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11.庭の散歩

茶会も終わり、帰る前に皆でお庭にでも行っていらっしゃいと祖母が言い、皆は祖母に見送られて庭へと出た。

茶会では緊張していた者達も、ここでは解放されたようにあちこち歩き回って楽しげだ。

兄達は固まって後ろから歩いて来ていて、涼夏は聡子と、小さいのにはしゃぎ回ることのない佐那共におっとりと歩いていた。

「佐那殿は誠に貴婦人のようですね。」聡子が、佐那に微笑んで話し掛けた。「お母様が大変にできたかたなのですね。」

佐那は、顔を赤くした。

「我など、まだまだで…。いつもお母様に叱られてしまいますの。本日だって、自信がないとお断りしようと思いましたのに。お兄様について行ってもらうから、学んでいらっしゃいと申されて。」

これでもまだ叱られるのか。

涼夏は、身を震わせた。

祖母も大概厳しいと思っていたが、那海はさらに厳しいらしい。

涼夏は、思わず言った。

「我なら耐えられないかも。いつも祖母に叱られますが、祖母は佐那殿は完璧だと申すのですよ。佐那殿が叱られるなんて、考えられませぬ。」

佐那は、慌てて言った。

「それは、本日はまだ粗相をしておらぬから。あの、本当に何事も難しいのですわ。お父様は気にすることはないとおっしゃいますが、お母様は我のためだとおっしゃって。将来、皆に尊重されるのは、品位の高い女神だと。」

確かに祖母もそう言っていた。

涼夏が思っていると、聡子は頷いた。

「誠に深いお考えですわ。我もそのように。」涼夏が驚いていると、聡子は続けた。「我にはお母様が居らぬので、お父様がそのように申して躾てくださいました。女神には身を守る武器はないが、しかしそれが必ず己の身を守る術になるだろうと。何を奪われても、身についた品位は失われませぬ。何も持たなくても、必ず我を守る糧になるから。だからつらくとも、己の品位を失うような動きはせぬよう、己を律して励むのだと申されて。だから、我はお父様が申される通りに学んでおるのです。」

そうだったのか。

涼夏は、目を開かれるようだった。

だから聡子は、いつ見ても美しい所作で、庭を駆け回るわけでもなく、ああして学んでいたのだ。

そんな聡子の目に、これまでの自分はどう映っていたのだろう。

涼夏は、行儀良くした方が良い、と常に苦笑しながら忠告してくれていた、聡子のことが思い出されていた。

あれは、そういう教えを受けていたからだったのだ。

涼夏は、知らなかったとはいえあまりにも恥ずかしくて、聡子の顔をまともに見られなくなった。

だが、いきなり避けたりしたらおかしいので、さりげない風を装って後ろを振り返ると、佐那の事が気になったのか、那都が傍まで来ていて、その後ろには迅が、そして河清、佐伊が歩いて近付いていた。

涼夏は、那都と目が合ってしまったので、扇を上げたまま言った。

「あら。あの…どうかされましたか?」

那都は、言った。

「妹は失礼を申しておりませぬか。傍におらねばならぬのに、つい他の皇子と話し込んでしもうて。」

聡子と涼夏が、立ち止って佐那と話していたので気になったのだろう。

聡子が、後ろから言った。

「いいえ、佐那殿は大変にできた皇女であられますわ。お母様のお話など、聞かせて頂いておりました。」

那都は、ホッとしたような顔をした。

「誠ですか。ならば良かった。」と、佐那を見た。「佐那、ここは宮とは違うのだからの。我が居らぬところで、ご迷惑をお掛けせぬようにな。」

佐那は、宮では撥ねっ返りなのだろうか。

涼夏は気になったが、何も言わなかった。

そのまま聡子と那都が佐那を挟んで話し始めたので、涼夏はふと、後ろに控える迅と河清、佐伊を見た。

三人ともまだとても若いが、この中で河清と佐伊は成人しているはずだった。

だが、迅も背が高い方なので、背丈だけみたらそんなに変わらない。

だが、実際は歳は100も違った。

ちょうど間の160歳になる涼夏は、言った。

「お三人は普段から仲がおよろしいのですか?初めてお会いしたのではないような。」

すると、河清が答えた。

「我ら、宮が近いので両親について行き来しておるので、幼い頃から知っております。ですが…その、我らは茶会など滅多に出ることもないので。家族で茶会はよう開きますが、このような外の宮での作法は、なのであまり。」

迅が、むっつりとしていて、二人はチラチラと迅を見ているのを見ると、どうやら迅が、作法が悪いとか言ったのではないかと思われた。

しかし、佐伊が、言った。

「だが、知らぬのなら今から学べば良いだけだと那都が言うておったではないか。今日は来ておらぬが、洋も確かいろいろ礼儀に通じておったはず。あれらの聞いて我らも学ぼう。」

(よう)とは、斉という父の友でもある王の宮の皇子だ。

そこは一人っ子で、皇女が居ないので今日は呼んでいない。

だが、斉は吉賀の妹の佐夜子を娶っているので、恐らく礼儀には通じているのだろうと思われた。

何しろ、佐夜子は嫁ぐ前は月の宮に侍女として上がっていたのだ。

最上位の宮の礼儀を知っているのだから、きっとそれなりに躾けられているのだろう。

涼夏は、頷いた。

「我も、長く母に言われても全く学べておらぬで、父に呆れられてこちらに礼儀見習いにと送られたのですわ。誠に、いくつからでも学ぶことはできると思うのです。我も、まだ祖母に教わっている最中で。此度の茶会も、腕試しをして慣れておきなさいと申されて、開いたものなのですの。」

迅が、涼夏を見た。

「主も?他と遜色なく茶を飲んでおったように見えたが。」

涼夏は、苦笑して首を振った。

「我だって、緊張しっぱなしでありました。粗相をして祖母に皆の前で叱られるのではと、ハラハラしておりましたの。那都殿や聡子、佐那殿のように自然にできるようになるのは、いつの事かとため息が出ておりましたわ。」

河清は、フッと力を抜いて微笑んだ。

「おお、主のように申し分ないように見えてもそうなのか。ならば我らも、今からでも遅くはないの。誠に、こんなことは母上もお教えくださらなかったし、茶会に行かれることもない。父上は、男は茶会になど行かずで問題ないから覚えずとも良いとか申すし。」

きっと、母は知らないし、父も教えられないからだろう。

何しろ下位の宮の中なら、まったく気軽に茶でもどうだと誘って、集まって和気あいあいと雑談しながら楽しく茶を飲むだけなのだ。

上位の宮へ行くから、こうなるだけで。

そう、自分だって下位の宮の中でわいわいやっているだけで良かったのに。

上位の宮へと嫁がねばならないとか、そんな事から礼儀見習いしなければと言われるが、今は炎嘉から、自立しなければならないと言われてしまったので、それも自分が望まなければ無いだろう。

そう、下位の宮の皇子達だって、こんなに美形。

涼夏は、思って微笑んだ。

那都に嫁ぎたいとか思わなければ、きっとちょっとぐらい礼儀に疎くても、生きては行けるのだ。

逆に、頑張り過ぎたらそのままで生涯、暮らして行かねばならないだろう。

何より、礼儀を教えてもらったら、もうできるのだから必要な時だけ使えばいいのだ。

そう、維月のように。

涼夏が、肩の力を抜くと、フフと笑った。

「…では、こちらでは礼儀にうるさい者も居らぬのですし。ほら、美代殿だって奏多殿だって佳子殿だって、あんなに楽しそうですわ。ね、奥に大きな滝と滝つぼがありますの。そちらへ参りませんか?」

三人は、興味を持ったようだった。

「誠に。参ろう。」

涼夏は、もう扇を上げるのも忘れて、久しぶりに解放された気分で庭の奥へと向かった。

迅がそれを無表情で見送っていたが、何を思っているのかは分からなかった。

その脳裏には、聡子がさっき言ったことがフッと浮かび上がったが、今は解放されたい、という気持ちだけが先走り、涼夏は夢中になって滝の場所へと駆け出して行ったのだった。

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