10.明るい兆し
茶会の席では、祖母の咲奈に絶対に恥をかかせてはいけないと、涼夏は必死だった。
上位の宮での付き合いは、茶会が多いようなので、これを完璧にこなせるようにならないと、社交もままならない。
他の宮の皇女や妃達と仲良くすることは、とても大事なことなのだ。
それを考えて、こうして幼い皇女達のお遊びのような茶会に、親達も行かせてみようと思ったのたろう。
ついでに皇子達も行かせて場に慣れさせようとしたのは、今回の面子を見て分かった。
祖母は、孫と同じ年頃の子達に囲まれて、今日はニコニコと微笑んでいた。
「皆様、お待たせ致しました。」
スッと那都が立ち上がり、佐那も立ち上がった。
それを見た他の皇子皇女達も、急いで立ち上がる。
ここではこの上から三番目の宮の、王妃である祖母が一番に身分が高いからだろう。
また綺麗に頭を下げる那都を見て、祖母はますます機嫌良く言った。
「そのようにかしこまる事はないのですよ。本日は皆で和やかに語らい合おうとお呼びしたのですから。」
もちろん、言葉通りではない。
那都が、言った。
「高貴なかたとご同席させて頂くのですから。母から、咲奈様は大変な貴婦人であられるので、失礼のないようにと申し付けられております。」
ほんとに100歳なの?
涼夏は、自然にそんなことが言える那都に、内心思っていた。
何しろ、神世の100歳とは、人世の10歳なのだ。
ちなみに涼夏は、160歳だった。
つまり、小学生と高校生の違いがあるのだ。
祖母は、感心したように言った。
「お座りになって。」そして、皆が座るのを見てから、那都に言った。「那海様とは、お会いしたことがないと思うておりましたが、我のことをご存知であるのですか?」
那都は、頷いた。
「はい。母上は、こちらからのお誘いがありました時に、我らだけで失礼があってはと、お里が同じであられる龍王妃様にお問い合わせくださいました。龍王妃様から、茶会の席でご同席したことがあると申されて、龍の宮の茶会に上がられるかたなので、我らにもしっかりせねばとおっしゃられて。妹はこのように幼いので、我が同行しました次第です。」
まるで成人している神と話しているようだ。
しかし確かに、那都の姿はもう、かなり育っていた。
とても100歳には見えないのだ。
祖母は、目を潤ませた。
「まあ…龍王妃様は我を憶えておってくださったのですね。」と、茶が配られるのを見ながら、言った。「それにしても、那都殿には100歳だとお聞きしておるのに、お姿がもうそのようにご立派なのに驚きましたわ。もう成人も間近な神のようにお見受け致します。」
那都は、それには苦笑した。
「は。常回りにはそのように。母が申すには、月の眷属の命がそうさせるのだろうと。大きくなりたいと望み、内面を育てれば自然姿が育つのだとか。我にも己のことなのによう分かっておりませぬ。」
つまり那都は、必死に学んでいるのだろう。
なので内面が育ち、それに合わせて体が大きくなっているのだ。
会話していても、そういったことが透けて見えた。
茶を配り終えて、祖母は茶碗を持ち上げた。
「いただきましょうか。茶菓子も準備させましたので、ご遠慮なく召し上がってくださいませ。」
祖母は、茶に口をつけた。
涼夏は、さあここで訓練の成果を出さねばと、背筋を伸ばして、自然に見えるように、力が入っていると思われないように、気をつけて茶碗を手に取った。
そうして、茶を口に含んだが、正直味など、ほとんど分からなかった。
龍の宮から取り寄せたと祖父の高峰は言っていたが、もったいないことに緊張し過ぎて何が何やら分からなかったのだ。
ふと見ると、迅が怖いほど鋭い目で那都を見ている。
何を睨んでいるのだろう、と思ったが、那都が非の打ち所のない所作で茶を飲むのを見てから、おずおずと茶碗に手を伸ばした。
…もしかしたら、真似ようとしている?
涼夏は、じっと迅を観察した。
迅は、慎重に那都そっくりの動きをして、茶を口に含んだ。
他はというと、佳子は背を丸めているし、美代は両手で茶碗を持っているし、奏多は茶を啜り、盛大な音を立てている。
聡子は完璧に自然に茶を飲んでいたが、それよりも佐那だった。
まだ100歳にも満たない幼い皇女が、それは自然に美しく茶を飲んでいるのだ。
その姿に、祖母は間違っていなかったと涼夏は思った。
幼い頃からやっていた方が楽にできることはもちろん、こうして茶を飲む仕草一つでその宮の教育が、つまりは品格が透けて見える。
迅が、ソッと小声で隣りの奏多に注意した。
「奏多。そのように音を立ててはならぬ。もっと背筋を伸ばして、行儀良くせぬか。」
奏多は、プウッと頬を膨らませた。
「なぜに?お兄様こそ、なぜそんなに気取っていらっしゃるのですか。」
迅が眉を寄せてさらに咎めようとしていると、祖母が言った。
「迅殿はお若いのに大変に妹思いで賢しいかただこと。できる者ができない者にお教えするのは良いことだと思いますよ。」
つまり迅は間違っていない、あなたがおかしいのだと祖母は言い放ったことになる。
もちろんこれが涼夏だったらもっとダイレクトに言われただろうが、さすがに余所の皇女なので、遠回しだった。
だが、涼夏は凍り付いた…奏多が、茶会を飛び出して行ったりしたらどうしよう。
聡子も涼夏の横で固まっていたが、奏多は幸いにも意味が分からなかったようで、きょとんとしているだけだった。
涼夏は、慌てて言った。
「お祖母様、茶菓子をお勧め致しましょう。昔龍の宮で戴いたものを、侍女をやって作り方をお教え頂いたとおっしゃっておられましたわね。」
祖母は、そうだったと微笑んだ。
「ああ、そうだったわね。」と、ふんわりとした生地のそれを手に取った。「パウンドケーキと申すそうで、龍王妃様が振る舞ってくださいましたの。それはおいしくて…侍女を寄越してくださればと申してくださったのに甘えて、我の侍女に作り方を覚えさせたのです。どうぞ召し上がって。」
維月は人世から来たので、今も人世の菓子を作っては皆に振る舞い、侍女にも教えて定期的に食べるのは読んで知っていた。
神世でそれは珍しく、上位の宮では皆、龍の宮に侍女を送って作り方を学ばせ、宮でも味わう。
祖母は、それはおいしそうにパウンドケーキを食べた。
佐那が、嬉しそうに言った。
「まあ!」と、那都を見た。「お母様が作ってくださるのと同じですわ、お兄様。」
那海も作るのか。
涼夏は、驚いた。
だが、思えば維月と近い命なのだから、子達のためにいくらでも学んで作っただろうと思われた。
那都は、頷いて妹の皿にケーキを取ってやった。
「さあ、楊枝を。母上がおっしゃったことは忘れていまいな?」
何を言われたのだろう。
涼夏は思ったが、佐那は頷いた。
「はい。口一杯頬張ったり致しませぬ。」
まだ子供だものね。
涼夏は、思いながら楊枝で綺麗に切って、ひと欠片口にした。
懐かしい、人世の味だ。
パウンドケーキよりおいしいものを食べていたはずだったが、今この瞬間はパウンドケーキが一位だった。
ここでも、迅はジーッと那都を観察している。
睨んでいるようだが、あれは一挙手一投足を見逃さないための目だ。
何しろ迅は、目が元々鋭いのでそれは鬼気迫る様子だった。
那都は、気付いて居心地悪そうだったが、ここは無視だと思ったようで黙ってパウンドケーキを食べた。
迅は、それを見てから全く同じ動きで寸分違わず美しい所作で、パウンドケーキを食べることに成功していた。
あれでは、とても味などわからないだろう。
涼夏は、迅の気持ちが分かる気がした。
その他思った通り、聡子の他の者達の動きは前の涼夏だった。
子供だから良いと言われてそうだと自分でも思っていたが、確かにそれは酷い。
場にそぐわないというか、場を乱してしまっているように見える。
そんなつもりはないのだろうに。
涼夏は、無知の罪をそれで知った。
母がこの宮で学んで来いというのも、道理だったのだ。
嫁いだ先であんな風にしていたら、それは王だって呆れてしまうだろう。
涼夏は、これまで父や祖父に甘やかされて、それで良いのだと思っていた自分に激しく後悔していたのだった。




