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100.複雑な心境

十六夜は、気が進まなかったが月へと戻って鳥の宮を窺った。

鳥の宮では、聡子が炎嘉と話していて、割り込めそうな雰囲気ではない。

話を聞いていて、十六夜は愕然とした。

…聡子は、流れのままにして欲しかったのか。

まさか宮が滅んでも良いと思っていたとは知らなかった。

それは、聡子の意識では定成の排除が最優先なので、そのためには下位の宮の1つや二つという考えなのだろう。

それでも聡子は、迅と涼夏に黄泉から降りた過去を知る命が入っているのを知って、陸の宮を残したいと思ったようだった。

あの二人を幸福にと、思っているようだった。

だが、流れがこうなっている今、陸の宮は残っているが、定満の宮も残りそうだ。

そうなると、定成が死なない未来に向けて動き出していることになるので、聡子としては計算外だったようだった。

定成が残るぐらいなら、もとの通りが良かったのではと考え始めているのだ。

それは、聡子の立場ならそうなるだろう。

このままでは、定成が生き残る。

この流れのままに行くことを良しとしない聡子は、天黎に頼んで自分達のような異物を排除してもらいたい、と言い出した。

だが、天黎は全部聞いているはずだが答えない。

このまま行くなら、自分が定成を殺すので、一はぐれの神として自分を処刑しろ、と聡子は炎嘉に申し出た。

塔矢への影響を避けるためだった。

十六夜は、複雑だった。

全部聞いていたが、とても割り込めそうになく、たまらず視線をそこから外す。

…親父が言っていたように、定成も聡子も死ぬしかねぇのか。

十六夜が考え込んでいると、碧黎の声が言った。

《…困ったの。あれはいちいち正しいのだ。こちらが提案したいようなことを自ら提案しよる。つまり、やはり心から世を平穏に正しく直そうとしている信念を感じる。意識は我らと同じなのだ。全て知っておるのは、それで分かる。》

十六夜は、言った。

《それでも地上に生まれたのに。たまたま中身は詠み人だったが、あれは聡子っていう器なんだぞ?本来あいつは、普通に生きて普通に死ぬ運命だったんじゃねぇのか。それをあっさり殺して良いのかよ。どっかに嫁いで皇子とか産んでた未来なら、変わるぞ。それで良いのか。》

碧黎は、答えた。

《それはあれも知っておるはずよ。なのに黄泉へと言うぐらいだから、その未来と定成が生き残るリスクを天秤に掛けて、それでも定成は排除しなければと判断しておるのだろう。我とてあれに話を聞きたいが、まだその踏ん切りがつかぬ。炎嘉や志心のように、己の弱みをあれにさらけ出して腹を割って話す心地になれぬ。天黎並みにいろいろ知っておるが、天黎よりも心情というものを理解できるので、もっと深い所を理解されているのだ。そんな存在と、簡単に話したいと思うか。我にはそこまで理解されている存在と話したことなどないので、あっさり話しに参る事もできぬ。》

親父でもそれか。

十六夜は、思った。

確かに最初に会った時から、心の中を全て見通されている気がして落ち着かなかった。

なので、迅と涼夏に頼まれたが、話すこと自体が億劫で、実は聡子とはあまり接したいとは思えない。

碧黎も、同じ気持ちなのだ。

《…どうする?このまま話さず黄泉に行かせるのか?天黎はどう考えてるんだ。聡子のことは、あいつは何も言わねぇよな。このままで良いのかよ。》

すると、別の声が割り込んだ。

《…我も苦手。といえば、主らに伝わるかの?》

天黎だった。

《主も?この世界を作ったくせにか。》

碧黎が驚いたような声で言う。

天黎は答えた。

《あれは人でありながら詠み人として、ずっと他の詠み人達と同じように、己が作った想像のものだと思いながら我らの事を書き綴っていた。それが高じて先の先まで詠み続け、その世界はあやつの頭の中に鮮明に流れておっただろう。しかし、文章能力というものがあるゆえ、全て文字には興せておらぬ。しかし頭にはある。定成のように、書かれた文章を読んだだけの命より、聡子の方が余程脅威なのだ。本来は、また人として転生して全てを忘れて一から生きるはずだった命。いや、神としてでもあったかも知れぬが、全てを忘れておっただろう。それが、此度は己の遺したものを読んでそれを利用しようとしている輩を排除するため、ああして降りた。責務は世を正しく直すこと。それを乱すだろう定成を、排除する事。責務を終えたら皆、どうする?》

十六夜は、躊躇いながら答えた。

《…新たな責務が与えられるか、黄泉へ戻る?》

天黎の声は頷いた。

《その通りよ。聡子はさっさと責務をこなして黄泉へ戻ろうとしておる。そして世を乱すのは、何も定成だけではないのをあれは知っておる。》

十六夜は、気がついた。

聡子の責務は、世を正しく直すこと。

つまり自分すら排除しないと、その責務は終わらないのだ。

《…だから聡子は、黄泉へと何度も言うのか。》

天黎は答えた。

《碧黎が言う通り、あれは正しい。間違っておらぬ。我には見守るしかできぬ。己で決めて降りて参った。口出しすることはできぬ。あれが望む通り、異物としてあれらを排除することはできるが、同時に我にはできぬ。やりとうない…我だって、知らぬ事もあり、それを知りたいという欲求に未だ抗っておるのだからの。》

つまり、聡子が天黎の知りたい答えを持っているのを、天黎は知っているのだ。

聡子を殺してしまえば、もう二度と聞く事ができない。

いくら記憶は黄泉まで持って行けるとしても、聡子はもとは人であった命なのだ。

何度も記憶を保持して死ねるとは限らない。

死んだ瞬間、忘れる事まであるのだ。

黄泉を訪ねる事が可能な天黎でも、忘れた記憶を取り戻す事がどこまでできるのか。

形がないだけに、分からなかった。

神も人も、己の中にある疑問に答えてくれる誰かを、ずっと求めている。

己が決めて歩いている道を、正しいのだと肯定してもらいたいと望む。

それを与えることはしなくても、促す事を碧黎や天黎は遠巻きにしているが、己自身のことを語ってくれる誰かは、今まで存在しなかった。

だからこそ、降ってわいた稀有な存在を、天黎ですら惜しむのだろう。

《…だったら定成だけを何とかすることはできねぇか。聡子は炎嘉だってなんなら娶ってもと言ってるし、オレは…まあ、形だけなら良いけどよ。月の宮の中だったら問題ないんだろ?》

碧黎が言った。

《たかが神一人の命ぐらいなんとでもできるが、聡子を残すリスクは半端ないぞ。炎嘉は娶っても良いとかいうておるが、それをしたら神世の力関係がおかしくなる。それは聡子も分かっておる。主の形ばかりの妃になって、それで聡子は生きてどうするのだ。他の誰とも縁付く事はできぬようになるし、そもそもそんな生き方をあれは望むのか?我は…方法はないような気がするがの。》

十六夜は、困った声で言った。

《それはそうだけどよ…。》

天黎が、言った。

《…今少し様子を見ようぞ。聡子はどうするつもりなのか分からぬが…見ておると、あれなら定成を仕留めるだろう。鳥の宮ぞ。炎嘉と立ち合っておる。見よ。》

言われて、鳥の宮へと視線を移すと、さっきまで炎嘉と話していた聡子は、炎嘉に促されたのか訓練場で立ち合っていた。

その動きは、確かに炎嘉を手こずらせていて、維月にも似ておもしろい動きだった。

《…そうか、基本は塔矢が教えてるから。》十六夜は、言った。《後は記憶が戻った時点で、みんなの動きが頭にあるから、真似て動けるのか。》

碧黎が、言った。

《確かに維心ほどではないものの、似た動きをしておるし、維月のような予測できない動きもする。あれなら定成は一溜りもあるまい…やはり、あれが行くか。》

天黎は、言った。

《いや…恐らく炎嘉が許さぬから、できぬだろうの。あれは炎嘉に後を頼まねばならぬのよ。つまりは、父親の塔矢が神殺しの父だと言われないために、聡子の素性は隠し通さねばならぬ。はぐれの神として処刑しろと申しておった。炎嘉が許さぬでやると、それが成し遂げられるか分からぬからな。このまま、しばらくは膠着状態が続くだろう。だが、落ち着いたら…炎嘉も、維心にこれを言わぬわけにはいかぬようになろうな。》

流れは変わる。

陸は目を覚まし、定満は定弥を定成と共に教育し直している。

そちらへ向けて、順調に流れ始めたということだろうか。

十六夜は、地上を見つめながら、これからの事が気になって仕方がなかった。

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