ノア・ランカスター
ドーン、ドーン、ドーン!
アリソンがファーストキスの余韻に浸っていると、花火があがり始めた。
暗闇の中、次々と大輪の花が咲く。
ジンルから打ち上げられる花火は魔法で拡大されるので、夜空一杯に鮮やかな花火が広がっている。
「綺麗ね・・・」
「ああ。でも、アリーの方が綺麗だけど」
「全然花火見てないじゃない!」
「花火を見てるアリーを見ていたい」
「んもう!」
単にカップルがイチャイチャラブラブしているだけの構図だが、次の瞬間に二人の背筋が凍りついた。
突然夜空に恐ろしい悲鳴が響き渡ったのだ。
「・・・・・ああっ、止めろっ!止めてくれっ!」
花火と一緒に拡声されてしまったのだろうかとアリソンは考えた。
でも、声の主はすぐに分かる。
「・・・・叔父上?」
苦しそうな声でニックが呟いた。
***
アリソンとニックはすぐに王宮に向かった。
王宮が騒然としているのも無理はない。
もう半年以上姿を見せなかった王弟ノアの苦痛に満ちた叫び声が島中に響き渡ったのだから当然だ。
国王とアランはノアがどこで何をしているか知っているはずだ。
二人が必死にアランの姿を探し回っているとニックが誰かを見つけたらしい。
「おい!陛下とアランに至急話があるんだ!」
国王付きの侍従らしい。彼は安心したように表情を緩めると
「ニコラス殿下!良かった。陛下も殿下とアリソン様とお話しがしたいと仰って、お探ししていました」
と言った。
二人が国王の執務室に案内されると、顔面蒼白な国王とアランが迎えてくれた。
「ニック、アリー・・・。良かった。心配しているだろうと思って事情を説明したかったんだ。その上で今後の対策を相談したい」
そう言ってアランが語り始めた・・・。
+++
それはアランが魔法学院二年生の最終日のことだった。
突然国王から話があると呼び出されたアランは、いつものように国王の執務室に入って絶句した。
そこには国王と叔父であるノアの姿があった。騎士服を颯爽となびかせるノアは王宮中の憧れの美丈夫だ。
しかし、いつも冷静なノアの顔色が酷く悪い。憔悴しきった表情は初めて目にするものだった。
「アラン。いいか。これは極秘の話になる。絶対に他言するな」
国王の深刻な口調に嫌でも緊張が高まる。
「分かりました。絶対に秘密は守ります」
「ありがとう。アラン」
ノアはそう言うと自分の頭に手を当てた。
スルッと髪が外れた・・・いや、カツラだ。
アランが驚愕したのはノアの白い髪がカツラだったからではない。その下から出てきた髪色が銀色に輝いていたからだ。
「・・・・お、おおおじうえ?叔父上の髪は昔から銀色だったのですか!?」
「アラン。驚くのも無理はない。違うんだ。今朝、目を覚ましたら髪の毛が銀色に変わっていた。周囲を驚かせたくなかったので布で頭を巻いてとりあえずカツラを買いに行った。何故こうなったのか全く分からないんだ」
さすがのノアも予想だにしない事態に混乱しているようだ。
「・・・突然髪色が変わるなんてあり得るのでしょうか?」
呆然と尋ねるアランに国王が
「分からん。文献には残っていない。しかも、銀髪の乙女と同じ時代に銀髪の男が現れるなんて前代未聞だ」
と深く溜息をついた。
「兄上。確かに前代未聞です。だからこれは時代が変わるという兆しなのだと思います」
ノアが断言すると国王は溜息をつきながら首肯した。
「父上、叔父上。どういうことですか?」
話が見えないアランが尋ねる。
「アラン。お前にはまだ話していなかったが、儂は鎖国政策を転換させるつもりだ」
「父上っ!?」
アランはパニックに陥ったがノアは驚いていない。恐らくこの二人の間では既に議論されてきたことなのだろう。
「国を開き、他国のことを知るようになれば黒髪に対する差別も少しは軽くなるだろう。フレヤが何度も嘆願に来たが、彼女の言うことにも一理ある。外国との交流を深め、貿易を促進することで得られることは多いはずだ」
「父上の仰ることは尤もです。しかし、そうしたら髪色の保持が難しくなります。魔物を退治するためにも魔力を維持することが重要なのではないですか?」
アランの疑問に国王は
「その通りだ。だが、儂はジンルにある異世界への扉を永久に閉じようと思っている」
と答えた。
アランは愕然として立ちすくんだ。
始祖の女神ジュルングルの遺言は『決して扉を閉じてはいけない』ということである。
生き残った同胞がこの世界に逃げて来られるように必ず扉は開けておくようにというのが彼女の子孫への願いだった。
「・・・始祖の遺言を違えるのですか?」
咎めるようなアランの口調にノアが口を挟んだ。
「アラン。確かに過去にはあの扉から逃げてきた同胞たちがいたと文献に残されている。しかし、それは大昔の話だ。・・・まだ生き残りがいると思うか?」
「それはそうかもしれませんが・・・万が一・・・」
「だから、俺が異世界に行って生存者がいないかどうか確かめて来るつもりだ」
「叔父上がっ!?どういうことですかっ!?」
実はフィッツモーリス帝国の皇帝ジェイデンと開国の可能性について水面下で協議が行われていた。
ジェイデンが出した条件はジンルの扉を閉じること。
扉を閉じて魔物の脅威が無くなったと確認された後に、今後の国交に関する協議と締約の改正が行われる約束になっている。
「俺が決死隊を率いて異世界に行く予定だったんだ。思いがけなく俺の髪が銀色に変わった。銀髪の乙女と同じように魔物を寄せつけない効果があるのならもってこいだ。そういう運命だったんだろう」
軽い口調のノアだがその背後にある緊張をアランは感じ取った。
「叔父上。危険です。いくら叔父上が最強の騎士だとしても・・・心配です」
「ああ、陛下にもそう言って反対された」
「無論だ。異母弟といっても儂にとっては大切な弟だからな。失いたくない」
国王の口調がしんみりとする。
それを聞いてノアの目が潤んだ。
「兄上。どうか俺を使って下さい。この世界のために扉を閉じた方がいいのは明らかです。髪色の差別がなくなれば、ニックのような犠牲者を出さなくて済む!」
***
ノアの強い意思に押し切られる形で密かに異世界への決死隊が結成されることとなった。
近衛騎士団の中でも優秀で口の堅い騎士を選抜した精鋭部隊はノアと共にジンルの扉を通って異世界に行き、生存者が居たら連れ帰ることが任務だ。
しかし、異世界の扉を通った瞬間、魔物たちが一斉に部隊に襲いかかった。
魔法で討伐するものの魔物の数が多すぎて対応しきれない。
結局ノア以外の騎士たちは全員瀕死の重傷を負い、戻って来ざるを得なかった。
魔物はノアだけは決して襲わなかったという。
その結果、ノアは一人で行くことを宣言した。
国王やアランがどれだけ止めても無駄だった。
ノアはひっそりと独りで異世界に旅立って行った。
「大丈夫だ。銀髪は魔物に襲われない。食料も数か月は問題ないくらい持ち込んだ。たまに扉の近くに美味いモンでも差し入れてくれると有難いけどな」
別れ際にノアがそう言ってニッと笑ったのをアランはよく覚えている。
その後、ノアからの連絡が途絶えた。
国王は何度か部隊を送りノアの安否を探ろうとしたが、あっという間に魔物たちに襲われ、捜索は難航した。
せめてもと食料や水を異世界に残して逃げるのが精いっぱいだった。
国王もアランもノア救出のために何も出来ないことに焦り、心を痛めていた。
そんな中、降臨祭の最中にノアの絶叫が響き渡ったのだ。
花火はジンルの異世界への扉を開けて行われる。
同胞にここに逃げて来いと合図するための花火から始まった伝統行事だからだ。
そして、今夜その扉の中からノアの叫び声が聞こえてきた。
アリソンは、苦痛に満ちた絶叫を思い出すだけで胸が苦しくなった。
ノアが生きていることは分かったが、何か危険に巻き込まれていることは間違いない。
「陛下、アラン、どうか私を異世界に行かせて下さい。ノア様を探して、連れて帰ります!」
アリソンの凛とした声音に国王はホッと安堵したようだった。
「本当に申し訳ない。実はそれを頼みたいと思っていた。帝国での出来事を聞いた。魔物はアリソンの言うことは聞くようだ。アーロン騎士団長代行と騎士の精鋭たちで部隊を作り、一緒に派遣する予定だ」
「父上!俺も部隊に入れて下さい!必ず叔父上を救出します」
ニックの声は決意に満ちている。
「そうか、頼んだぞ。ニック。アリソンも、必ず戻って来い。儂にとっては全員大切な家族だ」
という国王の言葉にニックとアリソンは力強く頷いた。