出会い
アリソンの生活は王宮と教会の往復だけで成り立っている。
さらに王宮と教会はほぼ隣同士と言ってもいいくらい近くにあるため、彼女の行動範囲は驚くほど狭い。
しかし、その方が心安らかに生活できると彼女は満足していた。
王太子が乗り込んできたイレギュラーな出来事の後、国王から丁重な謝罪の手紙が届いた。
アリソンは返事を書くべきか迷ったが、下手に返事をしてあの王太子の婚約者にでもされたら困るので無視することに決めた。
ある日教会に向かう途中、アリソンは道端に黒いボロキレの塊のような物体が転がっているのに気がついた。
その物体が僅かに動いたような気がしてよく見るとそれは小さな子供だった。
アリソンは慌ててその子を抱き起す。
黒い髪の痩せこけた男の子で、辛うじて生きてはいるが相当衰弱している。
「・・・アリソンさま。そんな汚らしい子供に触れない方がいいっすよ」
護衛騎士の面倒くさそうな態度に、アリソンは猛烈に腹を立てた。
「なに言ってるの!?この状況で見捨てられるわけないでしょう!?この子の命がかかっているのよ!」
と怒鳴りつけると、紫の髪色の騎士は
「でも、その子は黒髪でしょう?役立たずの黒髪だからきっと親に捨てられたんすよ。生きてても無駄だし。放っておけば勝手に死にますよ。あ、でも死体の片付けは面倒だな」
と平然と宣った。
怒髪天を突く、というのはこういうことを言うのだろう。彼女は怒りのあまり思わずキツイ言葉を投げてしまった。
「・・・ふざけないで。万人の命は等しく重要であるべきです。あなたのような人に守られたくありません。二度と私の前に姿を見せないで」
「え!?は?そんな!?アリソン様?」
アリソンは騎士を無視して、全身の力でその子を抱えて教会まで歩いた。
その少年は彼女と同じ年くらいだが瘦せ細っていて、五歳児のアリソンでも必死になれば運べることが恐ろしかった。
(どうか・・・頑張って。絶対に助けるから)
どうにか教会の入口まで辿り着くと驚いた大人たちが駆け寄ってきて、心配そうにその子の介抱を始める。
(良かった、あんな紫髪の騎士のような奴ばかりではないわね。それに枢機卿猊下の側近には黒髪の方もいたはず。やっぱり教会が一番信用できるわ!)
アリソンは安堵に息を吐いた。
アリソンは彼に水を飲ませようとするが幼児なのでなかなかうまくいかない。
水がこぼれて顔にかかると男児は一瞬意識を取り戻したようで、震える手で水筒を奪いゴクッゴクッと水を飲み干した。
はぁーっと大きな息をついた後、その子はまた意識を失った。
アリソンが心配でオロオロしていると神官の一人が
「大丈夫ですよ。眠っているだけだと思います。良いことをしましたね。神はお悦びでしょう」
と優しく彼女の頭を撫でた。
教会の神官は医療の心得もあるので男児の診察をしてくれた。予想通り体中が痣だらけで暴行を加えられた痕跡があるという。また、栄養不足と疲労困憊のせいでとにかく休息が必要だという診断だ。
アリソンは出来たらその子供についていたかったが、時間がきたらすぐに王宮に追い返された。
(あの子は大丈夫かしら?)
前世で虐待されて殺された子供達のニュースが脳裏をよぎる。
(弱いものにしわ寄せがいくのはどこの世界でも同じなのかもしれない。きれいごとかもしれないけど、子供には安全な環境で健やかに育ってほしい)
**
その日、アリソンが紫髪の護衛騎士を解雇したので、代わりに青い髪で目元涼やかな女性騎士がやってきた。
見覚えがあると思っていたら、王太子が乗り込んで来た時に会った美貌の騎士だった。
「リズと申します。アリソン様にお仕えする栄誉に心から感謝します」
とリズは優雅に跪いた。
翌日教会に行くと、その少年は意識を取り戻し起きられるようになっていた。
身体も清めてもらったのだろう。清潔な服を着て普通の恰好をしている彼の顔を見てアリソンは少し緊張した。
・・・こんな美少年だったなんて。
長い艶やかな黒髪が顔にかかり翳を作っているが、その隙間から覗く黒曜石のように光る瞳にはまだあどけなさが残っている。スッとした鼻梁の整った顔貌にふっくらとした頬。あどけなさと凛々しさが混在する複雑な美しさだ。
美少年は
「あ・・・」
とアリソンを見つめた。
「目が覚めたのね。良かったわ!」
アリソンが笑いかけると彼は眩しそうに目をパチパチさせる。
彼女は気がついていないが、少年も助けてくれた少女の愛らしさに目を瞠ったのだ。
「あの・・・俺を助けて下さったと聞きました。ありがとうございます」
「いいえ。私は何もしていないわ。教会の方が助けて下さったの。神のご加護です」
少年は感極まったように頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。命の恩人です。こんな・・黒髪の俺に・・・」
アリソンはいまだに紫髪の騎士が言ったことに腹を立てていたので、少年の言葉を遮った。
「あのね!私は黒髪が大好きよ!私が知っている国ではね。緑なす黒髪っていう言葉があるの。艶々した瑞々しい黒髪を褒める言葉よ。そもそも髪の色で人間の価値が決まるなんてホントバカげた考え方だと思うわ!くっだらない!」
彼女が力を込めて断言すると少年の双眸に涙が盛りあがった。そこからポロポロと涙が零れ落ちる。
(涙まで綺麗な宝石のようだわ)
「泣かないで。もう大丈夫だから。私が守ってあげる」
そう言いながらアリソンがハンカチを渡すと彼は何度も頷きながら、ハンカチに顔を埋めるようにして泣き続けた。