ファーストキス
怒り狂ったニックたちに連れられて、アリソンはランカスター王国に戻ってきた。
アランたちが懸命に治癒魔法を掛けてくれたおかげで傷は全く残っていないが、とにかく衰弱している。体力が戻るまで時間がかかると侍医からも言われ、王宮で静養することになった。
しかし、王宮に滞在し至れり尽くせりの毎日を送っていると、次第に申し訳ない気持ちになってくる。
体力も順調に回復し、ベッドでずっと横になっているのも退屈だなぁ、と感じ始めた頃、事の顛末を説明してもらった。
***
エイドリアンとチャーリーは帝国の商人ジョナサン・コナーと共謀し、アリソンの拉致を企てた。その背後にいたのは予想通り第二皇子キャメロンとその母親だった。
フレヤは知らないうちに利用され、ジョナサンたちに情報を提供し彼らのための便宜を図っていた。
知らなかったと主張しても無罪にはならない。フレヤは帝国に帰国し、王都から離れた辺鄙な土地の修道院に入ることになった。
キャメロンと母親は当初死刑が求刑されたが、アリソンが罪の減免を願い出たおかげで死罪を免れた。
しかし、皇族の身分を剥奪され、私財はすべて没収。平民になった二人は辺境の地に追放が決まった。キャメロンが完全に回復したら、着の身着のままで皇宮を追い出されることになる。
彼らを利用する人間が出てこないように、ジェイデンは辺境の司令官に監視する人間を置くよう指示を出した。
ジョナサン・コナーは余罪が多く裁判が長引きそうだが、帝国の法に照らすと最低でも終身刑は避けられないそうだ。
ジョンソン伯爵もランカスター王国で長引く裁判になりそうだが、いずれ爵位の剥奪は免れないだろう。
エイドリアンとチャーリーも貴族の身分を剥奪され終身刑で拘束されることになるが、獄中で国に貢献するための労働をしたいと希望した。
アリソンのことを命の恩人と呼ぶチャーリーとエイドリアンは今までの高慢な態度が嘘のように従順になり、アリソンの下僕として生涯を捧げたいとまで宣っている。
ニックを筆頭とするアリソン護衛団に激しく拒絶されたが、アリソンが
「その意欲をランカスター王国のために使って下さい」
と伝えたところ、強制労働でも何でもするから国のために尽くさせて欲しいとアランに嘆願したそうだ。
「またアリーの信者が増えた・・・。アリー、君は人誑しの才能があるんじゃないのか?」
と何かを諦めたようにニックが呟く。
また、アリソンのおかげで帝国から魔物は一掃され、ジョナサン・コナーが率いていた密輸組織も壊滅できたとジェイデンからの礼状が届いた。
アランとリズは相変わらず後始末に忙しそうだが、ひとまずこれで一件落着、というところだろうか。
***
アリソンが回復した頃、ニックがおずおずと
「アリー、覚えているか?今年は一緒に降臨祭に行こうって言っていただろ?どうする?」
と切り出した。
「も、もちろん、アリーの気が進まなかったら気にするな。俺はアリーの望む通りにしたいだけだから・・・」
と口ごもるニックは、あの事件の後でアリソンが降臨祭を心から楽しめるかどうか心配している。
でも、アリソンはそれとお祭りは別だと思っているし、ニックと一緒に降臨祭に行くのを楽しみにしていた。
ずっと安静にしていたので外出したいという気持ちも強い。
「ニック、私は出来たら降臨祭に行きたいな。ニックと一緒に!」
弾んだ声を出すと、ニックも嬉しそうに破顔した。
「そうか!良かった。ホントはすごく楽しみにしてたんだ」
恥ずかしそうに言うニックに
「私も!」
とアリソンは微笑みかけた。
***
八月一日。
神々が光臨した日を祝い、多くの人出で賑わう華やかな祭りの日だ。
カップルで参加する時はお互いの髪色の花をつける風習があるが、銀色の花も黒い花も見つからないので、アリソンとニックは花をつけずに参加することにした。
美味しそうな屋台や小物を売るお店を楽しそうに回るカップルのほとんどは、カラフルな色の花を身につけており、その色彩だけでも鮮やかで華やいだ気持ちになる。
特に女性は一緒にいる男性の髪色の花を髪に飾る人が多い。
色彩豊かな群衆を見ながら、ニックが溜息をついた。
「・・・・ごめんな。アリー。俺の髪色が黒のせいで、君に綺麗な花を贈ることもできない」
「ニック?なに言ってるの?そんなこと私が気にすると思う?」
「アリーは優しいからそう言ってくれるけど・・・」
ニックはくしゃりと顔を歪めて俯いた。
「俺は・・!アリーを守ることが出来なかった。君が怪我をした時にも魔法が使えないから何も出来ない。俺は・・・俺は・・役立たずだっ!・・・ごめんっ」
俯いているので表情が良く見えないが、彼が泣いているように感じて、アリソンは彼の背中をそっと撫でた。
「ニック?私はちゃんと無事だったでしょ?それにニックが役立たずなんてことはないわ。ずっと私を見守ってくれる。一緒に居てくれるだけで私はとても安心するの。どうか、自分を卑下するようなこと言わないで?」
ニックの顔が感極まったように赤くなる。
「俺は君のためなら命も惜しくない。アリーが何より大切なんだ。どうかこれ以上危ないことをしないで欲しい」
ニックの懇願にアリソンは黙って頷くしかなかった。
そのとき
「ねぇ、そこの綺麗なお兄さんとお姉さん!お揃いの指輪はどうですか?!」
と小物やアクセサリーを売る出店の店主が声を掛けてきた。
銀髪の乙女の情報は解禁したが、祭りで騒ぎにならないようにアリソンは茶色のカツラを被っている。
「指輪・・・?」
「アリー!それはいいな。いつかちゃんとした指輪を贈るけど、今はまだ学生だから・・・。君が気に入る指輪があったらお揃いで付けないか?プレゼントさせて欲しい!」
乗り気なニックの後押しをするように
「もし買ってくれたら花火が一番よく見える場所を教えてあげるよ!」
と店主が叫んだ。
降臨祭ではジンルで花火も打ち上げられる。魔法の力でそれは拡大され、島全土から見ることが出来るのだ。
「えっと・・・じゃあ、どんなのがあるか見せてもらえるかしら?」
丁寧に並べられた沢山の指輪は見ているだけでも楽しい。
「綺麗ね・・・。これが素敵」
アリソンが手に取ったのは小さな黒曜石の入ったシルバーの指輪だった。シルバーの部分には優美な紋様が刻まれている。
「それはいいな。銀色と黒の組み合わせだしアリーに似合うよ。何をつけても可愛い」
蕩けそうな顔をするニックに見惚れて、周囲にいた女性陣が頬を真っ赤に染めた。
「お兄さん~、可愛い彼女にデレデレだねぇ」
と揶揄われてもニックは嬉しそうに笑うだけだ。
アリソンも嬉しかったが、恥ずかしさが勝る。
でも、指輪は気に入ったのでお揃いで購入することにした。
買ってすぐにニックはスッと自分の右手の薬指に指輪をすべらせた。そして、アリソンの手を取ると同じように右手の薬指に優しく指輪をはめる。
「いつか・・・左手につける指輪を贈るね」
と耳元で囁かれてアリソンの頬が熱くなった。
「毎度ありっ!じゃあ、花火が見える穴場を教えてあげるよ」
と店主に教えてもらった場所に行くと、少し小高い丘の上にちょうどいい感じのベンチが置いてある。
「ああ、確かにここはいいな。人もいないし。降臨祭の警備は何度かしたことあるが、こんな場所があるのは知らなかったな」
丘のすぐ下が降臨祭の出店の荷物置き場になっていて、一般客は近づかないようだ。
アリソンは隣に座るニックに近づいて軽く寄り添った。
ニックは驚いたように顔を赤くしたが、コホンと小さく咳払いをしてアリソンの肩を抱いた。
「あの・・・近づいても大丈夫?」
「うん。ニックには近づきたいし、触りたいと思う」
ニックは幸せそうに破顔するとアリソンの頭に唇を落とした。
心地よい沈黙が続いた後、ニックがおもむろに口を開いた。
「・・・帝国でさ、密輸組織の摘発をした時にジョナサン・コナーって商人を見かけたんだ」
アリソンはニックが何を言おうとしているのか分かったような気がしたが黙って話を聞く。
「アリソンも見ただろ?あれは・・・・」
と言いかけて口ごもるニックに
「国王陛下は心からニックのことを大切にしていると思うわ」
とアリソンは言った。
アリソンもジョナサン・コナーを見かけた。息をのむほど美しい顔立ちと黒髪に黒い瞳。ハッキリ言ってニックに瓜二つだった。
「そうだ・・・な。こっちに戻って来てから父上と話し合ったんだ」
『ニック・・・私はずっと負い目を感じていた。幼いお前がカッサンドラに虐待されていたのに守れなかった。本当にすまない。お前には何の罪もない。私の自慢の息子だ』
と国王から言ってもらえたとニックは誇らしげに語った。
「良かったわね」
ニックの瞳の中に暗い翳がないことを確認してアリソンはホッとした。
「ああ、それからアリーを還俗させたのは俺に君を口説く機会を与えたかったからだとも言ってたな。子供の頃から俺がアリーを好きなことをご存知だった。心から有難いと思ったよ」
「え!?そうだったの?」
アリソンの顔がまた赤くなる。
「成功して良かった。アリー、俺と一緒にいてくれてありがとう。微笑んでくれてありがとう。どんな表情も・・・笑っても、怒っても、少し拗ねた顔も堪らなく可愛い。どうかそのままでいて欲しい。俺は君が幸せになれるようにただ努力するだけだ」
「ありがとう、ニック。私も・・・国王陛下に感謝してる。あのまま生涯修道院にいたら、こんな幸せな気持ちを感じることは出来なかったわ」
顔を上げるとニックと目が合った。真っ直ぐに見つめる瞳が眩しくて顔を伏せようとするとニックの指が彼女の顎にかかり、顔を上向きに傾ける。
(あ・・・・口づけ・・・?)
アリソンが目を閉じると唇に柔らかい感触を覚えた。ニックの少し乾いた唇を感じて、心臓のどきどきが止まらない。
ほんの数秒だったと思う。唇が離れて目を開けると、ニックが口元を押さえて真っ赤になっていた。
「ヤバい・・・柔らかすぎる。癖になりそうだ」
という独り言にアリソンは思わず噴き出した。
(ファーストキス・・・だよね?怖くなかった。幸せなだけだった)
『好き』という感情が乗っかると異性との接触もこんなに違うのかとアリソンは感動した。
「ニック、ありがとう。大好き」
「アリー、愛してる」
二人はお互いを強く抱きしめた。