白の攻略対象 アラン・ランカスター
ある朝、いつものようにアリソンとニックが教会で働いていると入口のところで何か揉めているような声が聞こえた。
「様子を見てまいります」
リズが機敏な動きでエントランスに向かう。
しばらくして彼女が戻ってきた時にはなんと白い髪の王太子アランが一緒だった。
以前の傲慢な態度とはまったく違う不安そうな表情のアランは、アリソンの顔を見てビクッとした。
(ああ、ビビらせてしまったからなぁ。子供相手に悪かったな・・・)
アリソンは反省したが、極力関係を断ち切りたいという気持ちは変わらない。
(何故わざわざ戻ってきたのだろう?)
「・・・俺も教会の手伝いに来た!」
躊躇するように俯いていた王太子は、足をグッと地面に押しつけると拳を握りしめてそう宣言した。
「へ?」
「父上にも叱られたが、だから来たわけじゃない。自分の意思で謝りにきたんだ。俺は悪いことをした。すまなかった」
白髪の王太子はペコリとお辞儀をした。その態度は素直で潔い。
「俺は王太子だから今まで誰からも叱られたことがなかった。君に叱られて、初めて父上からも叱責を受けた。そして、男同士の真剣な話し合いができたんだ。・・・すごく嬉しかった。悪いことをしたら叱ってくれる人がいるのは感謝すべきだと父上からも言われた」
アランはニコリとアリソンに微笑みかけた。悔しいが非常に魅力的な笑顔だった。
「だから俺にも手伝わせて欲しい」
・・・それを拒否する言葉をアリソンは見つけることができなかった。
「それに俺の弟がここに居るって聞いたんだ。初対面だがよろしくな!」
そう言ってアランはニックにも笑いかけた。
ニックは茫然としていたが、ハッと我に返ると慌ててお辞儀をした。
「あ、は、はははじめまして、殿下・・・」
「おい!それを言うならお前も殿下だろう?侍従たちから話を聞いたんだ。俺もここで一緒に働くぞ。お前は俺の弟だ。敬語も必要ない」
「で、でも、僕は黒髪で・・・」
「髪の色がなんだ!?くだらない。俺はそんなの気にしない。お前は俺の大事な弟だ!」
(意外・・・アランはいい子だ・・・)
感動して目を潤ませるニックの表情を見てアリソンは嬉しくなった。
**
王太子のアランは教会で熱心に働くようになり、神官や信者からの評判も高まった。
三人の美幼児が奉仕する教会として信者の数は増え続け、彼ら目当てに来る人もいるくらいだった。
賛辞を受けることが多い三人組だったが彼らは決して慢心せず、教会の仕事だけでなく勉強や剣術も一緒に習い、互いに切磋琢磨する充実した日々を過ごしていた。
(一生子供のままだったら、こんな風に毎日平和に過ごすことができるだろうに。なんで大人にならなきゃいけないんだろう)
アリソンは深く溜息をついた。
ある日、三人がいつものように掃除をしていると教会の扉が開いて背の高い影が現れた。
アリソンが顔を上げると、世界中の美を集めたと言ってもいいくらいの端整な面差しが目に入った。
年の頃は二十代前半くらいだろうか?
真っ白な髪に切れ長の金色の瞳。豪奢な金糸で刺繍の施された漆黒の騎士服を纏っている。
その場の人間すべてが彼の美貌に魅せられたといっても過言ではない。
息を呑むほど神々しい彼の顔が微笑みで緩む。それがまた魅力的だとアリソンは内心ドキドキが止まらなかった。
こんなに美しい人は今まで見たことがない。
アランもニックもずば抜けた美少年だが、大人として完全に整った美貌にアリソンは圧倒されていた。
そんなアリソンを見てニックはふくれっ面になるが、アランは嬉しそうに
「叔父上っ!!!」
とその男性に飛びついた。
彼の名はノア・ランカスター。国王の年の離れた弟で、現在は近衛騎士団の団長だという。
「叔父上はものすごっく強いんだ!誰にも負けない!史上最強の騎士なんだ!魔物だって一振りでやっつけちゃうんだぞ!」
アランのドヤ顔が可愛い。きっと大好きな自慢の叔父さんなんだろうな、とアリソンは微笑ましく思った。
「騎士団っ!?」
ニックも騎士団と聞いて手を握りしめて興奮する。
「叔父上。ニックは騎士になりたいんだ!」
というアランの言葉にノアはニッコリと微笑んだ。
「ニック。初めまして、だね?君の話を聞いて、是非会いたいと思っていたよ。騎士団に興味があるなら、一度遊びにおいで。案内するよ」
声までイケボなノアに、ニックは顔を赤くしてコクコクと頷いた。
「そして、アリソン嬢だね?初めまして。お会いできて光栄です」
と膝を折るが、決してアリソンに触れようとしないノアに彼女は好感を持った。
騎士はこういう時に女性の手を取るようなことをしがちだから。
その後、ニックは本当にノアに弟子入りして剣技の才能が開花したと評判になった。
平和に日々が過ぎていく中、依然としてニックとアリソンは目立つことが苦手だった。信者が多く集まり過ぎると隠れていることもある。
そんな時はアランが渉外役を一手に引き受けていた。
さすが王太子だけあって彼は社交に優れ、信者や神官からの信頼も厚い。
ただ、アランは空気を読みすぎて人の期待に応えようとする余り、トラブルに巻き込まれることもあった。
ほとんどが女がらみのトラブルで(幼児なのに)、彼の愛情を奪い合う女児たちの仁義なき戦いぶりを見るにつれてアリソンの恋愛アレルギーはますます悪化しつつあった。
「・・・女って怖いな」
ポツンとアランが呟く。
「モテるんだから仕方ないわね。アランが女の子みんなにいい顔をするのが悪いのよ。誰か一人に決めればいいのに」
「・・・父上から婚約者の打診は受けているんだ」
「あら、良かったじゃない?」
アランは深く溜息をついた。
「アンジェラ・ポートマン公爵令嬢って知ってるか?すごく我儘で・・・気が強いし、正直気が進まないんだ」
「・・・気が進まないなら断ったら?」
「俺はアリーに振られてるし、あまり選り好みできない立場なんだよな。王太子の婚約なんて結局政治的なバランスで決められるもんだしな」
アンジェラ・ポートマン公爵令嬢と聞いてアリソンはピンときた。
(ああ、思い出した。彼女は『カラー・ソワレ』の悪役令嬢だ!)
王太子は悪役令嬢のアンジェラ・ポートマン公爵令嬢と婚約している設定だった。
(赤い髪にキツめの美貌。抜群のスタイルだったけどヒロインに嫉妬して虐めまくる役割だったなぁ。私は彼女にいじめられるのかぁ。もちろん、私が学院に通えば、の話だけど)
アリソンは魔法学院入学前に修道院に入ることを目論んでいる。
今でも枢機卿に面会しては、修道院に入り生涯を神に捧げたいと訴えて続けているのだ。
(私がいなければアンジェラは悪役令嬢にならずにすむ)
ゲームでは当然のようにアンジェラとの婚約破棄、断罪イベントが用意されている。
(私が修道院に入れば、それも避けられる。アンジェラだって辛い思いをせずにすむわ)
「ねぇ、アラン。アンジェラが我儘だと思うなら指摘してあげたらいいんじゃない?公爵令嬢なんて誰も注意しないでしょ?自分で気づかないうちに我儘になってるとしたら、それを指摘してあげるのが親切ってものよ。それで仲良くなれたらいいじゃない?」
(アランと良好な関係を築いてくれたらアランがヒロインに手を出す可能性も低くなるからね!)
「・・・そうか?」
アランが驚いたように目を瞬かせた。