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帰還


その後、二人は木の上からジンルの位置を確認した。


赤茶色の一枚岩であるジンルは、どこまでも突き抜けるような紺碧の空を背景に荘厳にそびえたっている。


二人は木を降りると巨大な一枚岩を目指して歩き出した。




木の上から見えたジンルは巨大ですぐ近くにあるように見えたが、歩けど歩けどなかなか近づかない。


森の上部に茂る葉のせいでジンルがよく見えないので、木に登って正しい方向を確認しつつ慎重に歩みを進める。


川で水を汲み、木陰で休憩している時にニックがポツリと呟いた。


「・・・動物たちが全然いない。この辺は魔物が出るから動物がいないのかもしれない。やっぱりさっきの奴らが言っていたのは本当なのか?」

「なんの話?」


キョトンとするアリソンにニックが苦笑いした。


「アリーのおかげで俺は心配する必要ないけど、ほら、さっきの男たちが魔物はジンルからくるとか言ってなかったか?」

「あ、そういえば!でも、魔物は自然発生するんじゃないの?本にはそう書いてあったよ?」


「俺もそう信じていたんだが・・・。以前、侵入者を捕えるためにジンルに派遣されたって言ったろ?その時に上官から、魔物が出たらすぐに王宮に転移して戻れって命じられたんだ。怖いくらいに真剣に言われた。俺には魔力がないから魔物とは戦えないって・・・悔しいけどな」

「え!?」


「魔物はどこに行っても遭遇する可能性はある。だから、一般的な注意だと思って聞いていたけど、もしジンルから魔物が発生するとしたら・・・」

「・・・としたら?」


アリソンがゴクリと唾を飲み込んだ。


「いや・・・そうだとしたら、この辺が神領として立ち入り禁止になっている理由が分かるなってこと」


どことなく仮面のような笑みを浮かべるニックにアリソンは疑問を抱いた。


「ねえ、ニック。何か隠してるでしょ?」

「は!?な、なんの話だ?」


「なんかそんな気がする。私結構そういうの鋭いんだから!」

「天下の鈍感がよく言うな!」


「てんかの・・・なに?鈍感?私は鈍感じゃないわよ。自分で言うのもなんだけどかなり鋭い方だと思うわ!」


自信満々のドヤ顔を見せるアリソンにニックは噴いた。


くっくっくっくっ、と腹を抱えて笑うニックにアリソンはぷぅと頬を膨らませる。


「失礼ね!・・・・って誤魔化されないわよ!ジンルから魔物が来るとしたら、なんなの?」


仕方ないなぁ、というように苦笑しながら黒髪をかき上げるニックの指から後れ毛がこぼれ落ち、男の色香が匂い立つ。


少しドキドキしながらニックの顔をじーっと見つめると、彼は居心地悪そうに身じろぎした。


「分かった。アリー。降参。でも、たいした話じゃないんだ」


とニックが両手を上げる。


「でも、気になるわ。教えて」

「ジンルから魔物が来るとしたら、神々と魔物は同じところから発生してんだな、って思ったんだ」


「か、かみがみ・・・?神話の?ドリームタイムの?でも、そんな話聞いたことないよ。神々は海から渡ってきたんじゃないの?」

「王家に伝わる古文書には神々がジンルに降臨したと書かれているらしいぞ」


「へぇ・・・そうなんだ。知らなかった」

「秘密だからな。誰にも言うなよ!それから今朝見かけた馬に乗った男たちのことも言わない方がいい」


「え!?そうなの?犯人を突き止めるのに役に立つ情報じゃない?」

「・・・・まず確かめたいことがある。アランには俺が報告する。アラン以外の人間には知られたくない理由があるんだ。俺を信じてくれるか?」


「勿論よ。分かった。ニックを信じる。古文書のことも黒髪の男たちのことも誰にも言わない。それにしても、ニックは情報通なのね?すごいわ!」


アリソンの言葉にニックは照れて頭を掻く。彼女が自分を信用してくれたことが嬉しかった。


「古文書のことは・・・王族は神々の子孫と言われているし、一応俺も王族だから・・・っつっても、本当はアランから教えてもらったんだ。血筋的には俺はとても王族とは言えないしな。こんな髪色だから・・・」


自嘲するニックの頬にアリソンはつい手を伸ばしそうになる。


頬に触れる訳ではないがニックの顔を覗き込みながら


「ニック、自分を卑下するような言い方をしないで。アランだって、国王陛下だって、ニックのことをちゃんと家族だと考えているわ!」


と訴えた。


幼いニックが母親のカッサンドラ妃に捨てられた後、国王が枢機卿に彼の養育を依頼したという噂を聞いたことがある。その後、国王はニックを正式な王族として認め、彼は第二王子として相応しい待遇を受けている。国王は自分の血が流れていないと知っているのに。


ニックが教会で育ったことは彼にとって僥倖だった。王宮で育っていたら黒髪への偏見や差別でより辛い目に遭っていただろう。


教会では、枢機卿の右腕と呼ばれる大司教も黒髪だ。


少なくとも教会での差別は王宮よりは少ない。


実際アリソンが教会に通っていた頃、ニックには友達が沢山いた。


ニックのために教会を選んだ国王の判断は正しかったとアリソンは思っている。


「ニック。それに髪色なんて関係ない。私は幼馴染のニックが好きよ。本当は女嫌いなのに私のことを一生懸命守ってくれるニックはとても強くて優しいわ。そんなニックをみんな大切に思ってるから!」


夢中になってとても恥ずかしいことを言ってしまったのではないかと自覚した時にはもう遅かった。


ニックが真っ赤になって手の甲で口を押さえている。


慌てて話題を変えて誤魔化そうとするアリソン。


「ご、ごめん!変なこと言っちゃった。・・・・えーっと、その神々がジンルに降臨したことは知らなかったけど、それがいつかっていうのは知ってるよ。八月一日でしょ?毎年、降臨祭が開かれる日だもんね?」

「・・・・」


ニックはアリソンの口から『ニックが好き』という言葉が飛び出したことにまだ衝撃を受けていた。


勿論、男女の恋愛的な『好き』でないことは重々承知している。それでも嬉しい、と喜びを嚙みしめた。


そして、降臨祭と言われてニックは手袋をつけた手で、アリソンの手を握った。


「アリー、今年の降臨祭、一緒に行かないか?」


降臨祭とは神々が光臨した日を祝う祭りで、毎年多くの人出で賑わう華やかな祭りだ。


カップルで参加する時はお互いの髪色の花をつける風習があり、街並みにも色鮮やかな花が咲き乱れるこの国で一番大きなお祭りである。


教会と修道院の生活しか知らないアリソンは噂でしか聞いたことがない。


今までは多くの人が集う場所には怖くて行けなかったが、ニックが守ってくれれば大丈夫かもしれないと思うようになった。


「うん!初めてなの。楽しみだわ!」


胸を弾ませながらそう答えるとニックが信じられないくらい優しく微笑んだ。



***



結局ジンルに辿り着いたのはその日の夕方近くなってからだった。


しかし、ニックがジンルに近づき、巨大な岩壁に手を触れてからは何もかもが早かった。


あっという間に数人の近衛騎士が登場し、ニックとアリソンが事情を説明するとすぐに王宮に転移させられた。


騎士たちは全員ニックの知り合いで、事情が分かっていたので物事はスムーズに進んだ。


アリソンが消息を絶ったことで王宮は一時騒然となったそうだ。


しかし、アランが


「ニックも一緒に消えた。彼がいれば銀髪の乙女は安全だ!」


と断言してパニックを鎮めたという。



***



アリソンたちは王宮で事情聴取を受けた後、夜には学院の寮に戻ることができた。


コレットのことなど聞きたいことは山ほどあったが、アリソンには何も教えてもらえなかった。


部屋に戻ると、マグが待ちかねたようにぴゅーっと飛んできてアリソンの肩に止まる。


二日間留守にしていたので心配していたが、マグは元気そうで安心した。


マグにたっぷりとエサを与えた後、寝支度をしてベッドに入るとアリソンは秒で眠りに落ちた。


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