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赤の攻略対象 ~ エイドリアン・ジョンソン

*少し時間が遡ります。


エイドリアンは若い頃から自分の魅力を十分に認識していた。


鮮やかな赤毛は人目を惹くし、キリリとした精悍な顔貌は女性を惹きつけるのに十分だ。


自分の容姿を最大限に活用し多くの女性と浮名を流してきたエイドリアン。


付き合う女性たちの中には自分が働く学院の生徒も含まれていたが、倫理観の欠けているエイドリアンは逢瀬を望む女生徒と関係を持つことに何の抵抗も感じていなかった。


ランカスター王国では十五歳で成人と見做される。


成人した女性が望むのであれば、誰と関係を持っても問題ないと思っている。


ただ、一人と真面目に付き合う気が全くないエイドリアンを巡る女の修羅場は壮絶で、過去に苦い経験をしたこともある彼は、最初から遊びだということを明確にしてから関係を持つようになった。


そして、エイドリアンは今宵もそんな女生徒との情事を楽しんでいる。



***



「ねぇ、エイドリアン?聞いてる?ホントにあのアリソンっていう女はムカつくのよ!」


エイドリアンの腕枕の上でアンジェラ・ポートマン公爵令嬢が頬を膨らませる。


女というのはピロートークが好きらしい。


(・・・俺は面倒くさいけどな。正直、もう眠りたい)


と思いながらも優しい笑顔をアンジェラに向けた。


(この女はまだ利用価値がある)


「・・・そうか。彼女は甘やかされ過ぎだな。いくら銀髪の乙女だからと言って特別待遇はフェアじゃない」


エイドリアンは如才なくアンジェラが喜ぶような返事をする。


最近転入してきたアリソンという女子生徒が銀髪の乙女だという情報はアンジェラから入手した。


アンジェラはこの世界で他の誰も知らないような情報を持っている。これまで何度も驚かされてきたが、一番驚いたのは茶髪の転入生が実は銀髪の乙女だと聞かされた時だった。


十何年も前に銀髪の乙女が生まれたらしいという噂が広まった時期があったが、具体的にどこの誰なのかは何故か秘密にされていた。


文献によると歴代の銀髪の乙女はもっと大々的に宣伝されていたから、今回の乙女に関して異例続きであることに首をかしげる貴族も多い。


銀髪の乙女が学院に転入してきたことを知る者は多くないはずだ。エイドリアンはこの機会を逃すつもりはなかった。


(この情報を使ってジョンソン伯爵家に大きな利益をもたらしてみせる!そうしたら父上も俺を認めてくれるだろう!)



***



ジョンソン伯爵家の現当主には二人の息子がいる。


嫡男であるアンガスと次男のエイドリアンだ。


当主のジョンソン伯爵は青い髪をしている。夫人も青い髪の毛で嫡男のアンガスも当然艶やかな青い髪の毛をしている。


エイドリアンだけが赤毛なのだ。


青い髪の二人から赤毛が生まれることはない。


実はエイドリアンの母親はジョンソン伯爵の第二夫人であったが、赤毛の母親はエイドリアンが生まれてすぐに亡くなった。


ジョンソン伯爵家には赤毛の人間も存在する。例えば、父親の妹、つまりエイドリアンの叔母に当たるカッサンドラは鮮やかな赤毛だった。


ただ、四人家族のうち、自分一人だけが赤色というのはどうしようもない疎外感があった。



また、エイドリアンは正夫人に育てられたが、彼女は第二夫人への嫉妬や怒りをエイドリアンにぶつけ続けた。つまり幼い頃から養母から虐待を受けて育ってきたのだ。


エイドリアンの魔力がアンガスよりも遥かに高いのも夫人にとっては面白くなかった。


養母からの虐待から庇ってくれる人間がいない地獄のような生活で唯一の光は父親だった。彼が居る間は養母から暴力を振るわれない。


一番悪いのは父親のジョンソン伯爵なのは分かっている。しかし、エイドリアンが誰かに褒めて欲しいと思う時、それは常に自分の父親であった。


幼い頃から父親の歓心を得るためにエイドリアンは努力を続けたのである。


しかし成人した後も、ジョンソン伯爵は経営している事業の一つもエイドリアンに任せようとはしなかった。


全ての事業はアンガスに引き継がせると宣言された時、父親にとって誇らしい息子とはアンガス一人であることを見せつけられたような気がした。


自覚していたかどうかは分からないがエイドリアンは家族という拠り所が欲しかったのだろう。


養母からは嫌われ父親は無関心。兄であるアンガスも他人行儀でよそよそしい態度を崩すことはなかった。


エイドリアンは父親の隠し子のことを密かに調べさせた。


しかし、ほとんどが魔力のほとんどない茶髪の平民であり、貴族らしい差別意識の強いエイドリアンが接触を持ちたいと思うような子供はいなかった。


そんな中、紫色の髪の毛の隠し子がいることを発見した。チャーリーという名の子供は平民ながら奇跡的に紫色の髪の毛を発現させた。


周囲もチヤホヤするし本人もプライドが高く選民意識が強かった。


そんなチャーリーの前にエイドリアンが登場すると、チャーリーは歓喜した。自分は貴族の血を引いている。やっぱりただの平民ではなかったのだと感激し、エイドリアンに心酔するようになった。


エイドリアンが推薦してくれたおかげで近衛騎士団に入団することも出来た。


頼りがいのある素晴らしい異母兄だとエイドリアンを崇拝するチャーリーの気持ちは高まり続けた。



一方、魔力が高かったエイドリアンは王宮の魔術師として働いていたが、やはり白い髪の魔術師には勝てない。その事実に不貞腐れたエイドリアンは結局辞職してしまった。


その後は魔法学院の教員として再就職したが、プライドの高いジョンソン伯爵は


「・・・教師?くだらない仕事だ」


と吐き捨てるだけだった。


いつか父親に認めて欲しいという願望を胸にエイドリアンは生きてきたが、彼の願いが叶うことはなく、自分でも知らないうちに鬱屈した思いが内面に澱のように溜まっていく。



そんな時、自分の担任するクラスに銀髪の乙女が転入してくることが分かった。


これが何かのチャンスになるかもしれない。


銀髪の乙女の情報を伝えると、生まれて初めて父親は手放しで自分を褒めてくれた。こんなに喜んでくれる父親を見たのは初めてだった。



ジョンソン伯爵は野心家で、しかもランカスター王国で数少ない貿易関連の事業を経営している。


実はジョンソン伯爵は過去に銀髪の乙女に関して失敗をした経験があった。


自分の隠し子について無関心な伯爵だが、十年以上も前にチャーリー・ジョンソンという近衛騎士が近づいてきたことがある。


『貴方の息子です』と跪く騎士に背筋が寒くなったが、話を聞くと確かに自分の息子であるようだった。


伯爵は値踏みするような目つきでその騎士をしげしげと見つめる。


顔は悪くない。それなりに知性も感じられる。近衛騎士になるくらいだから身体的にも魔力も強いのだろう。母親が平民なのに髪色が紫であることも加点である。


(まぁ、合格だな)


とチャーリーを受け入れた。


そして、極秘で特別要人の護衛騎士を選抜するという噂を聞きつけ、無理矢理チャーリーをそこに押し込んだ。


当時は妹のカッサンドラが側妃として王子を産み、我が世の春が来るかと期待していたらまさかの黒髪で大きな失望を味わったばかりだった。


黒髪ということは同時に側妃の不貞も露呈したということだ。


伯爵は怒り狂い、カッサンドラを罵倒し続けた。


その上、後にカッサンドラは王子の殺人未遂容疑で逮捕されることになる。裁判では心神喪失の状態であったと療養施設に収容される判決が下されたが、つまりそれは生涯幽閉の身になったということだ。


ジョンソン伯爵は王宮における妹の手づるを失った。またニコラスは国王の要請で教会に引き取られることになったと聞き、悔しさで頭を掻きむしった。


国王が正式にニコラスを王族として認めたからである。まさか黒髪のニコラスが王族に迎え入れられるとは思ってもみなかった。


伯爵はこれまで黒髪の甥に興味がなく、会ったことは一度もない。


王族に近づくチャンスをみすみす失ってしまったのだ。


追い打ちをかけるようにチャーリーが特別要人の警護の任を解かれたと聞き、伯爵は怒りに任せて彼を酷く罵った。


特別要人が誰なのか知らされていなかったが、重要な人物であることに間違いない。伯爵は噂で流れる銀髪の乙女ではないかと密かに疑っていた。


チャーリーには何度も誰を警護していたのか訊ねたが、口封じの魔法のためにどんな形であれ彼から情報が漏れることはなかった。


「この役立たずっ!!!」


と怒鳴りつけると泣きそうな顔をしてチャーリーは去って行った。


だから、今回エイドリアンが秘匿されている銀髪の乙女に近づくチャンスがあることを伯爵は狂喜乱舞して受け入れたのだ。



***



エイドリアンは、父親から世界の超大国であるフィッツモーリス帝国の商人ジョナサン・コナーを紹介された。腹が立つくらい顔の良いジョナサンから銀髪の乙女を帝国に売って欲しいという秘密の依頼を持ち込まれたエイドリアンは頭を抱えた。


なんでも、皇帝の弟がどうしても銀髪の乙女が欲しいと望んでいるのだという。


しかし、ランカスター王国は絶対に銀髪の乙女を引き渡しはしないだろう。



違法行為も辞さないと考えていたエイドリアンは、むかし関係を持ったことのあるコレット・ウィリアムズ子爵令嬢を脅して協力させることにした。


しかし、魔法陣が乱されアリソンを港に転移させることは出来なかった。


その後は警護のレベルが高まり、下手に手出しすることができない。



エイドリアンはジョナサンとやり取りをする中で、とある高貴な身分の人間と知り合う機会を得た。


情報源として非常に有益であり、エイドリアンは王宮の内部に秘密の『転移の間』があり、直接外国に転移できることを知った。


侵入を試みたが、すぐに警戒装置が発動し危うく捕まるところだった。


(やはり港から帝国に向かうしかないか・・・)


アンジェラとチャーリーを上手く利用すれば、何とかなるかもしれない。


エイドリアンは忙しく脳を働かせ始めた。

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