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101.本音

十六夜は、最近では維月が月の宮に居るので、何度も地上に降りたり、月へ戻ったりの繰り返して、少し疲れて来てボーっと地上を眺めていた。

時は深夜になり、維月も眠っていて、十六夜も暇だ。

鳥の宮の方をなんとなく見ていると、そこから、スッと小さな影が出て来るのが見えた。

それは、まだ染色前の甲冑を着た、聡子だった。

染色前なのは、恐らく甲冑の色から出所が知れないためだろう。

…まさか。

十六夜は、急に胸がどきどきとし始めて、急いで聡子をじっと見て、視線で後を追った。


すると、やはり思った通り聡子は、真っ直ぐに定満の結界を目指していた。

そして、迷う様子もなく定満の結界の穴がある辺りへと一直線に向かうと、そこから中へと侵入しようとした。

十六夜は、堪らず声を掛けた。

《…行くのか。》聡子は、ハッと構えた。《お前、それで自分も死ぬつもりかよ。》

それが十六夜なのだと分かったらしい聡子は、フッと肩の力を抜いて、頷いた。

「十六夜、これが我の責務なのよ。我は、あちらを出る時に流れを乱す定成と、そして自分をまた黄泉へと連れ戻ると決めて来たの。それを忘れて機を待つ間、我はお父様に育てられて友も居て、幸福だった。それで充分だわ。」

十六夜は、むっつりと言った。

《たった160年なのに?まだ子供じゃねぇか。》

聡子は、ため息をついた。

「分かっておるでしょう。我は人だったわ。人は百年も生きられない。それでも充分に生きたものよ。今回は160年も生きたのよ?人としてなら二倍は生きた計算になるわ。それでも子供だというの?」

十六夜は、顔をしかめられたらそうしただろう。

あいにく、今は月にいるのでそれはできなかった。

《塔矢が悲しむぞ。人でも神でも親より先に死ぬなんて。》

聡子は、寂しげな顔をした。

「お父様には感謝しているわ。でも、きっと分かってくださる。これから、桐矢も安心して世を過ごせるように、我は行くの。だからあなたは、黙って見ていて。天黎様のように。」

聡子としては、これ以上懸念を残しておきたく無いのだ。

聡子は、足を結界へと向けた。

「行くわ。黄泉の理は知っているので、我は己で死ぬことはできないの。炎嘉様は、なんだかんだ言いながら無理に我がこうしても、約束は守ってくださる。そういう方だと我は知ってる。あなたは黙って見ていて。」

聡子は、結界に入って行った。

十六夜は、黙って見送るしかなかった。


そのまま、少し時間が経過したが、特に動きはない。

聡子が定成を殺害したのなら、さっさと出て来てもおかしくはないのだが、それがない。

軍神に発見されたとしたら、大騒ぎになっているはずだったが、それもなかった。

十六夜が、やきもきしながら見ていると、聡子は、サッと定成の部屋だろうと思われる、部屋の窓から出て来て結界へと向かった。

…殺ったのか?

十六夜は、目を凝らしたが、聡子からは血の気配はせず、無事に軍神達に見咎められる事もなく、結界外へと出て来た。

中まで見たくても寝台が部屋の奥なので見られなかったので、十六夜は急いで言った。

《聡子?殺ったのか?》

聡子は、結界外を、ゆるゆると飛びながら、首を振った。

「いいえ。侍女が気取って声を掛けて来たの。他の命を巻き添えにするわけにはいかないから。定成とは、話したわ。」

聡子が淡々と語るので、十六夜は渋い声で言った。

《…話したって、だったらあいつもこれからは警戒するんじゃ。潜みづらくなるぞ。》

聡子は黙って飛びながら、むっつりと言った。

「…分かっておるわ。でも、それでも潜める自信はあるから。良いの。」

聡子は、ぶっきらぼうに答えた。

十六夜は怪訝に思った。

何しろ、聡子はここまで愛想の無いタイプではなかったが、今の聡子は面倒そうで何か他の事を考えているようだったのだ。

《なんだよ、定成に何か言われたのか。オレに当たるな。》

聡子は、それでもむっつりと黙って飛んでいる。

その方向は、鳥の宮ではないようだった。

《…待て、どこへ行く?鳥の宮はもっと西だろ。》

聡子は、ため息をついた。

「…もう、良いの。」何が良いのだと十六夜が戸惑っていると、聡子は続けた。「神世の王に任せてなんとかなることでもなかった。我はただ、定成と黄泉に行きたいだけなのよ。そうしたら、責任も取れるしこんなことは終わるわ。我は…前世の責から早く逃れたいだけなのよ。」

突き放すように言う聡子に、十六夜は焦って言った。

《炎嘉はお前が居ねぇのを知ったら探し回るぞ?!大騒ぎになる、お前が一番脅威なんだからな!戻った方がいい、見つかって連れ戻されたら、牢に繋がれるぞ!》

聡子は、それでもふらふらと鳥の宮から離れて飛んだ。

「別に。我はどこに潜めば神が見付けられないのか知っておるわ。あなたや碧黎が我の事を言わない限りはね。もう…さっさと終わらせたいのよ。炎嘉や維心に忖度していたら遅々として進まないわ。我には我の責務があるから、それを成してさっさと後始末は任せて去る事にする。嫌なのよ…我のせいでせっかく平穏に流れる事が決まっておるのにあちこち面倒になることが。」

十六夜は、その言いようにハッとした。

もしかしたら、聡子はべつに悟っているわけでも、神世を思っているわけでもないのか。

考えてみたらそうなのだ。

そもそも元は人だったし、神になっても普通の力の無い神だった。

天黎や碧黎のようにできた命なのだと思っていたが、そもそも元は人なのに、そんなに大きな命のはずがない。

だが聡子には知識があった。

なので、そうせざるを得なかったのではないか。

本当は生きたいし、普通の神なように過ごしたい。

だが、このまま責務が残る限りそれは望めない。

責務を無視して生きても、それは追って来て自分が住む神世が乱れてしまう。

結局、手を下すしかなくなる。

ならばさっさと終えて、次の生に希望を持ちたいのでは。

《お前…中身は普通の神だな?》十六夜は、言った。《もしかしたらお前も、生きて普通に生活したかったんじゃないのか。》

聡子は、ピタリと止まった。

暗い森の中で、獣の気配しかしない。

そのまま、聡子はじっと森の中で宙に浮いていたが、ふるふると震えだしたかと思うと、いきなり、空を見上げて、言った。

「…あなた達が勝手に我が大層な命みたいに思うておるのじゃない!我は、人だったのよ?!己が大事で、世の事なんてどうでも良いに決まってるじゃないの!でも、でも、我は知っておるのよ!神世が乱れたら平穏に生きてなど行けない!責務は死ぬまでついて来る!知っておるから…この聡子という生では、まともに生きる事など叶わないの!定成は、ただ生きたいだけだと言ったわ。我だってそう。でも、我は定成と共に死ぬしかないのよ!」

だから定成を殺せなかったのか。

十六夜は、それを聞いて悟った。

自分と同じ望みを持つ定成を、一思いに殺す事が聡子にはできなかった。

聡子は、地上に落ちて、泣き臥した。

そう、仕方がない…分かっていて降りて来た。自分があんなものを書き遺したからこんなことになっているから、その後始末をしなければと…。

迅と涼夏には、無理だ。

あれらには始めから未来の記憶はない。

未来の記憶があったら、死なねばならないことは聡子には分かっていた。

なので、あちらを出る時に記憶を未来にならない時点まで戻さないように頼んで出て来た…。

…どうして、来てしまったんだろう。

聡子は、泣きながら思った。

元から自分には荷が重かった。

能力的には問題ないが、精神的に未熟過ぎるのだ。

何しろ、まだ神に生まれた事もない、人だった命なのだ。

神世の父や、母や弟が愛おしい。

あれらと共に生きたい…黄泉に行って全て忘れて一から生きるなど、あれらを捨てるなどつらくてならない。

誰にも、こんなことは言えない。

言っても理解されず、反って警戒されて監禁されていただろう。

危険な思想を持つ、危険な記憶を持つ存在だと疎まれて…。

十六夜は、泣いている聡子を見下ろしながら、聡子という命を、誤解していたのだとそれで知った。

聡子も生きたいのだ…だが、それが許されない世なのだと知っている。

なので、わざと高位の存在と同じ価値観であるように振る舞い、己を律していたのだ。

《聡子…。》

十六夜には、掛ける言葉もなかった。

月は傾き始めていた。

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