救出
キャーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
側妃の甲高い悲鳴が響き渡る。
「た、たすけて!!!嘘つきっ!魔物は消えたって言っていたじゃない!?」
という言葉にエイドリアンが戸惑ったように
「この屋敷にはもう魔物はいない!銀髪の乙女の効果で全て浄化されてしまったはずだ・・・」
と叫ぶ。
使用人らしき男が
「魔物を入れていた檻に消えたはずの魔物が再び現れて・・・檻を壊して増殖したんですっ!!!建物を壊して、ここまでっ!!!」
と泣き喚く。
全員が怯えた目を魔物に向けると、魔物は連携の取れた陣形で一斉にチャーリーに飛びかかった。
アリソンはほとんど気を失った状態だが、必死に抵抗するチャーリーの荒い息遣いや揉み合う音に『何とかしなくては・・・』と思うものの、傷からの出血が酷くて体が上手く動かない。
その場に居た人間が凄惨な光景に悲鳴を上げて逃げ出す中、エイドリアンが泣きながらアリソンの魔法封じの腕輪を外す。
「こんなことを頼めた義理ではないのは分かっているが・・・すまない!弟を助けてやってくれないか!?」
随分身勝手な言い分だと思っていると、エイドリアンが治癒魔法でアリソンの傷を癒し始めた。
出血が止まると体が大分楽になる。しかし、だからといってすぐに魔法が使える訳ではない。
魔物たちはチャーリーを下敷きにして、ずっと鋭い牙で彼を襲い続けている。
当初聞こえていた「やめろっ!」というような呻き声も聞こえなくなり、獣が肉を食いちぎるような形容しがたい凄絶な音が聞こえるだけだ。
その合間に荒い息遣いと苦悶に満ちた呻き声が聞こえるので、まだ彼が辛うじて命を繋いでいるのが分かる。
アリソンは必死で身を起こそうとする。
エイドリアンが彼女の体を支えようとするのをアリソンは鋭く拒んだ。
「触らないで!!!」
と叫ぶ声にエイドリアンがサッと手を引っこめた。
その表情が後悔・・・もしくは罪悪感に歪んだように見えたのは気のせいだろうか、とアリソンは考えた。
(私は甘ちゃんで楽観的過ぎるな。こんなに簡単に悪人が改心するなら教会は苦労しないっての!)
アリソンは心の中で自嘲する。エイドリアンやチャーリーにされた理不尽なことを考えると腹が立たないと言えば、嘘になる。
(でも、たとえ敵だったとしても救える命を救わなくてどうする!)
アリソンは自分一人の力で立ち上がり、チャーリーに群がる魔物たちに向かって
「もう止めてっ!!!消えてちょうだい!!!」
と叫んだ。
その言葉とほぼ同時に魔物たちは次々と消滅した。
青白い炎に包まれた魔獣たちが微かな光だけを残して空中に消える様は驚くほど美しく目に映る。
青白い炎が空気の中に吸い込まれるように消えた瞬間、エイドリアンがチャーリーにしがみつき
「チャーリー!チャーリー!大丈夫か?!」
と治癒魔法を掛け始めたが、チャーリーは自らの血の海の中で虫の息だ。苦しそうな喘鳴だけが続いている。
(このままだとこの男は死ぬだろう・・・)
とアリソンは思った。
(自分はこの男に殺されていたかもしれない。でも、だからと言って救える命を見捨てる選択はない)
アリソンは手に魔力を籠めて、チャーリーに治癒魔法を掛け始めた。
エイドリアンが治癒魔法を掛けても決して塞がれなかった大きな創傷の出血が止まり、青白いを通り越して灰色だった皮膚に赤みが戻った。
エイドリアンは
「ありがとうございますっ!!!ありがとうございますっ!!!」
とアリソンに向かって土下座を繰り返す。
「申し訳ありませんでした!こんな酷いことをした弟を救って下さって・・・本当にありがとうございますっ!」
そして、呆然と成り行きを見守るだけだった周囲の人間に向かって
「アリソン様に罰当たりなことをしたから魔物が復活して増殖した。チャーリーはアリソン様の御慈悲のおかげで救われた!この方に対して失礼なことをしたら魔物が世界を席巻し、人類は滅亡するっ!!!」
と叫び、再び深く平伏した。
それを見習ってその場にいた人間は全員土下座して、口々にアリソンに謝罪する。
アリソンはそれを見てもやるせない気持ちにしかならない。
「早く私を元居たところに帰しなさい。でないとキャメロンの解毒薬も手に入らないわ」
他の者と同様に平伏していた側妃が
「はいっ!どうか、どうか息子をお助け下さい。これまでのことは本当に申し訳ありませんでしたっ!!!どんな罰でも受けますので、どうか・・・息子を・・・助けて・・・お願いします」
と号泣しながら詫び続ける。
「あなたたちには自分が犯した罪を全て償ってもらいます。いいですね?」
必死に平気な振りをして矜持を守るアリソンだったが、少しでも気を抜くとその場に崩れ落ちてしまいそうだった。
***
その後のことは良く覚えていない。
味方が迎えに来るまでは敵地で油断してはいけないと気丈に振舞っていたが、ニックが泣きそうな顔で走り寄って来るのを見た瞬間に安心してつい気が緩んでしまった。
朦朧とする意識のなか、
「アリー・・・アリー・・・・すまない・・・やっぱり君を行かせるんじゃなかった。また君のことを守れなかった・・・ごめん・・・ごめん・・」
と泣きじゃくるニックの声が微かに聞こえる。
(良かった・・・ニックが来てくれたらもう大丈夫・・・)
意識を手放す寸前に、
「お前たちは、なんて愚かな真似を・・・。処刑は免れないと思え」
今まで聞いたことがないような冷たいジェイデンの声が脳裏に響いた。