フィッツモーリス帝国
異国情緒の漂う美しい旋律が広間を包む。
よく見ると広間の隅で楽団が音楽を奏でていた。
代表団を歓迎するためだろうか、とアリソンは考える。
集まっている人間の視線に敵意が籠っている訳ではない。少々の戸惑いと好奇心を感じるだけだ。
全員黒髪だが、衣装はランカスター王国のそれと大きく変わるものではない。
全体的に好意的な雰囲気を感じて、アリソンは少しホッとした。
「銀髪の乙女。アリソンといったか?よく来たな。待っていた」
アランを差し置いて真っ先に皇帝から声を掛けられたことにアリソンは戸惑ったが、まずは正式な礼をつくすために膝を折った。
「この度はランカスター王国アラン王太子が率いる代表団をお迎え下さり、誠にありがとうございます」
と挨拶をする。
頭を下げるとサラサラの銀髪がスルリと前に落ちる。輝く髪が揺らめく様も魅惑的だ。
髪だけではない。瞳の色も希少な金色。真珠のように艶やかな肌は、滑らかでしっとりとした感触を想像させ、男どもの妄想を掻き立てる。まるで生きた宝石のようなアリソンの美しさに、その場の人間の視線は釘付けになった。
アリソンを熱っぽく見つめる男たちの目をつぶしてやりたいとニックはイライラと唇を噛む。
その時、アランがアリソンよりも前に出て膝を折った。
「皇帝陛下。この度は貴国を訪問する栄誉を賜り、大変光栄でございます」
「ああ、アランか。最後に会ったのは前回の締約更新の時か?」
「はい。再びお目にかかれて光栄です」
次に皇帝が目を向けたのはフレヤだった。
「フレヤ。久しぶりだな。お前は余程ランカスター王国の水が合うようだ」
「兄上。おひさしゅうございます。いえ、以前から申し上げているように私と兄上の意見が一致することがないだけです」
フレヤは冷たい口調で返事をしながら儀礼的に頭を下げた。
(ええええええええ!?フレヤ様は皇帝陛下の妹だったの?!)
内心の驚きを隠しながらニックを見ると、彼も驚きで目を瞠っている。
恐らくアランやリズはその事実を知っていたのだろう。落ち着いた様子だった。
「そして君がニコラス。黒髪の王子がランカスター王国に居るとは驚きだね。国王は随分と寛容だ」
皮肉な言い方にニックが奥歯を噛みしめた。しかし、すぐに笑顔を作り
「国王陛下のおかげで王族の末席に名を連ねさせて頂いております」
と膝を折り、頭を下げた。
「君がリズ。そしてアーロンだね」
名前と顔を確認しながら皇帝は全員と目を合わせて挨拶をした。
最後に再びアリソンに目を向けると
「美しいな」
と呟く。
煌びやかなイケメンの皇帝からむせるような色香が漂った。
周囲の女性陣がウットリと見惚れているのが分かったが、アリソンにとっては恐怖の対象でしかない。
これがアンジェラの話していた皇帝ルートの攻略対象かと不安が募る。
「もったいないな。私の正妃にピッタリだ」
とアリソンの髪の毛を一房掬い上げるとそこにゆっくりと口づけた。ニックの拳が震える・・・がまさかここで殴りつける訳にはいかないと、理性で感情を押さえつけた。
「残念だが君は美しすぎる。弟が見たらそれだけで黙ってはいないだろう」
謎めいた言葉を発してアリソンを見つめると、皇帝はフイと身を翻して
「客人の世話を頼む」
と指示を出し、颯爽と広間を去って行った。
***
アリソンたちは豪奢な客室に案内された。
部屋割りは自由だと言われて、ニックはアリソンと同部屋を希望した。
「え!?同部屋はいくらなんでも・・・」
パニックでアリソンの頭はグルグル回っている。さすがにそれはダメだろうと抵抗するが、ニックはいつになく強硬だ。
「アリー。俺は絶対に君に指一本も触れないことを誓う。ただ、心配で仕方がないんだ。あの皇帝だって、君に色目を使っていたし・・・それになんて言っていた?弟がどうとかって。君を狙う輩が何人もいそうなこの場所で君の姿が見えないと俺は不安で死にそうになるんだ!」
ニックの魂の叫びともいうべき必死の形相にアリソンはタジタジとなった。
「そうだな。まさかニックが嫌がる婦女子に手を出すような輩だと疑うわけじゃないだろう?アリー?」
アランまでが援護射撃に入り、何故かリズもアーロンも「その方が安心だ」と頷き合っている。
「アリー、私は今回調整役も担当しているのでアリーにつきっきりと言う訳にはいかないの。だから、ニックが張りつくのが一番現実的だと思うわ」
何かの陰謀かと疑いつつも、あまり抵抗するとニックを疑っているようで申し訳ない。
部屋の内部を確認すると、ちゃんと二つの寝台が離れておいてある。
着替える時に浴室を使えば問題ないだろうとアリソンは結論づけた。
そもそも恋人同士なのに嫌がる方が失礼だろう。
「分かったわ。ニック、よろしくね」
というと、ニックが驚くほど晴れやかな笑顔を見せた。
少年のような無邪気な笑顔にアリソンの胸がキューンと打ち抜かれた。
***
訪問団は少し休憩した後、アランが皇帝ジェイデンとの話し合いを提案し、夕食前に一度集合することになった。あまりのんびりしている時間はない。
国の重要人物が会談するような荘厳な会議室に集まると、全員の前に緑色の美しいお茶が給仕された。
しかし、そこにフレヤの姿はない。話し合いに参加するつもりはないようだ。
そういえば、滞在する部屋も訪問団とは違うようだった。
皇帝の妹なのであれば皇宮に自室があるのだろうし、アリソンたちの部屋から離れていてもおかしくない。でも、仮にも代表団の一員なのに単独行動はどうなのかしら、と内心思いつつ、文句が言える立場ではないとアリソンは沈黙を守ることにした。
会議室に現れた皇帝ジェイデンはやはり超ド級の美形だと改めて感嘆する。
さすが乙女ゲーム。そして、さすがR18である。色気がダダ洩れだ。
「申し訳ない。フレヤは何か・・・へそを曲げているようで自分の部屋から出てこない。まったく責任感のない妹で申し訳ない」
とジェイデンが頭を下げた。
「いえいえ。疲れが出て休息したいのでしょう。生まれ育った場所に戻ると気持ちが安心するのは当然です」
とアランは大人の対応をしている。
「ところで陛下。先ほど、アリソンに皇弟殿下のことを仰っていましたが・・・どういうことでしょうか?」
アランの言葉にジェイデンは苦笑した。
「ああ、陛下はいらない。今回はジェイデンと呼んでくれ。俺もアランと呼ばせてもらう。他のみんなもそれで頼む」
とジェイデンは全員の顔を見渡した。恐れ多いと思いつつ、ジェイデンのきっぱりとした口調に頷くしかなかった。
「まず、私からフィッツモーリス帝国とランカスター王国の関係について説明させてもらおう。我らの締約についてもな。アラン以外の人間は何も知らないのだろう?」
「ジェイデン!それは我が国では禁忌で・・・極秘事項なのです」
「分かっている。しかし、それを知らないと後々面倒臭いことになるかもしれん」
「今回の訪問はあくまで魔物退治のみが目的だと思っておりましたが」
アリソンはハラハラしながらジェイデンとアランの言い争いを聞いていたが、むくむくと湧き上がる好奇心をおさえるのは難しかった。
ランカスター王国では外国のことを何も教えてくれない。
一体どういう関係なのか?
何故ランカスター王国にだけカラフルな髪色が存在し、魔物が発生するのか?
そういった疑問が積もっていたので、アランがようやく諦めた時は申し訳ないが少しドキドキしてしまった。
「では、ランカスター王国の起源について話すことにしよう・・・」
とジェイデンが語り始めた時、アリソンは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。