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ニックの怒り


「う、うん。なんでもないの」


リリアの言葉を思い出して、ズシリと重苦しい感情がアリソンの胸にのしかかる。


彼女はニックのことが好きなのだ。


まさかリリアの気持ちを勝手にニックに伝える訳にはいかない。マナーに反する。


だからアリソンは笑顔で


「外で女の子が助けを求めていて、男の声も聞こえたから咄嗟にリリアさんがドアを開けてしまったのよ」


と伝えるだけにとどめた。


ニックは何か言いたそうにアリソンの顔を見つめていたが


「そうか・・なら、いいんだ。ただ、今後彼女がアリーの護衛に関わることはない。騎士団も除籍になるだろう。アランとリズも激怒しているし・・・俺もはらわたが煮えくり・・・」


と言いかけてふぅっと深く息を吐いた。


ニックも内心怒り狂っているが、それをあからさまにするとアリソンが気にしてしまいそうなので、出来るだけ平静を保つ。


リリアはいずれ厳しい処分が下される予定だが、その前に彼女がどのような経緯で扉を開けたのか正しく把握しないといけない。


アリソンからも話を聞きたいが、今はただゆっくり彼女に休んで欲しい。


「今日はゆっくり休め。寮の内部は俺たちで全部確認した。安心して大丈夫だ。俺は部屋の外で今夜は護衛するから、何かあったら声をあげろ?いいな?」


「え!?そんな、ダメよ。ニックだって疲れてるんだから。自分の部屋に戻って休んで」


ニックはアリソンの頭に優しく手を置いて、ふっと微笑んだ。


あまりに甘い微笑みにアリソンの心臓がギュッと鷲掴みにされる。


「アリーと離れている方が心配で疲れる。大丈夫。騎士として護衛することには慣れてるんだ」

「で、でも・・・部屋の外でなんて・・・・だったら、部屋の中に居てもらっても構わないのよ」


それを聞いたニックの目が鋭くなった。


「アリー・・・・そんなことを簡単に男に言うもんじゃない。もっと身の危険を感じろ!」

「分かってるよ。私だってニック以外の人には言わないよ!ニックのことは信用してるから・・・」


途端にニックの頬が照れたように赤く染まる。


「それは嬉しいけど・・・俺も男だからな。信用し過ぎないでくれ。俺はドアの外にいるから。大丈夫だ。疲れたらちゃんと休む」


優しく蕩けるような眼差しでアリソンの頭をポンポンと叩くと、ニックはそのまま部屋を出て行った。


扉の向こうから微かに人の気配がする。


ニックがそこに居てくれると思うだけで、安心感がある。


あんな風に言ったけど、実はニックがドアを一枚挟んだ向こうに居てくれることがどれほど心強いか分からない。アリソンはニックの配慮に心から感謝した。



***



翌朝、学校に行くために身支度を整えていると、軽いノックの音が聞こえた。


ドアを開けると笑顔のリズが立っている。ニックの姿は見当たらない。


「おはよう、リズ!ニックは?」

「ああ、早朝に護衛を交代したの。今は部屋で学校に行く支度をしていると思うわ」

「え・・ニックは徹夜だったんじゃない?今日は学校を休んだ方が・・・?」

「騎士として訓練を受けているから数日間は眠らなくても大丈夫。徹夜で護衛なんてよくあることだもの。気にしなくて大丈夫よ」

「そう・・なの?申し訳ないわ。私のせいでニックが犠牲になって・・・」


昨日のリリアの言葉が脳裏に甦って胸が痛い。


「ニックは喜んでやってることなのよ?それは信じてあげて・・・」

「うん・・・ニックは仕事熱心だから・・・でも・・・」


逡巡するとアリシアを見てリズが


「もしかして、リリに何か言われた?」


とダイレクトに聞いてくる。


咄嗟に表情を隠すことができないアリソンを見てリズは深く溜息を吐いた。


「やっぱりね・・・。昨日、あの子をすごく叱ったの。どんなことがあっても、たとえ廊下で殺人事件が起こっていても絶対にドアを開けるなって言っていたのに、彼女が扉を開けちゃったんでしょ?厳しい処分が下されるだろうけど、なんか色々言い訳しているのを見てたら・・・なんかアリーと喧嘩でもしたのかなって・・・」


「え、喧嘩っていうんじゃなくて・・・リリアさんが怒るのは無理ないっていうか・・・私が悪いから」


「いや、アリーが悪いってことはないと思う。私も最近の彼女の態度に思うところはあったんだ。今日学校に行ったら、ちゃんと話し合おう。ニックだって怒り狂ってたんだから」


ぶつくさ言いながらリズはアリーの身支度を手伝ってくれる。


「ありがとう。リズ。子供の頃からリズが守ってくれて、なんて御礼を言っていいのか分からないくらい感謝してる。大好きよ。リズ」

「いいのよ」


リズは軽くアリソンを抱きしめて、二人で朝食をとるために食堂に向かった。



***



その日の放課後、リズに連れられて行った先にはアラン、ニック、リリアの三人が待っていた。


三人とも表情が硬い。


リズはリリアを見るとギッと彼女を睨みつける。


ビクッと肩を揺らすリリアにアリソンの方が不安になったが、気持ちを落ち着かせるようにリズがアリソンの背中を撫でてくれた。


「ありがとう、リズ」


とアリソンが小声で囁くとリズは優しく微笑んだ。


学長が使う応接室のような場所で五人はソファに腰かける。


コホンと咳払いするとアランが口火を切った。


「アリー。昨日のことを聞きたいんだ。リリアと二人で待っていた時に何があった?」


「アラン。それをアリーに尋ねるのは酷だわ。アリーが人の悪口を言わない子だって分かってるでしょ?」


「リズ!なによ、その言い方!まるで私が彼女に何かしたみたいじゃない!?私は騎士団で一緒に頑張ったリズのことを信用していたのに!どうして彼女の味方なのよ!」


「・・・それはおかしいな。リリア。俺たちは皆仲間で一つのチームのはずだ。どうして、アリソンの味方をすると君の敵になるんだい?」


アランの台詞を聞いてグッと言葉を詰まらせるリリアに、リズは畳みかけるように問いかける。


「リリア。昨日ここで待っている時にアリーに何を言ったの?そして、あれほど絶対にドアを開けるなって言ったのにどうして開けたの?もう一度ニックの前で話してちょうだい。いい?ニックにとってアリーは世界で一番大切な女性なのよ」


ニックは少し顔を赤らめたが、それを否定するような言葉は発しない。




(ニック・・・どうしてそんな顔をするの?まるで本気で彼女に恋しているみたいな・・・)


リリアは今まで見たことがないニックの表情を目の当たりにして、焦りと嫉妬と絶望で脳が一杯になった。




アリソンが慌てて


「リズ・・・それは言い過ぎというか・・・ニックは仕事熱心なだけで・・」


としどろもどろになりながら弁解する。


「アリー、そうやって弁解するのはリリアのためね?なんて言われたの?ニックが可哀想だから彼から離れろとでも言われた?」


図星を突かれてアリソンは言葉を失った。



アリソンの動揺に気づいたニックが表情を変える。


「リリ。おい、アリーになんて言ったんだ。俺は自分の意思でアリーと一緒にいる。それを邪魔する者は誰であっても許さない。それに、正直、お前が扉を開けたって聞いて俺は心の底から失望した。何があってもアリーを守るって言ったよな?騎士の誇りにかけてって約束したよな?お前は騎士になるのが夢なんじゃなかったのか?」


リリアの顔色が青ざめた。


「そ、そのことだけど、よく考えたら、扉を開けたのはアリソンさんだったわ。私が止めたのに外から女の子の悲鳴が聞こえて、助けなくちゃって・・・」


「は!?意味が分からない。なんで嘘をついたの?」


リズの鋭い質問に


「だって、アリソンさんの失敗を庇ってあげないと可哀想だって思ったから・・だから嘘をついたの」


と答えるリリア。


「残念だ」


アランが立ち上がった。


全員が一斉にアランを見る。


「ニックが信用していたから、俺も君を信じようと思っていたんだよ。それなのに、こんなに平然と厚顔無恥な嘘をつくなんて。面の皮が厚いんだねぇ。まったく・・・今後王家としてはテイラー伯爵家との関係を考え直すよ。当然、君や君の父君も只では置かないよ。爵位の返上か・・・労役くらいは経験してもらわないとね」


アランの顔がサディスティックに歪む。


「ど、どういうことですか!?私は嘘なんてついていません!」


「うん。昨日、君が自ら扉を開けた、と告白した時は、ああ、君は愚かだけれど正直な子だと思ったんだよ。愚かだからニックに相応しい友人とは言えないけどね。でも、今になって自分の言葉を翻し厚かましい嘘をつくなんて・・・。自分が恥ずかしくないかい?ね、ニック?」


ニックは険しい顔つきで怒りを隠そうともしない。リリアは顔面蒼白になった。


「な、ど、どうして・・・私は嘘なんて・・・」


「あのね。あの部屋の結界は俺が自分で張ったんだ。そして、俺はアリーの魔力をとても良く知っている。昨日僕が張った結界にアリーは全く触れていない。だから、ドアにも触ったはずがないんだ。分かるかい?」


アランの言葉にリリアはガタガタと震えだす。


「なんで・・・どうして、王太子ともあろう方がたかだか男爵令嬢風情の魔力をご存知なんですか?どうしてその子だけ特別扱いなんですか?」


「それが君に何の関係がある?君はニックとリズに近づいて協力を申し出た。その時に、詳しい事情については首を突っ込まない、何も聞かないという条件で俺たちは受け入れたはずだ。そして、指示や命令は完璧に遂行するという誓約書に署名をしたね?その時にもアリーの安全が最優先事項だと説明したはずだが・・・」


「だって・・・そんな子のためになんでニックが犠牲にならないといけないんですか?恋人のふりなんてさせて、酷いと思いませんか?だったらアラン殿下が恋人役をすればいいじゃないですか?なんでそんな汚れ仕事を無理矢理ニックに押しつけておいて・・・」


「おい!何を言ってるんだ!?」


リリアの言葉をさえぎり、ニックが恐ろしい形相で彼女を睨みつけた。


「俺は、自分で望んでアリーの恋人役をしている。他の誰にもやらせるつもりはない!言うに事欠いて・・・汚れ仕事だと!?アリーを侮辱するのもいい加減にしろ!お前がそんな奴だとは思わなかった!もう二度と俺に近づくな!女子生徒の情報通だと聞いていたし、アンジェラの情報を持っているというから仲間に入れたのに・・・。騎士としての誇りを持った人間だと信じてしまった自分を心の底から後悔している!」


冷たいという言葉では足りない。シベリア凍土よりもなお冷たい口調にリリアの目に涙の膜が張った。


「ち、ちがうの・・・。待って、ニック。私、私、ずっとあなたのこと好きだったの!だから、こんな子に縛られて可哀想だって・・」


「・・・俺のことが好き?何を言ってる?お前は俺のことは一生恋愛対象とは見られないし、騎士の同僚として、戦友として仲良くしてほしいって言ってなかったか?」


「そ、それは!本当はニックが好きで、貴方に近づきたくて騎士団に入団したの!すごく頑張ったわ。ニックに認められるように死に物狂いで頑張ったの!それくらい貴方が好きなの!騎士の訓練だって苦しかった。辛かった。でも、全部貴方のために頑張ったのよ!それなのに、なんでいきなり現れたそんな子と・・!」


ニックの眼差しには嫌悪、侮蔑、不快・・・といった感情が露骨に表れている。


それを見て、リリアの双眸から涙がドッと溢れた。


「あなたが好き!好きなの!お願い、どうか私を見て!」


と叫びながらニックに縋りつこうとするリリアを彼はスルリと躱した。


「そういうことをアリーに言ったんだな?昨日?」

「へ!?」


リリアが何の話をしているのか、とキョトンとする。


ニックはブチ切れている。掴みかからんばかりの勢いで彼女に詰め寄った。


「アリーにもそんな酷いことを言ったのか?と聞いている」


ニックの迫力にリリアは嘘がつけなかったのだろう。


コクコクと頷いて


「でも、そんなに意地悪な言い方をしたわけじゃない・・・」


と弁解しても、ニックは激しい怒りの視線をリリアにぶつけるだけだ。


「アリーにそんなことを言って、更に扉を開けたのね」


呆れたようにリズが呟いた。


「もういい。気分が悪い!アリー、本当にすまなかった。謝って済む問題ではないが・・・。俺はもうこの女子生徒とは縁を切る。今後一生涯、二度と会うことはないだろう」


あまりのことに何も言えずに成り行きを見守っていたアリーの手を引いて、ニックは部屋から飛び出した。


「ニック!待って!待って!お願い!」


とリリアの泣き叫ぶ声が後ろから聞こえて、アリーは胸が締めつけられた。

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