、あの子の部屋を掃除してたらリュックサックがあって。中にはすごく質の良さそうな着物だけだったから、あんなものどうしたんだろうって思ってたんだけどね。お母さんの形見とかなのかな。あれは捨てずに持ってたんだものね。」

亮太は、頷いた。

「うん。だから、ここに居たいだけ居させてあげようよ。父さんがどう言うかわからないけど。」

朱理は、亮太を見た。

「わかってる。お父さんには私から話しておくわ。一人ぼっちなんだものね…きっと、寂しかったのよ。あれだけ綺麗な子なんだし、きっと友達も多かったでしょうに、そんなものも全部捨てちゃったわけでしょう。私も、もし今亮太とお父さんが居なくなったらと思うと気持ちが分かる気がする。できるだけ手助けしてあげたいわ。」

二人は頷き合って、クリスマスは盛大に祝って楽しくさせてあげようと、二人で考えたのだった。


次の日、涼夏はまだ暗い朝から健太と共にイチゴのハウスで収穫して、せっせと小屋に籠ってパックに詰めた。

パック詰めの段階になると朱理もやって来て、一緒にパック詰めした商品を、農協へと持って行く。

この時期のイチゴは良い値になるそうだ。

ここのイチゴは大きくて稀少らしく、涼夏も一粒もらったがそれは甘くておいしかった。

人の頃の記憶が、どんどん鮮明になるようだった。

昨日の夕飯の時から健太も亮太も、朱理も更に優しく涼夏に接してくれるようになって、涼夏は戸惑っていた。

…身元がハッキリしたのが良かったのかしら。

涼夏は、わけが分からなかったが、そう思うことにした。

農協から戻ると、朱理が先に作っておいてくれた朝食を皆で囲んで、四人で楽しく過ごした。

今日は、クリスマス・イブだ。

テレビから流れるのはクリスマスソングばかりで、涼夏はますます人世に戻って来たんだなあと思っていた。

お正月も近いので、お節料理のCMも流れていた。

…何百年経っても、変わらないのね。

涼夏は、それを懐かしく眺めた。

そして、迅は今頃月の宮でどうしているのだろう、と想いを馳せた。

月の宮は、どこより人世に近い場所だったが、それでも実際の人世にはかなわない。

迅は、まだ人世を覚えているのかしら。それとももう全て忘れて、陸様の宮に帰る事を考えて眠れずにいるのかしら…。

涼夏は、遠くなってしまった神世に、もう戻れないのだと今さらながらに思って、寂しく感じていた。

そして、優しかった蒼に、心から悪い事をしたと思っていたのだった。

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