アンジェラとの面会
「ふん!なによあんた?相変わらずカツラなんか被って、どういうつもり?」
顎をツンと持ち上げて傲慢そうな顔つきで睨みつけるアンジェラ・ポートマン公爵令嬢をアリソンは苦笑いで見つめた。
彼女の正面に座っているアリソンはお腹に力を入れて覚悟を決める。
「貴女は前世日本人ですね。そして『カラー・ソワレ』をプレイしたことがある」
アリソンの言葉を聞いたアンジェラは大きく目を瞠った。口もポカンと開いている。
「な、なに?あんた・・・いきなり」
「私も転生者です。前世日本人でした」
アリソンがそう言った瞬間、アンジェラが机をバーンと叩いて立ち上がった。
「マジでっ!?!?!?」
「本当です」
アリソンが真面目な顔で頷くとアンジェラは綺麗にセットされた自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
「あー、それでかっ!?あんた、負けヒロインになりたくないから、ゲームのシナリオと違うことをずっとしてきたのね!?あー、やられたわー!可愛い顔して強かよねぇ」
「私はずっとヒロインになるのが嫌でした。私は誰とも結ばれたくなかったので」
「なに言ってんの?あんたニックと付き合ってるんでしょ?一番人気だったもんねー。抜群に顔がイイし!」
アンジェラは部屋の隅で自分を睨みつけているニックに目を向ける。
「それはつい最近、ようやく自分の気持ちが分かって両想いになれたけど・・・それまでは本当に修道院で一生を終えようと思っていました。だから十歳の時から修道院に入ってたんです。でも、国王陛下の勅命で呼び戻されて・・・・」
「しゅ、修道院!?何考えてんの?あんた?!誰とでもヤリ放題なのに!?バカじゃないの!?」
「アリーをバカ呼ばわりするな!彼女は純粋なんだ!」
ニックがムキになってアリソンを庇う。
「へぇぇぇ、それで女たらしのニックと両想いにねぇ。もしかして早速処女を捧げちゃったってやつ?」
真っ赤になったアリソンに代わってニックが叫んだ。
「そ、そんなふしだらな真似をするはずないだろう!!!!!!」
「あらやだ、DTみたいな反応するのね?」
「悪いか!?」
アンジェラが化物を見るかのような視線をニックに向ける。
「え・・・・まさか?本当に?ということはヒロインのアリソンも・・・?」
「・・・・・その・・・未経験です」
消え入りそうな声で囁くアリソンにアンジェラが目を剥いた。
「目が合っただけで誰とでもやってたニックが、ま、まさかのDT・・・・?う、うそでしょ・・・ぷぷぷ」
「おい!女!ニックを侮辱したら〇す!それの何が悪い!?俺だってそうだ!」
思わず噴き出してしまったアンジェラを永久凍土の目つきで睨むアランに対して、幽霊を見るかのような視線を向けるアンジェラ。
「まさかっ!?アランまで!?な、なんなの!?あんたたち!R18って意味分かってんの?そんなんじゃ全年齢仕様と変わんないじゃない!?ゲームの意図知ってる?クリエイターさんたちが可哀想よ!!!」
ゼエゼエと荒い息を吐くアンジェラに
「あの・・・確かにその通りなんだけど、私は前世でも年齢イコール彼氏いない歴だったし、男性恐怖症で・・・そもそもミスキャストというか、このゲームのヒロインなんて無理なのよ」
とアリソンが説明した。
「ああ・・・そういうタイプ。そうなんだ。なんだ、あたしてっきり隠しルート狙ってんのかと思ったわ」
「隠しルート?!」
「そうそう。『カラー・ソワレ』の大きなイベントって大体一年生と二年生の時に起こるのよ。イベントごとに好感度が上がって接触行為も増えていくんだけど、二年生が終わるまでに攻略キャラと全く身体的接触がない場合は新しいルートが二つ開けるのよね。一つはフィッツモーリス帝国の皇帝攻略ルート」
「皇帝攻略ルート!?」
驚いた口調で会話に入ってきたのはアランだ。
「おい!それは国家機密だ!なんでお前がそれを知っている!?もしや密偵なのか!?」
逆上するアランをニックとリズが押さえつける。
「アンジェラさん。皇帝攻略ルートってなに?」
アリソンは落ち着いて尋ねた。
アランの形相に少し動揺した様子のアンジェラも素直に教えてくれる。
「この世界で一番の大国フィッツモーリス帝国のジェイデン・フィッツモーリス皇帝と結ばれるルートよ。処女を守り切ったヒロインが帝国に攫われて皇帝に見初められるの。彼はまだ正妃がいないから、ハッピーエンドはアリソンが正妃になって後宮が解体されるっていうエンディングかな」
「帝国のことは機密情報だ・・・なんでお前がそんなことを知ってるんだ・・・?」
アランの顔色は真っ青だ。しかし、アリソンは敢えて無視してアンジェラへの質問を続けた。今は出来るだけ情報が欲しい。
「もう一つの隠しルートは?」
「それがね・・・分からないのよ」
アンジェラが悔しそうに告げる。
「分からない?」
「そうなの。私は開放したことがないから分からない。ネットで調べた情報だと、二年生までのイベントで身体的接触がないっていう条件は皇帝ルートと同じなんだけど、その時点で最低二人の攻略キャラの好感度がカンスト、つまり上限に達していないといけないって追加条件があるらしいわ」
「え!?好感度がカンスト?二人の攻略キャラの?イベント成功なしで?なにその無理ゲー!」
「でしょ!イベント成功しないと好感度はなかなか上がらない。でも、イベント成功して好感度が上がると絶対に身体的接触が発生するゲームなんだから、ホント無理ゲーよ!好感度だけが上がって身体的接触がないなんて不可能だもの。しかも二人よ!?」
「その隠しルートの攻略キャラは誰だか知ってるの?」
アリソンの問いにアンジェラは首を振った。
「誰が攻略対象なのかは分からない。ネットでも幻って言われてた。始祖の女神ジュルングルが関係しているらしいって書き込んでいる人はいたけど・・・。実際にそのルートを開放したって人の書き込みも見たことないから、詳細は本当に分からない。ホント都市伝説レベルよ」
「そう・・・」
アリソンは考え込んだ。
(二人の攻略キャラの好感度がカンストで身体的接触が無しなんてあり得ない。ということは、そっちの隠しルートは心配しなくていいわね。問題は皇帝ルートだ)
「その皇帝ルートが開放されるとヒロインは攫われて帝国に連れて行かれるの?」
「そうよ」
「誰がどうやって攫うの?」
「えーっと・・・・アンジェラね。そうそう。悪役令嬢が人身売買組織の連中に頼んで攫わせるんだわ。魔法陣で港に飛ばしてそこで船に乗せられて・・・」
「おいっ!!!やっぱりお前が黒幕かっ!コレットを使ってアリーを誘拐させようとしたんだろう!」
ニックの端整な顔立ちが憤怒で歪む。
「ああもう!しつこ!コレットのことは知らないわよ。コレットは私が脅してやらせたって言ってるんでしょ?濡れ衣もいいところよ!私は確かにドミトリーにあんたを襲わせようとしたけど、それ以外のことは知らないわよ!本当よ!私じゃないわ!同じ前世日本人に嘘はつかないわよ!」
アンジェラの顔は真剣だ。
「人身売買組織に売り渡すのは最終手段にしようと思ってたのよ。だから、いつかやるつもりだったけど、まだやってないわ」
「威張ることか!」
ニックが呆れたように吐き捨てた。
「ドミトリーに襲わせようとしたこと自体が犯罪なんだがな」
とアランが苦笑する。
「じゃあ、紫色の髪のチャーリー・ジョンソンという男とどうやって知り合ったの?」
アリソンの問いにアンジェラは苛立たしそうに答える。
「知り合ったっていうか・・・。なんだったっけ?あ、そうそう、エイドリアンとデートの待ち合わせしていたの。彼が少し遅れたんで、一人で待っていたら悪い輩に絡まれて、助けてくれたのがチャーリーだったのよ。それで世間話をして・・・私が魔法学院の三年生だって言ったらアリソン・ロバーツって知ってるかって聞かれて・・・」
「エイドリアン・・・・?まさか、担任の教師と付き合っていたのか?ドミトリーと交際しているんじゃなかったのか?ふ、二股交際ってやつか!?不純だっ!!!」
ニックの顔が赤くなる。
「やだ~。ニックったら本当に初心なのねぇ!ゲームを知ってるから余計に信じられないわ~。可愛いわねぇ。私が色々と教えてあげたい。うふふ」
と笑うアンジェラにアリソンは危機感を募らせた。
「ダ、ダメです!この世界のニックは一途で真面目なのよ!」
慌てて抗議するアリソンを見て、アンジェラが声を立てて笑う。
「あらあら!ヒロインも可愛いわねぇ。ゲームのクリエイターさんが本当に可哀想だけど・・・」
「そ、それより、どうしてそいつと悪だくみすることになったんだ?」
ニックが質問を続けた。
「えっと・・・、『アリソン・ロバーツが目障りなんだろう?』って言われて『なんで知ってるの?』って聞いたら『俺もあの女に恨みがある。あいつを陥れる計画があったら協力する』とかなんとか言われたのよね。今考えるとどうして私がアリソンを嫌いなのを知ってたのかしら?その時は深く考えなかったわ」
「それで誰がドミトリーに襲わせる計画を立てたんだ?」
アランの質問にアンジェラは平然と答える。
「それは私よ。そういえばチャーリーはやたらと魔法陣で港に飛ばす話をしてたわねぇ。でも、さっきも言ったけど、人身売買は最終手段として取っておきたかったのよ。ゲームでもまずは手近な男に襲わせるところから始まってたしね」
ニックが頭を掻きむしった。
「おい!か弱き女性を襲わせるのは重大な犯罪だぞ!分かってるのか!?お前には厳罰を与えてもらうようにするからな!」
「あ~あ。分かってるわよ。そこの女がか弱いかどうかは別として、私もつまんない陰謀に乗っちゃったわ。チャーリーは全力で私を庇うから大丈夫だなんて調子のイイこと言っておいて、逃げ足は速かった。私が捕まっても助けに来ないし・・・自分がやってもいないことで責められたりして散々よ!何度も言ったけど、コレットが何を証言したって私は何も知らないわ。冤罪よ!冤罪!」
ニックもアランもアンジェラの言葉をまともに取り合わない。
ただ、アランは終始腑に落ちない顔をしている。
「アリーが銀髪の乙女だっていうのはチャーリーから聞いたのか?口封じの魔法を掛けておいたはずだが・・・」
アランの質問をアンジェラは鼻で笑った。
「なに言ってんの?私はそもそもゲームのことを知ってるんだから、最初からアリソンが銀髪の乙女って知ってたわよ!当たり前じゃない!」
ゲームのことはアランに説明していたはずだが、彼はまだ納得できていないようだ。
「まさかポートマン公爵の令嬢が秘密を知っていると思わなかったから、口封じの魔法を掛けていなかった。まさか誰かにアリソンの正体をバラしてはいないだろうな?」
アランが苛立たしそうに尋ねる。
「しないわよ。銀髪の乙女だって知られたら、あんたがモテまくって面白くないじゃない?だから、わざわざ知らせるようなことは・・・・・・あ・・一人だけ・・・には言ったかも・・・だって、転校生が来るから学校生活に慣れるように彼女のことを調べているんだけど、情報がないって不安そうに言うから・・・」
アンジェラの顔色がどんどん悪くなる。土気色になった顔に焦りの色が浮かんだ。
「ね、ねぇ、待って。その紫の髪の男・・・私はチャーリーとしか呼んでいなかったの。苗字は知らなかった。苗字は何て言った?」
「ジョンソンだ。まあ、ありふれた苗字だからどこにでもいる・・・」
「あああああっ!ジョンソン!」
アンジェラが突然頭を抱えたので、みんなが驚いた。
「ど、どうしたの?大丈夫?」
というアリソンの声も耳に入らない様子のアンジェラ。
「ヤバい・・・・あいつだわ。きっと・・・私に罪をなすりつけて・・・」
「誰だ!?心当たりがあるのか?」
「もう遅いわ。国を出るって言ってたもの」
「特別な許可がない限りこの国からは出られない」
「・・・短期滞在だけど特別な許可が下りたって言ってた。もう船の上かも・・・」
「なんだとっ!?」
アランがリズの制止を振り切って、バンッとアンジェラの目の前の机を叩いた。
「誰だっ!?誰がアリソンを誘拐して売ろうとした?誰が裏切った?」
アンジェラは虚ろな視線をアランに向けると小さな声で呟いた。
「エイドリアン・ジョンソンよ。赤毛の・・・担任教師の・・・」