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リリア・テイラー伯爵令嬢


翌朝、いつものようにニックは寮の前でアリソンを待っていた。


アリソンはニックに声を掛ける前にまず前髪を整えた。


ちょっと咳払いをして


「おはよう、ニック!」


と言おうとした時に、彼が一人ではないことに気がついた。


小柄でつぶらな瞳の小動物系女子がニックに手紙を渡している。金色に近い黄色の髪が太陽の光を受けてキラキラと輝く。


(ラ、ラブレター・・・・?)


アリソンは咄嗟に言葉を飲み込んだ。


ニックは小動物系女子からの手紙をポケットに押し込むと、彼女は笑顔で去って行った。見送るニックの表情も柔らかい。


(女嫌いのニックがラブレターを受け取った?!)


アリソンは頭をガーンと殴られたような気がした。


ニックはとにかくモテる。


表向きアリソンと付き合っているが常に女子からの嫉妬の視線を感じるし、彼女がいても関係ないとばかりに積極的に迫る肉食系女子もいる。


しかし、どれだけ告白されても、迫られても、手紙やプレゼントを渡されてもニックは頑として断っていた。というよりまるで相手にしない。


そんなニックがラブレターらしき手紙を受け取ったことにアリソンは少なからず衝撃を受けた。


「おはよう。アリー。よく眠れたか?」


アリソンに気づいたニックが近づいてくる。


ニックの様子がいつもと変わらないので、アリソンもにこやかに挨拶をして二人で歩き出した。


「えっと、その手紙は・・・?」

「ん?手紙?」

「ラ、ラブレターもらってたのかなって・・・?」


アリソンの言葉にニックが噴き出した。


「は!?今の?あれはどっちかっていうと報告書だ。アリーがゲームの話をしてくれた時に、アンジェラ・ポートマンがヒロインを売り飛ばそうとしたって言っていたろ?彼女は女子生徒の情報に精通している。だから、情報収集を依頼したんだ。その報告書だよ。アランに渡さないといけないんだ」


屈託なくいわれて、アリソンは疑った自分が恥ずかしくなった。


「そ、そっか!ごめん。変な勘違いしちゃった!へへっ」


と照れ笑いで頭を掻く。


(ニックがラブレターを貰ったかもしれないってだけで、どうしてあんなに動揺したのかしら・・?)


「アリー、・・・どうした?なんか変だぞ?」

「う、ううん。なんでもないの。あのー、えっと、コレットさんはどうなったのかな・・とか気になって」


恥ずかしくて話を逸らそうとするアリソン。


「ああ、コレットはずっと王宮で事情聴取というか尋問を受けているらしい。黙秘を続けているらしいけどな。ただ、彼女にはアリーを誘拐する動機が見つからない。誰かを庇っているか、もしくは誰かに脅されているか、どっちかだろう。アンジェラ嬢が裏で操っている可能性も否定できない」


「私たちが見かけた馬に乗った男たちのことは誰にも言ってないわ。本当にいいのかしら?それが捜査の役に立ったりしない?」


「実を言うと、俺とアランは王宮の中枢に外国の人身売買組織と繋がっている人間がいると思っている。奴らに情報を渡したくないんだ。馬の男たちのことはアランにだけは伝えてあるから、心配しなくていい」


「えっ!?」


「貴重な銀髪の乙女は外国でも高く売れるだろう。ただ、外国の商人と接触できる存在はとても限られている。国の中枢にいる人間でない限りはとても難しいはずなんだ。貴族の中でも伝手のある人間は限られている」


アリソンはショックで言葉を失った。正直言うと、いじめの延長上にあるような嫌がらせだと思っていたので、本格的な犯罪組織だと分かると腰が引けてしまう。


再び歩き出したニックは自然とアリーの手を繋ぐ。アリーも手袋をしているので直接ではないが、ニックと手を繋ぐことが自然になってきたことに彼女は戸惑った。


(・・・さっきの可愛い女の子。情報収集って言っていたけど、ニックとは親しそうだった。どういう関係なのか聞いてもいいのかな?)


迷っている間に二人は学院に到着した。



***



アリソンとニックが教室に入ると、その場にいた生徒たちがザワっとする。


好奇の視線が皮膚に突き刺さるようだ。


アリソンは出来るだけ意識しないようにして自分の席についた。


生徒たちは黙って視線を送るだけで話しかけようとはしない。


居心地の悪さに胸のあたりが気持ち悪いと思いながらアリーは授業の準備をする。


「アリー、おはよう!」


爽やかな挨拶と共にリズが現れて、アリソンは心からほっとした。


「おはよう。リズ!」

「一昨日は大変だったね。事故にあったんだって?」


(事故でいなくなったということにしたいのかな?)


と察したアリソンは話を合わせることにした。


「うん。ちょっと大変だった」

「そっかー。そういえば、今日小テストあるらしいよ」

「え!?範囲は・・・?」


話題が普通の会話に戻ったので、他の生徒たちの好奇心もある程度落ち着いたらしい。


物珍し気な視線が減ってアリソンは内心ホッとした。



***



昼休みは大抵ニックたちと一緒に食堂でランチを食べるのだが、この日アランとニックは忙しいらしく、アリソンはリズと二人で昼食をとった。


たわいない会話をしながらリラックスして食事をしていると、人身売買とか物騒な話が遠い世界の話のように思えてくる。


その時、視界の端に背の高いニックの姿が見えた。


「あ、ニックだわ!」


と呼びかけようとして、ニックの隣に今朝手紙を渡していた小動物系女子がいることに気がついた。仲睦まじく会話をしている様子を見て胸にチクリと痛みが走る。


リズもアリソンの視線を辿って、二人の姿を確認した。


「あ、ニックとリリだわ。アリー。彼女はリリア・テイラー伯爵令嬢といってね・・・」


と説明を始めたリズが何かを思いついたかのようにニンマリと笑った。


「アリー。ニックとリリのことが気になる?」

「え、え、え!?なに?気になるって・・・そりゃ、ニックは大切な友達だから、気になって当然じゃない?それにニックはいつも女子生徒には冷たいのにリリアさんとは仲がいいなぁって・・・」

「へぇ~、ほぉ~ん」


リズはニヤニヤしながらアリソンの顔を覗き込んだ。


「ヤキモチ?」

「ち、ちがうわ!そんな!自分勝手な感情は許されないわ!」

「自分勝手な感情?なんで?」

「だって・・・ニックは便宜上の恋人役をしてくれているだけで・・・。とても優しくしてもらっているのに、他の女の子と話をしているだけでヤキモチなんてすごい我儘だと思うわ」

「へぇ、ニックはそんなに優しいんだぁ。あれ?アリー、顔赤いよ?」


リズのニヤニヤが大きくなり、アリソンの居心地はますます悪くなった。


「ニックは根っこから優しいから、誰にでも優しいのよ!私にだけじゃないの!」


「俺がなんだって?」


そこにひょっこり顔を出したのがニックで、アリソンは心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。


「な、なんでもないわ!」


「アリーがね。ニックが優しいって話をしていたの」


リズの言葉にニックとアリソンの顔が赤く染まる。


「そ、そうか?それは良かった。うん」


と言いながら、ニックは動揺を隠しきれないのか口元を手で覆い隠す。



「なんの話?あらリズ、久しぶりね!こんなところで会うなんて思わなかったわ!」


ニックの後ろからリリア・テイラー伯爵令嬢がひょっこりと顔を出した。


「ああ、久しぶりね。リリ。ニックがアリーにスッゴく優しいって話をしてたのよ!」


リズの言葉にリリアが頬をぷぅっと膨らませる。頬袋を膨らませたリスみたいに可愛らしいとアリソンは思った。


「え~!ズルいなぁ。ニック、私のことはすっごい雑に扱うよねぇ?女扱いできないとかいって!私にもちょっとは優しくしてよ~!昔からそうだもん。ねぇ覚えてる?一緒に遠乗りした時だってさぁ・・・」


リリアはニックの腕に絡みついて口を尖らせる。


アリソンの胸がチクリと痛んだ。


「うるさいな。今そんな話はどうでもいいだろう」


少し苛立った口調のニックだがリリアが気にする様子はない。


「そうね、ニック。私たちにはそれより大事な話があるもんね?」


ニックの隣で甘えるように彼の腕を取りながらリリアが言う。


やっぱり可愛い、と思うとアリソンは何故か悲しくなった。


「あ、そうだ。アリソンさん、初めまして。私、リリア・テイラーと言います。リリと呼んで下さいね!ニックとは結構親しくさせてもらってます~。じゃ、リズ、またね~」


リリアは笑顔で告げると、フワフワの黄色い髪を揺らしながらニックと連れ立って食堂から出て行った。


二人の後ろ姿を見ながら、アリソンは生まれて初めて胸にチリチリとした焦燥感を覚えていた。

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