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別れ


教会のトップである枢機卿は青い髪の落ち着いた麗人で、しかも女性だ。


敬虔な信者でもある枢機卿はアリソンにとって心を許すことが出来る数少ない大人の一人だった。


「アリソン嬢、お入りください」


枢機卿の執務室に案内してくれるのは大抵フレヤ・シャープ大司教だ。


輝くような美貌と長く艶やかな黒髪が特徴のフレヤは、典礼秘蹟省と呼ばれる典礼や秘蹟を所轄する機関の長官を務めている。枢機卿の右腕とも称される女性だ。


この世界では教会の中枢の半分以上が女性で占められている。前世のカソリック教会では考えられない事態だ。


これはこの世界の祖神が銀髪の女神であったという伝説のせいなのかもしれない。


この国では全体的に男性が政治、女性が祭祀を司る傾向がある。


とは言っても、フレヤは黒髪のために見えないところでの誹謗中傷はあると思うのだが、枢機卿はその権威でもって誰にも文句を言わせていない・・ようだ。


そのおかげで黒髪のニックの存在が容易に教会で受け入れられたのかもしれない。そう思うと感謝の気持ちが自然と湧いてくる。


(髪色なんて関係ないもんね!ニックもいずれフレヤ様みたいに人々から尊敬されるようになるわ!)


微笑むフレヤに軽く会釈をするとアリソンは枢機卿ローガンの執務室に入室した。


ローガンは彼女の修道院に入りたいという願いを一番理解している人物である。


「アリソンの気持ちは理解しています。国王陛下にもあなたの要望を幾度となく伝えているのですよ」


枢機卿のローガンは穏やかな口調でアリソンに語りかけた。長い睫毛が微かに影を作る。


「『銀髪の乙女』は存在するだけで魔物を祓う力がある。辺境の修道院で生活をしても民衆を魔から守ることが出来るのです。あなたが誰とも交わることなく生涯を終えても問題ありません。あなたの存在自体が民衆にとって助けになるでしょう」


そう言われて、交配相手を選ばないことが自分勝手な行為ではないかと心配していたアリソンは心から安堵した。


ローガンは優しく頷いた。


「ですから、修道女として神に仕える生涯を送れるよう国王陛下に奏上し続けますよ。あなたの願いを無視してその力を手に入れたいという人間は、私利私欲に囚われていると思います」


「そうでしょうか?」


「あなたがもたらす力を手に入れるためには、あなたが心から愛して身を許さなければなりません。無理矢理あなたを奪っても望む力は手に入らないのです。それは国王陛下にも何度も説明しているのですが・・・」


「残念ながら、私が誰かを愛して身を委ねるなんてことは一生起こらないと思います」


アリソンは前世で襲われそうになった経験を思い出して、身震いをした。



**



枢機卿が力を尽くしてくれたおかげで十歳になった時、アリソンは国王から修道院に入る許可を得ることができた。


彼女にとって『嬉しい』というよりは安堵の気持ちの方が大きかったし、お世話になった教会の人たちや仲良くなったニックやアランと別れることは悲しかった。


しかし、普通の人生を歩む自信はなかった。自分に恋愛ができるとは思えないし、銀色の髪のせいで周囲が放っておいてくれるとも思えなかった。


修道院に入ることが決まり、アランとリズは別れを惜しんでくれた。


「本当に行っちゃうのかよ!」


とアランに責められたこともある。


一方、ニックは完全にへそを曲げ、アリソンを避け続けた。


彼女が教会に来ても姿を現さないニックにアリソンの胸はズキリと痛んだ。


ニックと仲直りできないまま修道院に入る日となり、アリソンは王宮や教会の生活に別れを告げた。


お別れの時には、枢機卿を始めアランやリズ、侍女、護衛騎士、教会の神官、信者が大勢で見送ってくれた。


しかし、涙をポロポロ溢しながらお別れと感謝を述べるアリソンの視界にニックの姿は見つからなかった。



*****



戒律が厳しい修道院での生活は甘いものではなかった。


清貧を絵に描いたような環境で、朝から晩まで労働と祈りを捧げることしかない生活だったが、心の平穏は保たれる。もちろん、外界との接触は一切ない。家族や友人と手紙でやり取りすることも許されず、修道女の中には親の葬式にも出席できない人がいた。


ただ、枢機卿は魔法学院に通わない代わりに、女性の家庭教師を派遣してくれたので、学校に通わずとも勉強を続け、魔法の腕を磨くことができた。


おかげで既に魔法学院卒業と同等の知識と技術を身につけたと家庭教師から太鼓判を押されている。




しかし、彼女が十七歳になる頃、突然国王の勅命が届けられた。


最終学年となる一年間、魔法学院に通うことを命じるものだった。


国王の勅命を小娘の我儘で覆せるわけがない。結局、言われるがままに俗世に舞い戻ることとなり、冒頭の場面が起こったのだった。


(なぜ突然国王陛下は気を変えたのかしら?)


アリソンの疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。


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