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106.大銀杏

わからないながら、確か結界の孔の近くだったと書いてあったと結界へ向かって歩くと、急に少し開けた場所に着いて、正面に大きな銀杏の木が立っているのが見えた。

確かにかなり大きな幹で、涼夏が知る銀杏とは全く違う姿だった。

恐る恐る近付くと、声がした。

《…ほう。珍しいな。蒼様がなにやら過去を知る者と言うておった、主がそうか?》

涼夏は、びっくりしたが、頷いた。

「ええ…涼夏といいます。」

大銀杏は、答えた。

《我は紫銀。主は知っておるのだろうの。》と、着物を着た老人が出て来た。「して?その様子では我に会いに参ったのだろう。何用ぞ。」

いや、ただ見てみたいと思っただけ。

とは、さすがに言えなかったので、涼夏は答えた。

「何か話せるかと思ったの。我は…役立たずで。」

紫銀は、眉を上げた。

「ほう。それは何ゆえ?」

涼夏は、正直に言った。

「…記憶があるから特別と言われていたけれど、これがなくなればただの罪人の娘。侍女ぐらいしかできないし、大して優秀なわけでもない。神世に影響するような事も何もない。それなのに…その記憶が、取られてしまうのだと聞いて。」

紫銀は、ふーんと髭を触った。

「…それの何が悪いのかの。主が言うのは、つまりは、生きているだけではならぬと?ならば我など、主からしたら何故に生きているのかということか?我はここに立って、ただ生きているだけ。それがならぬと?」

涼夏は、慌てて首を振った。

「違うわ!そうじゃなくて、木と神は違うでしょ?」

紫銀は首を振った。

「何が違う。生きるものは皆同じ。生きるということ、それは命の気を消費するということ。それを大地から与えられて当然としておるが、大地がそれを我らに分け与えておるのは何故だと思う。」

涼夏は、顔をしかめた。

碧黎が小説のどこかで言っていたけど、なんだったかしら。

「…ええっと…だから生きる意味があるからだったんじゃなかったかしら。」

紫銀は、ため息をついた。

「だからその生きる意味ぞ。答えを知らぬのか?人でも知っておる者が居ると聞いておるのに。主は女神であろうが。」

言われて、涼夏はムッとした。

「だから、我はそんな大層な命ではないから!」

紫銀は、フンと鼻を鳴らした。

「大層な記憶を持っておる今は特別な存在なのだと己で今言うておらなんだか?」涼夏がぐ、と黙ると、紫銀は続けた。「命は皆、学びのために生きておる。我とてそこに立って日々色々なものを見聞きしながら、そして己と向き合いながら学んでおるのだ。そうすることが、地の温情への何よりの御礼となると思うておるからぞ。主は、学ぶつもりなど全くないのだの。というか、己が生まれた意味さえ知らぬで生きておったのか。だとしたら、確かに主は生きる意味などないわ。黄泉へ参って意味を学んでから出て来るが良い。良かったの、答えが出て。ではな。」

紫銀は、スーッと銀杏の木に吸い込まれるように消えた。

涼夏は、慌てて言った。

「待って!答えは出てない、我は忘れたくないのよ!でも、理由がないって言われて、我は忘れても忘れなくても一緒だって…!」

紫銀は、面倒そうに答えた。

《我もそう思う。忘れても忘れなくても同じぞ。結局、情報と申すものはあるだけではならぬのよ。それを使える者でないと、身に過ぎたものは持つものではない。それを知っておる回りの者が困るのだ。ゆえ、忘れた方が良いと我は思う。ではな、我は己の学びで忙しい。》

使える者でないとって…!過去の記憶なんか、どう使えって言うの…!!

涼夏は、それからいくら話しても答えてくれなくなった大銀杏の前で、泣き伏した。

だが、それが見えているだろう十六夜ですら、涼夏に声を掛けては来なかった。


迅は、次の日蒼に面会を求めた。

涼夏は結局帰って来なかったが、この月の宮の領地の中で、何かある事など無いと探しに行く事もせず、とにかくは己の記憶の事だと必死だった。

涼夏の事は、確かに気にしていた。

それは、同じ記憶を持ち、一緒に黄泉から降りて来た同志だと思っていたからで、女性として想っていたとか、そんな事は全く無かった。

こんな時、薄情だと言われるかもしれないが、涼夏の事より自分の宮の事が気になって仕方がない。

あの宮が、滅ぶ未来が来ないようにと、ここ数年は頑張って来た。

それが、無駄に終わるのだけは避けたいのだ。

それも、自分のせいで。

迅は、そう思うと居ても立っても居られず、蒼からの返事が来てすぐに、宮へと急いで上がった。


蒼は、居間で待っていてくれた。

迅と話す時には、他の誰かに聞かれてはならないので、いつもこうして居間へと呼び出して、対してくれる。

蒼は、とても優しい、小説通りの王だった。

「迅。」蒼は、真顔で迅を迎えた。これは、笑顔が多い蒼にしては珍しいことだ。「座れ。」

迅は、俄かに不安になりながらも、椅子へと座った。

蒼は、続けた。

「…十六夜から聞いたよ。涼夏が聡子と話したそうだな。記憶を消さないと、生き残る事ができないって聞いたのか?」

迅は、もう聞いているのかと頷いた。

「はい。涼夏の事は我も理解できました。あれの記憶があろうとなかろうと、神世が大きく変わる事など何も無い。あれの記憶は、無い方が恐らくあれも幸せでしょう。記憶を失う事を嫌がっておりますが、あれの意見を聞いておると、己の事ばかりでありました。あれでは、意味がありませぬ。今はつらいかもしれませぬが、記憶が無くなればそれがあった事実すら忘れるので、問題ありませぬ。なので、あれの記憶を消し去ることに関しては、我は異存はありませぬ。」

蒼は、頷いた。

「だな。オレもそう思ってたんだ。十六夜が、昨日大銀杏と話してるのを聞いてたらしいが、やっぱり記憶を取ってしまって、一から学んだ方が良いんだと思う。神として普通に生きていたら、多分いろいろ今生で学ぶ事もあると思うんだ。そうして黄泉へと渡った方が、生まれた意味もあっていいと思うよ。」

迅は、驚いた顔をした。

「あれは、大銀杏の所へ?…確か、紫銀でありましたか。」

蒼は、知っているかと頷いた。

「そうだ。あれの方が余程ものを知っている言い方だったから、やっぱり前世は人だったし、まだ学びが足りてないんだなってオレも見てて思ったんだ。十六夜だけでなく、オレも月から見られる事は知ってるだろ?涼夏が結界の端へ向かったから、警戒して見てたんだよ。そのまま、大銀杏の前で泣きわめいてたから、置いておいた。多分、疲れて寝たんじゃないかな。長い事泣いてたみたいだし。」

迅は、何を話したのか知らないが、蒼がこういうぐらいだから自分の意見を押し付けていたんだろうな、と思った。

そして、言った。

「あの…我の記憶ですが。」蒼は、眉を寄せた。迅は続けた。「分かっておるのです、我の記憶も消さねばならないでしょう。ですが、今の状態では、前にも申し上げたように、我は父と和解もしておるのですし、宮へと帰るでしょう。王位に就こうと考えるはずなのです。宮が崩壊へと向けて動き出すことになる。父は、我に負い目があるので、我が戻れば我を跡目に据えるでしょう。そうなった時、昌士はどう動くか。元の流れの事もありますし、穏便には済みますまい。なので、帰るわけには行かぬのです。せめて、我の記憶は王座に昌士が就いて、後から我が戻ろうと思う環境ではなくなる時を待ってから、消してはもらえぬでしょうか。そうなれば、我もこちらに居るよりなくなり、帰ろうなどとは思わぬはずです。終生軍神として、こちらでお仕えするでしょう。どうか、蒼様。宮を案じておるのです。せっかくここまで参りましたのに、今更滅ぶ未来など見たくはありませぬ。」

蒼は、顔をしかめた。

迅の言う通りだったからだ。

涼夏は、もう年末には消してしまおうと思っていた。

碧黎も聡子も、今にも消した方が良いと言っているほどだ。

蒼も、渋っていたが昨日の様子を見て腹を決めた。

あのまま置いていたら、涼夏という命自身のためにならないと判断したのだ。

だが、迅は違う。

迅の記憶は、そのまま陸の宮の将来に直結する。

迅が言う通り、今戻ったら陸は迅に借りがあると考えているので、絶対に迅を跡目に据えるだろう。

そうなった時の、昌士の反応は蒼にも手に取るように分かった。

それでも、聡子は消すべきだと言った。

なぜなら、それが陸の宮の運命だったからで、それが選択だからだ。

だが、蒼はそこまで非情にはなれなかった。

そうだとしても、せっかくこうして収まって来たのに、わざわざ火種を作る必要などないと思っていたからだった。

「…それは、オレも思ってて。だから、碧黎様にも聡子にも、常話しては居るんだけど…あの二人は、神世全体を見て話してるから。個々人の事など、関係ないんだよ。つまりは、陸の宮は、あってもなくても神世のこれからに関係しないので、どっちでもいいって感じなんだ。それより、迅、主の頭の中の記憶の方が、何より面倒っていうか、厄介だって事だ。引き続き言ってはみる。でも、多分無理かもしれない。」

迅は、駄目なのか、と体の力が抜けるのを感じた。

駄目なのだ…下位の宮の一つぐらいが、無くなったからとどうでも良いというのか、全体の意識なのだ。

だが、迅にとってはたった一つの、生まれ育った宮なのだ。

蒼は、同情したようにこちらを見ている。

恐らく、何度も言ってくれた後なのだろう。

「…分かりました。」迅は、項垂れて言った。「ですが、どうか。蒼様、お願い致します。」

蒼は頷いたが、同情したような表情は変わらなかった。

迅は、このままでは宮は自分の手で滅ぼすことになってしまう、と、必死に考えながら、自分の屋敷へと戻って行ったのだった。

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