ランカスター王国の起源
ランカスター王国のある島は元々フィッツモーリス帝国の領土であった。
そして、他の地域と同様にその島には黒髪の人々が住んでいた。
しかし、ある日島の大きな一枚岩ジンルから島一帯を照らすような強く輝く光が発せられた。
人々がジンルの周りに集まると、ジンルの頂上近くの岩から扉が現れ、そこからこの世のものとは思えないほど美しい人々が現れた。
先頭に立つのは銀髪の女性。彼女を守るように白、赤、青、黄色の髪の男女が囲む。
彼女たちに見惚れた民衆たちは神が光臨したと、全員そこに平伏した。
その時
グルルルルッ
グルルッ
グルルッ
ギャオオオオッ
とそれまで聞いたことがないような恐ろしい唸り声や咆哮が聞こえてきた。
犬・・・オオカミ・・・?
いや、それだけじゃない。
巨大な爬虫類のような生物。
虎のように獰猛な生き物。
今まで見たこともない恐ろしい姿の化物たちだ。
化物たちの目は禍々しく、長く鋭い牙や爪がギラリと光を反射する。さらに全身が発光し、揺らめく青い炎に包まれていた。
そして、瞳孔も虹彩もない真っ白な目を剥きだしにする。
その双眸には邪悪な意思が宿り、誰彼かまわず襲いかかろうとする凶暴さに満ちていた。
当然ながら民衆は恐れ慄き、逃げ出す者もいた。
美しい神々が光臨したのと同じ扉の向こうから、数十頭の恐ろしい化物が飛び出してきたのだ。
尋常な化物でないことは明らかだ。
絶対的な力の差をその場にいた誰もが感じ、死を覚悟した。
そのとき・・・
「消え失せろ!」
銀髪の女神が凛とした声で叫んだ。
その刹那、獣たちが長い咆哮を発し一斉に消え失せた。
奇跡を目の当たりにした民衆は熱狂し、興奮した声で女神たちを讃えるのであった。
***
神々が光臨したという出来事はすぐに帝国の皇帝に報告されることとなる。
当時の皇帝は前例のない出来事に動揺しながらも、女神たちと秘密の会合を開いた。
但し、そこで話された内容について民衆に知らされることはなかった。
***
女神たちは異次元の世界から避難してきたという。
彼女たちの世界では、誰もが魔力を有し当たり前のように魔法を使うことができた。
髪色が魔力の多寡を表す。
一番魔力が高いのが白。その次に原色である赤、青、黄色。その下が緑や紫などの混合色だ。それ以外の髪色はない。
そんな世界で、史上初めて銀髪の赤ん坊が生まれた。
しかも、国王と王妃の間に銀髪の男女の双子が生まれたのだ。
それまで銀髪の例が歴史に記されたことはない。
吉兆なのか?
凶兆なのか?
人々は戸惑った。
そんな中、銀髪は凶兆であると天下の占い師が宣言した。
銀髪の双子は人々に災いをもたらす存在であると断言する占い師。
二人を殺せと占い師は命じた。
さもないとこの世界は滅亡するだろうと。
その占い師は過去に何度も自然災害を予言し、それらは必ず当たると評判の人物だった。
しかし、白い髪の国王と王妃はどうしても我が子を殺すことが出来なかった。
銀髪の男児はジャンガウル、女児はジュルングルと名付けられ、国王夫妻の愛情を一身に受けて美しく健やかに成長した。
十八歳になった双子は過去に例がないほどの強大な魔力を備え、この世界に彼らに匹敵する魔術師は存在しないことが判明した。
白い髪よりも遥かに大きな魔力量を持つ銀髪の双子を恐れる声がなかったと言えば嘘になる。
しかし、彼らの周囲の人間は美しく聡明な銀髪の双子を崇め敬い、彼らに仕えることに誇りを抱いていた。
両親である国王夫妻も心から双子を愛し、未来に何の憂いも抱いていなかった。
一方、件の占い師は諦めなかった。
王家が国を滅ぼそうとしていると民衆を扇動した。
民衆が集まり暴動が勃発しても、国王は民衆に対して刃を向けることを躊躇っていた。
その結果、増長した暴徒は一斉に王城に襲いかかったのだ。
魔力が強い王族や貴族がいたとしても数では圧倒的に不利な状況である。
国王夫妻は無残にも虐殺された。
彼らは殺される前にひっそりと双子を城から逃がした。
「どうか生き延びて・・・」
という願いを込めて。
忠実な臣下に守られた双子は民衆に占拠された城から着の身着のままで逃げ出した。
占い師は城を乗っ取った後、自らを新たな国王として宣言した。
そして、見せしめとして前国王夫妻の首を城門に晒したのだった。
愛する両親の横死と彼らに対する辱めを知ったジャンガウルは怒りに震え復讐を誓い、ジュルングルは絶望に泣き伏した。
ジュルングルが涙にくれている間に、ジャンガウルは悪魔に誘惑され取引をすることになる。
「俺たちの仇を殲滅してくれ。代わりにこの身体をくれてやる。自由にするがいい」
とジャンガウルは願った。
悪魔は哄笑しながら、その願いを聞き届けた。
「良かろう。この世界の人間はすべて殲滅する。いいな?」
「ダメだ。ジュルングルには決して手を出すな!」
「誰だそれは?」
「俺の妹だ!俺と同じ銀髪をしている」
「銀髪はお前と妹だけだな?」
「そうだ!彼女には手を出すな!それが条件だ!」
「分かった。銀髪の人間だけは害が及ばないように約束しよう。魔物たちは銀髪の僕となろう!」
ジャンガウルの体を乗っ取ると、悪魔は魔法陣から数多くの魔物を発生させた。
世にも恐ろしい姿の狂暴な魔物たちだ。
それらを引き連れて悪魔に操られたジャンガウルは占い師を惨殺した。
それだけではない。
魔物たちは城を占拠していた謀反者だけではなく民衆にも襲いかかったのである。
ジュルングルは優しかった兄が悪魔と取引をしたことを知らなかった。
ジャンガウルが民衆の大虐殺を始めたことを知り、驚愕したジュルングルは必死でジャンガウルを止めようとした。
しかし、悪魔に体を乗っ取られたジャンガウルはもはやジャンガウルではなかった。
このままではジュルングルも危険だと思った忠臣たちはどこか安全な場所に逃げることを決意した。
しかし、どこへ・・・?
この世界はもうおしまいだ。皮肉にも占い師が予言した通りの結末になってしまった。
忠臣の一人が魔法陣で他の世界への道筋を見つけ出し、ジュルングル一行は絶望に打ちひしがれながらも新しい扉を開いた。
そこが・・・
現在の世界であったのだ。
この世界線には魔法が存在しない。髪の毛も全員が黒である。
最初はコミュニケーションを取るのも苦労した。
しかし、互いの努力の結果、次第に意思疎通ができるようになり、ジュルングルたちは自分たちの置かれた状況や何故ここにきたのかを当時のフィッツモーリス皇帝に理解してもらえるようになった。
彼女らの境遇には同情したものの、扉を通じて魔物がこの世界に侵入する可能性があると知り、当時の皇帝は戦慄した。
「そんな危険なものをこの世界に持ち込むな!」
民衆の安全を考えれば、皇帝の怒りは尤もである。
ジュルングルは必死で謝罪しつつも、同時に懇願した。
扉を閉じることはしたくない。万が一生き残った同胞が居た場合、この世界に逃げのびる可能性を消したくはなかった。一度閉じてしまったら二度と通じることのない通路である。
皇帝との話し合いの結果、その島全体がジュルングルたちに与えられることに決まった。
皇帝にも計算がある。いつか彼女らの魔法が帝国の役に立つ日が来るかもしれない。
また、島の住民たちには魔物が跋扈する危険な地域になってしまったと、他の土地への移住を勧めたが希望者には残ることを認めた。
先祖代々の土地を離れたくないという居住者は予想より多かったが、ジュルングルたちは彼らを手厚く守ることを約束し、幸い大きな混乱は見られなかった。
島を得る代わりに
『フィッツモーリス帝国の言語や文化を受け入れること』
『魔物から民衆を守ること』
『魔物が出現した場合、島の内部で全て退治すること』
『島の周囲に結界を張り、決して魔物を外に出さないこと』
『徹底的な鎖国政策を取ること』
『互いの危機の際には援軍を出すこと』
などの締約が決められた。
それらの締約を守ることを条件に、ジュルングルたちはランカスター王国を樹立したのである。