フレヤ・シャープ大司教
華やかな晩餐会は滞りなく終了した。
しかし、最後の晩餐会にもフレヤは出席しなかった。
「フレヤ様はどうされたのかしら?」
とリズに尋ねても彼女も困ったように肩を竦めるだけ。
「フレヤ様とジェイデン様は対立しているみたいなの」
リズの言葉にアリソンは驚いた。
「フレヤ様もジェイデン様も同じ母君からお生まれになったのよね?キャメロン殿下のこともあるし、同母兄妹だったら仲が良いんじゃないの?」
アリソンの問いにリズは頷く。
「そう。同母兄妹なの。でも、噂だと政策上の方針がどうしても合わなくてフレヤ様は国を飛び出したと聞いたわ。それでランカスター王国に来たんだって。シャープという苗字も母君の旧姓だそうよ。ずっと兄君のジェイデン様に反発してるらしいってアランが言ってた」
「そうなの・・・」
同じ母を持つ兄妹で仲が悪いというのは双方にとって辛いことだと思う。
どんな方針の違いがあるのか分からないけど、いつか分かり合える日が来るといいなとアリソンは願った。
***
煌びやかな晩餐会の後、アリソンたちが部屋に向かって歩いていると女性の泣き喚く声が微かに聞こえてきた。
それが聞き覚えのあるフレヤの声のような気がして、アリソンたちは顔を見合わせると、そちらの方向に歩き出した。
喚く声がどんどん大きくなり、フレヤであることに確信を抱く。
言い争いの音源となっている部屋の前でアリソンたちは立ち止まった。
すると・・・
「・・・帝国の方針には賛同できませんわ!!!絶対にお兄さまの言いなりにはなりませんっ!!!」
扉がバンッと開き、フレヤが飛び出してきた。
フレヤは、アランたちの姿を見て一瞬顔色を変えたが、そのままプイっと顔を背けるとどこかへ走り去ってしまった。
「・・・・ああ、恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
と頭を掻きながら出てきたのはジェイデンだ。
「魔物に関することで何か問題が・・・?フレヤ様は明日私どもと一緒にランカスター王国に帰国されるお心積もりはあるのでしょうか?」
慎重に言葉を選びながらアランが尋ねると、ジェイデンがはぁっと大きな溜息をついて
「ここまで見られてしまっては誤魔化すのも得策ではないだろう。どうか入ってくれ。俺とフレヤのこれまでの経緯について説明するよ」
とアリソンたちを部屋の中に案内した。
***
上品な侍女はお茶を給仕すると、音もなく部屋から出て行った。
アリソンは熱いお茶の香りと味を楽しみながらも真剣な顔つきでジェイデンに目を向ける。
「みんなも知っての通り、フレヤと俺は正妃から生まれた実の兄妹で昔はとても仲が良かったんだ。ただ、フレヤは幼い頃から少し変わったところがあった。特にランカスター王国への傾倒というか・・・執着は大変なものでね」
「我が国への執着・・・ですか?」
アリソンは戸惑った。
「ああ、基本的にランカスター王国は鎖国政策を貫いている。他国との交流は行わず、外国人も受け入れない。強い結界が張られているのでコッソリと侵入しようとしても不可能だ。国民には魔物が棲む島として知られ、危険な島として近づくことを禁止されている」
ジェイデンが一同を見回すと全員が首肯する。
「ところがフレヤはランカスター王国が国を開き、もっと外国と交流すべきだと主張し始めたんだ。鮮やかな髪色を持ち自在に魔法が操れる住民がいる島に強い憧れが芽生えたのだろう」
それは何となく理解できるとアリソンは思った。自分も普通の人間だったら憧れていたかもしれない。
「ところが父上は厳しくフレヤを叱責した。あの島には関わるな、というのが我が皇家の基本方針だ。貿易も制限されている。商人も特別な事情がない限りはランカスター王国への入港を認められない」
「その通りだ」
アランが同意した。
「ところが・・・・フレヤが確か十歳くらいの頃だったと思う。もう二十年近く前の話だ。本当に偶然だったんだ。たまたま帝国の商人がランカスター王国の王族に呼ばれて入国したという記録をフレヤが見つけてしまった。国王の側妃が外国から特別に買いたいものがあるという要望が届いたんだ」
「それはっ!?カッサンドラ妃か?」
アランの顔色が変わった。ニックの表情が苦しそうに歪む。
「ああ、そうだ。医薬品とか・・・何かそういうものだったと思う。カッサンドラ妃はジョンソン伯爵家の出身だったろう?ジョンソン伯爵家は代々貿易を担当する事務官を輩出していた・・・と記憶しているが違うか?」
ジェイデンの問いにアランが青い顔で頷いた。椅子がガタンと音を立てる。
「その通りだ。カッサンドラ妃が外国の商人を招くことが出来たのはジョンソン伯爵の伝手があって特別な許可が下りたんだ。確かカッサンドラ妃が病気で、帝国でしか入手できない医薬品があるからという申請だったと思う。そうか・・・ジョンソン伯爵家の息子二人が商人と繋がったのは偶然じゃない!」
自分の母親が話題になっているからだろうか、トラウマのあるニックの顔は土気色になっている。アリシアは心配で思わず彼の手を強く握り締めた。
「フレヤはその記録を見つけてしまった。そして、その商人、ジョナサン・コナーを訪ねていき、自分をランカスター王国に連れて行ってくれと懇願した」
「ジョナサン・コナー・・・・?ジョンソン伯爵と親しい商人か?彼が密輸組織である可能性は?」
アランが質問する。
「ジョンソン伯爵と事業で繋がりのある商人は他にもいる。ジョナサン・コナーも含めて全ての商会の家宅捜索を行ったが、不審な点はなかった。彼らが保有している舩も捜査したんだが・・・」
ジェイデンの答えに「なるほど・・」とアランが頷いた。
「それでフレヤのことに話を戻す。一介の商人が皇女を外国に連れて行けるはずがない。でも、妹は諦めなかった。ランカスター王国に行きたいとずっと父上に懇願していたが、最終的に父上が折れた。ランカスター王国の魔法学院に留学することになったんだ。魔法実技以外の授業は問題ないとも説明されたし・・・というより、ランカスター王国としてはフィッツモーリス帝国の皇女を拒否するのは難しかったろう」
「ああ、その辺の事情は知っている。帝国の皇女が何故わざわざ?と不思議に思ったが、外国についての情報を漏洩しないという条件で受け入れることになったんだ。ただ、卒業後も教会で働きたいと言い出すとは思わなかったけどな」
少し呆れたような口調でアランが言った。
大司教フレヤの背景が判明して、アリソンはなるほどと納得した。
「枢機卿にも気に入られたようで、ランカスター王国での生活をフレヤは楽しんでいた。・・・だが、ランカスター王国が結界を解き、国を開き、他国との交流を開始するべきだという主張を変えることはなかった。常に枢機卿や国王にも奏上していたらしいな。他所の国の政策に口を出すなと何度も諭したんだが・・・」
ジェイデンの口調に苦々しさが混じる。
「まあ、そうだな。しかし、ランカスターの国王陛下は他国との交流をしない理由を正しく理解している。人々が混じり、髪色が保持できなくなると必然的に魔力が下がる。そうなると魔物を退治できなくなってしまう。それを恐れていたんだ。枢機卿もそれは理解している。だから、シャープ大司教の懇願にも耳を傾けなかった」
アランは腕を組んで椅子に座り直す。
「フレヤはそれが不満だったんだろうな・・・妹は積極的に帝国の商会や商人たちと交流するようになった。貿易を促進して交流を深めようとしたのだろうが・・・」
「シャープ大司教は帝国の商人たちと交流があった・・・」
アランが顎に手を当てて考え込んでいるが、ジェイデンは気づかずに話し続ける。
「フレヤは今回の代表団訪問が今後の交流のきっかけになると期待していた。しかし、目的はあくまで魔物退治。あとは帝国に逃れてきた逃亡者の捜査協力くらいか・・・。国交を開く予定はないと言ったら拗ねてしまってな・・・最後まで大喧嘩だ」
「ジェイデン。疑いたくはないのだが、赤髪と紫髪は帝国の商人と繋がっている。アリーや魔物を攫って売り払おうとした密輸組織とシャープ大司教が内通している可能性は・・・」
アランの言葉を聞き終えない内に、ジェイデンは血相を変えて部屋を飛び出して走り出した。
アリソンたちも慌ててその後を追う。
ジェイデンは立派な扉のある部屋の前に来るとドンドンと大きくドアを叩きながら
「フレヤ!開けろ!開けてくれ!」
と叫んだ。
警備の騎士たちが皇帝の様子に戸惑っている。
焦れたジェイデンの元に侍従が部屋の鍵を持って来て、ガチャガチャと扉を開けるとそこは既にもぬけの殻だった。
窓が大きく開いてカーテンがバサバサと風に揺れている。
「しまった・・・・!」
アランが思わず舌打ちした。