ウィッシング・ボーン
「エイドリアンだと!?まさかっ!」
そう言いながらも、アランはリズを連れて慌ただしく部屋を出て行った。
ニックが目配せすると警護の騎士がアンジェラを牢獄に連れ戻すために近づいた。
「ねぇ、これだけ情報をあげたんだから釈放してくれたっていいじゃない!?」
と叫ぶアンジェラに
「ドミトリーに襲わせるのだって立派な犯罪なんだ!裁判が終わるまでは留置される」
とニックが冷たく言い放つ。
「それに牢獄って言っても顔色もいいし綺麗なドレスを着ている。ポートマン公爵がこっそり面倒みてくれているんだろ?甘えんな。感謝しろ!」
ニックの言葉にアンジェラはグッと唇を噛んで顔を赤くした。
「分かってるわよ!」
と言うアンジェラにアリソンが近づく。
「アンジェラさん、私は日本の話ができる人がいると嬉しいです。また、アンジェラさんとお喋りに来てもいいですか?」
アンジェラは戸惑いつつも黙ってコクリと頷いた。
「あんた・・・変わってるね。男にチヤホヤされたくないっていうのも理解不能だけどさ」
「そうですね。前世から変わってるって言われてきました」
ニコリと微笑むアリソンを見てアンジェラは頭を掻く。
「ま、あんた、前世日本人のよしみでもう嫌がらせはしないわよ。今まで悪かったわ。ごめんね」
とアリソンに頭を下げたところを見ると、それなりに悪いことをしたと反省しているのかもしれない。
そして騎士たちに連行されて部屋から出ていく直前にアンジェラは何かを思い出したように
「あ、そうだ!皇帝ルートじゃない方の、もう一つの隠しルートだけど、そういえば誰かがネットで攻略対象は銀髪の男らしいって書き込んでた!」
と叫んだ。
「銀髪の・・・男?銀髪って女子だけだと思ってた」
「そうよね。ま、存在しないってことはそのルートは開放されていないんでしょ」
「無理ゲーだもんね」
とアリソンが笑うと
「それな!」
とアンジェラも笑顔を見せた。
***
アンジェラとの面会の後、ニックとアリソンは仲良く一緒に王宮から学院に向かう馬車に揺られていた。
「まさかジョンソン先生が裏で糸を引いていたなんて、いまだに信じられない・・・・」
アリソンが独り言ちるとニックも溜息をついた。
「そうだな。普通の教師だと思っていたから俺も驚いた」
「うん。すごく面倒見がいい訳じゃないけど、ちゃんとした先生だと思ってたわ。教え方も上手だった。はぁ、ショックだわ」
ニックはモジモジ照れながらアリソンに尋ねる。
「アリー、頬に触っていいか?手袋をした方がいい?」
「ううん。ニックなら直接でも大丈夫よ」
ニックは繊細な花弁を触るかのようにそっとアリソンの頬に触れる。
あまりに優しい触れ方でアリソンの方が物足りなくて頬をすり寄せると、ニックの顔が真っ赤になった。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「嫌じゃない!ただ、アリーの頬がすげー柔らかくてすべすべで・・・気持ちいいなって」
ニックの台詞に今度はアリソンが赤くなる。パッとニックの手から離れると
「そ、そうなんだ・・・ふふ、ちょっと恥ずかしいね」
ニックは名残惜しそうに自分の手のひらを見つめている。
「捜査に関してはアランとリズに任せるしかないわね。学院に到着する頃にはもう授業も終わっているだろうし・・・。寮に戻って、今日は料理でもするわ。ニック、一緒に夕食を食べない?」
「おっ、やった!なに作んの?俺も手伝うよ」
「えっと、どうしようかな。今日はマグがイイ子でお留守番だったから、マグの好きな肉料理にしようかな」
「肉!?俺も肉食いたい!」
目を輝かせるニックにアリソンはクスクスと笑った。
「いいわ。じゃあ、寮に戻る前に買い物に付き合ってくれる?」
「ああ、荷物持ちでも何でもやるよ。アリーの手料理なんて初めてだ。料理できるんだな?」
「当り前じゃない。修道院では炊事、洗濯、掃除・・・身の回りのことはすべてしなくちゃいけなかったし。自給自足に近かったから畑仕事もしていたのよ」
「へぇ、アリーの修道院での話も聞いてみたいな」
「私もニックの騎士団での話を聞いてみたい。ニックのこと、もっと知りたいの」
「俺もだ」
ニックは心を込めてアリソンの手をギュッと握った。
***
その日の夕食はローストチキンにした。
丸ごとの鶏肉のお腹にバターライスをパンパンに詰めてジャガイモ、玉ねぎ、にんじん、マッシュルームと一緒にオーブンで焼き上げるのだ。
待っている間にも良い匂いが漂ってきてニックのお腹がぐぅぅっと鳴った。コーラスするようにアリソンのお腹も鳴り始め、二人で爆笑する。
マグは置いてきぼりにされたのが寂しかったらしく、料理をしている間もアリソンの肩にずっと身を寄せていた。
二人と一羽はささやかだが温かい食卓を囲んだ。こんがりと焼けたローストチキンに程よく焦げ目のついた野菜がチキンの旨味を吸って味に深みが出る。
調味料はシンプルに塩と胡椒のみだが新鮮な鳥の旨味が贅沢な風味を醸し出していた。
「んまっ!!!なんだコレッ!うまっ!!!」
ニックがもりもりと肉を頬張る。
「ニックの口にあって良かったわ!」
細かく刻んだ鶏肉を頬張るマグも、せわしなくクチバシを動かしているので気に入っているのだろう。
「ああ、うめぇっ!特になんだこのコメ!サイコーじゃん!」
「フィリングでバターライスを詰めたから、鳥の旨味を思いっ切り吸ってるわね」
こんな風に料理を喜んでくれる人が自分の好きな人なんて奇跡だ、とアリソンは思う。
しかも、両想いなんて話がうますぎる。
明日死ぬフラグなんじゃないかとまで考えた。
好きな人に好きになってもらえる幸運を噛みしめるのはアリソンだけじゃない。
ニックも頬を上気させて笑うアリソンの笑顔にこれは夢じゃないかと何度も腿をつねっていた。
一羽丸ごとのローストチキンの最後にはウィッシング・ボーンが登場する。
鳥の胸の叉骨に当たるV字型というか下の部分が極端に短いY字型というか、そういう形の骨だ。
食事の時に、皿に残ったこの骨を二人で引き合って長く折れた方を取ると願い事がかなうという伝統(?)がある。
ニックが片方に指を掛け、アリソンが反対側の端を摘まむ。
頭の中に願いを思い浮かべて、同時に骨を引っ張る。そして、折れた骨の長い方を持っていた人間の願いが叶うと言われている。
アリーは頭の中で
(どうかニックが幸せになりますように!悪いことがニックに降りかかりませんように!ニックをお守り下さい!)
と必死に願った。
ポキッ
アッサリと折れた骨はアリソンの握った方が明らかに短い骨だった。ニックがガッツポーズを取っている。
「ああ、残念。ニックはなにを願ったの?」
「人に話しちゃいけないんだ。内緒」
「え、ズルーい。聞きたいな」
「願いが叶ったら教えてやるよ」
悪戯っぽく笑いながら、人差し指で鼻の下を擦るニックはまるで子供みたいだ。
そんなニックを見てアリソンの胸は『好き』で一杯になる。
(・・・かわいい。ああ、私は本当にニックが好きだなぁ)
愛おしいという感情が胸に溢れて止まらない。
「ありがとう、ニック」
「な、なんだよ。いきなり!」
「私と一緒に居てくれてありがとう!ニック、大好き!ずっと一緒に居たい!」
「お、おう。俺もだ」
慌てた様子で顔を赤らめるニックがアリソンを見つめる眼差しは、砂糖の蜂蜜がけよりももっと甘い。
「アリー、愛してる。ずっと一緒だ。俺はアリーを離さないからな」
ニックはアリソンの耳元で囁いた。